姫君とこいごころ(15)
カリーナ姫の野望

 カリーナが目指す先では、その到着を待たず、事態が進んでいた。
 さすがに、理由はどうあれ、子供をむざむざ殺させることはためらわれたのか、見守っていた大人たちの何人かが飛び出し地に両手をつき、剣をつきつけるガーンに必死に命乞いをしている。
 その大人たちの態度に、ガーンはさらに気分を害したというように、醜悪にその顔をゆがめた。
「この期に及んで命乞いとは見苦しい。汚らわしや。貴族に逆らうのか! 卑しい輩は大人しく貴い者に従っていればいいのだ。お前たちには、自我など与えられていない。この賎民どもが」
 口汚くそう叫ぶと、童子のそばにやってきた大人たちへ向け剣をぶんとふりまわす。
 その内の一人の顔を、ガーンは思い切り蹴りつけた。
 そして、
「その命をもって償え!」
そう叫ぶと同時に、童子へ向けて剣を振り下ろす。
 瞬間、乾いた金属音がその場一帯に響き渡った。
 ガーンと童子の間に割り込むように身を滑り込ませた黒髪の美しい少女が、短剣で振り下ろされた剣を受け止めていた。
 見守る人々が瞠目しその光景を焼きつけた次には、受けとめられたばかりの剣が宙を舞っていた。
 少女を守るように、さらに黒髪の青年が剣を振り上げた。
 がらんと、耳障りな音をならし、なぎ払われ宙を舞っていたガーンの剣が地面に打ちつけられた。
 誰もがその状況についていけず呆然としている前で、同様に目を見張るガーンが銀髪の青年にその腕を後ろでに拘束される。地面に叩きつけるように、倒される。
 黒髪の青年は、腰の鞘に自らの剣をすらりと流れるようにおさめた。
「姫に剣を向けた罪、その命で償いますか?」
 かと思うと、少女を腕にしっかり抱き寄せた黒髪の青年が、落ちたガーンの剣を拾い上げ、それをそのまま首筋におしあてる。
「そうそう、下賎な者は高貴な者に従うのですよね? それがたとえどれほど理不尽だとしても」
 後ろでに拘束され地面におさえつけられたガーンの頭上で、楽しげに告げる不気味な声が笑う。
 次いで、黒髪の青年の腕にしっかり自らのそれをからませ、どこか艶かしい色香のようなものを放ち、少女が形のよい唇を笑うように吊り上げた。
「この男がそう言っていたからな」
 思わず、その大人びた艶かしさに目を奪われたが、ガーンはすぐさまはっと気づき、慌てて目の前にいる見下ろす少女をにらみつける。
「何のつもりだ!? 貴様ら、邪魔立てする気か!? 貴族にこのようなことをして許されると思っているのか!」
 男が乗っていた馬車の中では、はっと息をのむような気配がした。
 けれど、少女はちらりとそちらへ視線を送り、すぐに足元で潰れているガーンを汚らわしげに見下ろす。
「このような虫けらども、何匹殺そうとも胸は痛まぬわ。お前たちもともに始末してくれようか」
 しかし、ガーンにはやはり怯む様子などなく、不利な立場にあるということを理解すらしておらず、さらに呪いのような言葉を吐き出す。
 ぴくりと、少女の眉尻が動く。
 少女を抱き寄せる黒髪の青年も、そしてガーンを拘束する銀髪の青年もまた、その顔を残念そうにゆがめた。
「……あれ? 今の言葉が聞こえなかったようですよ、かなり耳が悪いようですね」
「ああ、そうだな。ルーディ、耳掃除でもしてやれ」
「嫌ですよ、男のものなど。美女ならばまあ、考えてもいいですが」
「この下郎が」
 銀髪の青年――ルーディがため息まじりにつぶやくと、少女が軽口に辟易したように吐き捨てる。
 けれど、ルーディは気にしたふうなく、逆に楽しげににっと笑みを浮かべる。
 そして、器用にもガーンを拘束したまま、やれやれと肩をすくめてみせる。
「まったくもう、カリーナ王女≠ヘ口が悪いですねえ」
 あきれたふうにルーディが告げると、少女――カリーナを抱き寄せる青年――カイが大きくうなずいた。
 同時に、カイのみぞおちに、カリーナの華麗な肘鉄が命中した。
 カイはうっと小さくうめき声をもらし、カリーナを抱き寄せる腕をほどく。
 そして、よろよろと二歩、後退した。
 カリーナは地面にしゃがみこんだままの童子の腕をつかみ、強引に引き上げる。
 童子もまた、この展開についていけていないようで、ただただ呆然とカリーナを見つめている。
 その様子をガーンはあっけにとられたように見ていたが、すぐにはっとしたように目を見開いた。
 その顔が、見る間に真っ青になり、そして真っ白になる。
 どうやら、先ほどカイがカリーナを姫≠ニ呼んだ時には気づかなかったようだけれど、ルーディがはっきり告げたカリーナ王女≠ノは反応したらしい。さすがにそれで気づかなければ、よほどのうつけだろう。
「お、王女……!?」
「そうだが、それがどうした?」
 ガーンが驚愕に目を見開き震える声で吐き出すと、カリーナは目をすがめ汚らわしげに言い放った。
 両腰に手をあてふんぞり返るカリーナを、ガーンは呆然と見る。
 かと思うと、ガーンは再び何かに気づいたようにはっとして、いまいましげにカリーナをにらみつける。
 ルーディにしっかり拘束され地面におさえつけらているという無様な姿をさらしつつも、状況に気づけないその図太い神経には、少しばかり晴れ晴れしいものがある。
 あまりにも愚か過ぎて、いっそ清々しい。
 そして、ガーンはさらに愚かしい言葉を吐き出す。
「い、いや、このようなところに王女がいるはずがない。王女の名をかたる痴れ者が!」
「控えろ! 痴れ者はお前だ」
 ルーディが声を荒げ、さらに強くガーンを締め上げる。
 さすがに耐えられず、ガーンはうめき声を上げた。
 苦痛にゆがむガーンの顔の前で、鈍色に光る銀の刃が地面につきささる。
 カリーナが、カイからガーンの剣を奪い取っていた。
 地面に突き刺さる銀の刃には、鼻の頭からつうと血が一筋伝う、痛みと恐怖にゆがめたガーンの顔が映っている。
「この馬鹿者が! この期に及んでまだ愚かしく吠えるか。――いいか、はきちがえるな。身分というものはな、上の者が下の者を守るためにあるんだ。決して、権力のある者がない者をなぶるためにあるわけじゃない。王侯の生活は、民たちによって支えられていることを忘れるな」
 澄んだ、それでいてよく通る、カリーナの怒声が一帯に響き渡る。
 それまでざわめいていたその場が、しんと静まり返る。
 見まわせば、状況を見守っていたすべての者の視線が、皆カリーナに注がれていた。
 太陽を背に気高くその場に立つカリーナの体が、ふいにふわりとやわらかなものに包まれる。
 そして、耳元でつかれたような声が聞こえた。
「でしたら、もう少しくらい、わたしにも気を遣ってください」
 カリーナは一瞬ぴくんと体を震わせ、けれどすぐに面白くなさそうにぷうと頬をふくらませる。
「お前にはあてはまらん、特別だ。むしろ、虐げたりないくらいだ」
「ああ、やっぱり……」
 カリーナが冷めた口調で吐き捨てると、カリーナをつつむそれはがっくり肩を落とした。
 暴れだすのを防ぐためなのか、カイが再びしっかりカリーナを抱き寄せている。
 ふうと、カイの口から大きなため息がもれる。
「しかし、姫の言葉とは思えませんね。普段、散々弱者をいたぶっているのに」
「黙れ下僕。お前、後で鞭打ち百回」
「ほら、またそういう横暴なことを……」
「うるさい。たてつくなら、追加千回だ」
 そう言い捨てると同時に、カリーナは両腕でカイに肘鉄をくらわせ、その拘束からするりと抜け出した。
「姫ー!」
 腹部を両手でおさえるカイの苦痛がにじむ叫び声が、大通りを伝い、王都の外まで流れていく。
 カリーナは、まるで頭のまわりでうるさく飛びまわる羽虫をはらうように、ひらひら手をふる。
 カイの雄叫びなど、その程度の扱いで十分。
 恨みがましいカイの視線すらさらっと無視。
 とりあえず、カイいじめに満足したのだろう、カリーナはいまだ地面と仲良くしたままのガーンを再び見下ろした。
 同時にカイの嘆きはぴたりとやみ、守るようにカリーナの背に寄り添う。


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update:12/07/02