姫君とこいごころ(16)
カリーナ姫の野望

 ルーディはどこか楽しげに、ガーンを拘束したままカリーナを見上げる。
「まあ、そうは言っても、浅ましい奴にはそれ相応の報いをくれてやらねばな」
 カリーナはふうと面倒くさそうにためいきをつき、やはり面倒くさそうに言い捨てた。
 その言葉を聞いた瞬間、ガーンは何を勘違いしたのかぱっと顔を輝かせた。
 すぐに解放され、かつ、ガーンが望むように、卑しい者に罰を与えるとでも思ったのだろう。
 ガーンが喜ぶ横で、事態を見守る人々が悲愴な顔をし、声にならない悲鳴をあげた。
 彼らもまた、これからいわれのない罪で童子が罰を与えられると考えたのだろう。
 面倒くさそうにゆがむカリーナの顔が、ふいににやりと楽しげにやわらいだ。
 それから、ガーンを通り越し、さらに野次馬の人垣を通り越し、その向こうへすっと視線を送る。
 カリーナの口元が、どこか得意げにあがる。
「ラルフ、いるだろう。来い」
 カリーナが静かに告げると、人垣の向こうからおどけたような声があがった。
「おや、気づいていました?」
「当たり前だ」
 人々の視線が一斉に、カリーナが視線を送るそこへ向けられる。
 するとそこに、「ちょいとごめんよ」となんとも軽い調子で、制服を着崩した王都守備官がひょいっと顔をのぞかせた。
 守備官の制服の襟元では、部隊長の徽章が陽光を受けきらりと光る。
 そして、どこのちんぴらかと思わず顔をしかめてしまうようないかつい風貌、とりわけ、その左頬の三日月形の傷が目を引く。
 ラルフを背にした人々は、弾かれたように勢いよく飛びのいた。
 彼らは道をゆずったのではないだろう。どこか怯えた節がある。
 ラルフという名。そして、その左頬の三日月の傷から、現れた男が何者か皆すぐさま理解した。
 理解してしまったら、そこにはもう恐怖以外のものはない。
 どこか楽しげに現れたこの男は、三日月ラルフ、死神ラルフに違いない。
 ラルフに続き、副隊長ローランドを含む王都守備官第五部隊隊員たちが姿を現した。
 それから、ローランドの指示に従い、ルーディからガーンを引き受け縄を巻いていく。
「な……っ!?」
 ガーンは予想外の出来事に、目を白黒させうろたえる。
 軽く抵抗を試みようとしたが、そこは別名ならず者集団といわれる王都守備官第五部隊、赤子の腕をひねるが如くさらっとかわされ、ガーンはあっさり拘束された。
 それを満足げに見届け、カリーナは目の前までやって来たラルフににっと笑ってみせる。
「ラルフ、とりあえずこの剣は没収だ」
「へーい」
 地面に突き刺さったままになっていたガーンの剣を、ラルフはするりと抜き取る。
 そして、くるりと一回転させ、ローランドがガーンの腰から没収した鞘を受け取り、そこにさっとおさめる。それから、剣がおさめられた鞘をローランドに押しつけるように手渡す。
 ローランドを従えにやにや笑うラルフを横目に、カリーナはこきっと首をならし体をほぐすルーディへうきうきと視線をやった。
「ルーディ、どのような罰が楽しいと思う?」
 少しの間とはいえガーンを拘束していたため、ルーディの体は多少固まったのだろう。とんとんと肩をたたきながら、面倒くさそうに首をかしげる。
 別にカリーナに案を求められたことが面倒なわけではない。このような雑魚のために、ルーディがわざわざ知恵を絞ってやることが面倒くさい。
「そうですねえ、とりあえず今回のこれを王に報告して……」
「面倒だ、この場でわたしが沙汰を下してやろう。そうだなあ、爵位剥奪というのはどうだ? もちろん、財産も没収」
 どうやら、面倒に思っているのはルーディだけではなかったらしい。
 楽しそうに笑っていながらも、カリーナもまたとてつもなく面倒に思っているのだろう。
 阿呆な輩をいたぶるのはそれはそれで楽しいが、そろそろ飽きてきたらしい。一向に自らの愚かしさに気づかないうつけは、遊んでも面白くない。
「姫、それはまだ甘いですよ」
「そうか、つまらんな」
 ルーディがふるっと首を振ると、カリーナはむうと眉根を寄せる。
 まだ甘いというなら、もっと厳しい罰を考えねばならない。それを考えることすらも面倒というように。
 しかし、それだけでも耳にしてしまったガーンは、恐怖におののき悲鳴を上げる。
 爵位剥奪の上財産没収のどこが、まだ甘いというのだろうか。
 むしろ、厳しすぎる。それなのに、さらに厳しい罰を与えるというのだから……悪魔だ。
 ガーンだけでなく、野次馬に集まった人々もそう思っているような複雑な表情を浮かべている。
 けれど、カイもラルフもローランド他第五部隊の隊員たちも、けろりとしている。
 どうやら彼らもまた、カリーナとルーディと同意見なのだろう。
 カリーナは、守備官たちに拘束されこの世の終わりのようにぶるぶる震えるガーンにちらりと視線を向ける。
 それから、にやりとどこか不気味に微笑んだ。
「安心しろ、家は取り潰したりはしないでおいてやる。ただ、男爵であるお前の父親は肩身が狭い思いをするだろうなあ。まあ、しかし、このようなどうしようもない愚息に育てた罪だ、仕方あるまい。お前は大人しく、プルトン島で隠遁生活を送れ」
 カリーナは意地悪く、のどの奥でくっと笑う。
 ――プルトン島。
 そこは、何もない不毛の土地、地上の地獄と言われている島。
 遥か向こうの海、見渡す限り陸地が見えない海上にぽつんと浮かぶその孤島は、たどり着く前に船が沈むことが多い難所ともなっている。
 つまりは、生きてたどりつけても死んでたどりつけなくとも、どちらも変わりない、貴族にとっては尊厳そのものをひねり潰される、斬首や毒杯などよりもっと惨い方法での極刑を言い渡されたようなものだった。
 いっそこの場で殺してくれと、心の底から叫びたいほどの刑罰。
 そこは、神殺しが流されたと異名を持つ島。
「姫、それは島流しというものですか」
 にもかかわらず、ルーディはけろりと、そのような的外れなことを言い放つ。
 しかもそれは、間違いなく確信をもってはずしている。
 それが、さらにガーンを絶望へと追い詰める。
「なに? これくらいではまだ生ぬるいか?」
「んー、そうですねー……」
「も、もうそれくらいでご容赦ください!」
 拘束する守備官を振り払う勢いで、ガーンは聞くのも耐えられないとばかりに思わずそう叫んでいた。
 プルトン島への島流しだけでも神殺しに与えられる刑と同等だというのに、さらに上を行く罰を与えようとする二人は、ガーンの目にはもう無慈悲に笑う悪魔にしか見えなかった。
 これ以上の恐怖を与えられては、ガーンはもう生きた心地がしない。
 いや、すでに生きた心地はしていないが。
 気の毒なくらい震え上がるガーンに、さすがに少しばかり情けを覚えたのか、カリーナはあてつけがましく大きくため息をはきだした。
「……ちっ。つまらんなあ。では、お前には、ラルフの下で半年の再教育を言い渡す。――これでどうだ?」
「まあ、それならば」
「十分ですね」
 カリーナは渋々そう提案しなおすと、カイとルーディは満足げにうなずいた。
 もともと、爵位剥奪やら財産没収、プルトン島へ島流しを与える気はなかったよう。
 その言葉を聞き、ガーンは明らかな安堵の色を見せる。
 半年の再教育ですむのなら、なんと楽なことか。
 過ぎるほどの刑の軽減に、ガーンは喜色すら浮かべている。
 しかし、次の瞬間、プルトン島への島流しの方が優しいということに気づきたくもないが気づくことになった。
 心の底から、あれほど恐怖したプルトン島への島流しを望むこととなる。
「へー。お貴族様をしごけるのか。それは腕が鳴るなあ」
 腕をぐるりとまわし、ラルフは悪魔の如き微笑を浮かべた。
 ちらりと、まるで舌なめずりをするようにガーンを見る。
 瞬間、ガーンは灰と化し、そのまま風にさらわれていく。
 一見、罪が軽減されたようだが、むしろその逆。やはりさらに重くなっていた。それは、プルトン島への島流しがかわいく思えるほどに。
 野次馬で集まる人々は素直に罪が軽減されたと思い、また再教育というお仕置きに落ち着いたことに、一応の納得はしている。
 しかし、それは一般の人々だけで、ラルフの二つ名とその実力を知る者には、むしろ島流しをしてくれと懇願するほどの恐怖を与える。
 それを知る第五部隊の隊員たちも、にたにたと楽しげに笑っている。
 これほど、お貴族様の誇りをずったずたのぼっこぼこに打ち砕き、再起不能にまで追い込む罰はない。
 死神ラルフ、彼のしごきは、荒事になれた第五部隊の隊員たちにとっても、なりふりかまわずご遠慮したいものだった。


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update:12/07/08