姫君とこいごころ(20)
カリーナ姫の野望

「……それにしても、この投げ文をした奴は、大馬鹿者か?」
「ええ、そうですね」
 カリーナは舌打ちをして、ぐしゃりと文を丸める。
 ルーディは大きくうなずき、同意する。
 けれど、ロイルはカリーナの言葉に首をかしげている。
 たしかに、目的はカリーナだとして、要人の子供でもない、まして孤児の子供をさらうなど馬鹿げている。普通に考えれば、孤児のために王女がのこのこ現れるはずがない。
 けれど、カリーナはそのことに対して大馬鹿と言ったのではないと感じたのだろう。
 事実、カリーナはそこをついて吐き捨てたのではない。
 ロイルは、カリーナは生まれで区別するような心が狭い王女ではないと知っている。
 相手の身分に関係なく、困っている者がそこにいれば、無意味に機動力があるカリーナならば動く。
 特に相手が気に食わない者ならば、嬉々として追い詰めて再起不能にするだろう。その優秀な護衛官とともに。
「これでは、王都の橋は橋でもどこの橋かわからないじゃないか。これを送りつけてきた奴は大馬鹿者だな。王都には八百八の橋がかかっているんだぞ!?」
 カリーナはいまいましげに乱暴に言い放つ。
 カリーナの頭には、このままなかったことにしてアナを見捨てるという選択肢はもとよりない。
 王都には、大小さまざま、あわせて八百八の橋がかかっている。
 にもかかわらず、どの橋か指定せずに来いといわれても容易に行けるはずがない。まず橋の特定からして時間がかかりすぎる。いや、特定できるかも定かでない。指定の刻限もはじめから余裕がない。
 これでは、来るなと言っているも同じではないか。
「へえ……。姫、よくご存知ですね、橋の数など」
 ルーディはどこか感心したように、カリーナを見つめる。
 すると、カリーナは馬鹿にするようにちらりとルーディに視線を送る。
 お前の冗談につき合っている暇などないというように。
 実際、このような時にふざけられるルーディの気が知れない。
「馬鹿にするな。それくらい、わたしだって知っている。兄様の横で政治の講義を聴いていたからな」
「……だから、こんなちっとも姫らしくない姫が出来上がったんだな」
「ロイル、お前死にたいのか?」
 カリーナの言葉に、ロイルは思わずぽつりつぶやいていた。
 もちろん、ロイルのつぶやきも聞き逃すようなカリーナではない。ぎろりとロイルをにらみつける。
 ロイルは慌てて、とりつくろうように叫ぶ。
「そ、それより、今はアナだよ!」
「……ちっ。命拾いしたな」
 カリーナは残念そうに舌打ちする。
 ロイルはどこか青い顔で、ほうと大きく吐息をもらした。
 冗談につき合っている暇はないと態度に出しつつ、しかし自らも結局その冗談をはじめるカリーナの肩を、カイがふわり抱き寄せる。
「八百八、守備官たちにひとつひとつ当たらせてもいいですが、それでは時間がかかりすぎますね」
 考え込むようにつぶやくカイに、カリーナははっとしてカイを見つめる。
 カリーナがこれ以上脱線しないように、カイがさりげなくとどめた。
 そのことに、カリーナは気づき、少々ばつが悪そうに唇をかむ。
「ええ、面白くないことにね」
 ルーディが珍しくカイに同意する。
 その顔は険しい。カイをからかう余裕もないのだろう。
 さすがのルーディも、本当にカリーナをおびき寄せたいのかどうか疑わしい、場所特定が困難な文の内容では、人海戦術に頼らざるを得ないのだろう。
 まず、恐らく王女の命が狙いなのだろうから、人目が多い橋は除外するとして、王都はずれや人通りが少ない橋にしぼったとしても、それでもまだ数が多い。
 あえて場所を特定せずかく乱させるつもりなのか、それとも場所特定のことなどさっぱり気づいていないのか……。
 後者なら、詰めが甘いを通り越して、救いようがない馬鹿だ。
 まったく、憎たらしいまねをしてくれる。
「面倒だが、とりあえずひとつひとつあたらせろ。どれだけ人を使ってもかまわん」
 カリーナがきっぱり告げると、ルーディは心得たように力強くうなずいた。
 孤児一人に大層だと言われそうなところだけれど、目的は王女の命であろうから、人をどれだけ使ってもまったく問題はない。
 王族の命を狙う、それはすなわち、反逆罪に相当する。国家転覆罪にもなるだろう。愚かにも狙うのは、国王と王太子が溺愛するこの国唯一の王女なのだから。
 もし王女に何かあれば……。結果は想像に易い。間違いなく、地獄絵図。
 ルーディが指示を出しに動き出そうとしたその時、通用門へ歩いてくる一人の令嬢の姿があった。
 通常、貴族令嬢ならば登城にも下城にも馬車を使おうものだろうに、何故かその令嬢は徒歩だった。
 しかも、供の一人もつけていない。
 不審げに見ていると、その令嬢はカリーナのすぐそこまでくると、ちらりと視線を流した。
 そして、さっとその横を通り過ぎていく。
 その時、カリーナだけに聞こえるように、令嬢はぼそりつぶやいた。
「西の城門近くの、西第十九橋横の物見塔よ。そこから橋の様子をうかがうつもりらしいわ」
 瞬間、はっとしてカリーナが振り向くと、令嬢は何事もなかったようにすたすた歩き去っていく。
 ちょうどそこには、令嬢の迎えにやって来たのだろうしつらえがよい馬車が一台とまっている。
 御者が頭をたれ、令嬢を迎えている。
 カリーナは馬車に乗り込む令嬢をじっと見つめる。
 馬車がゆっくり動き出し、城下の中へと消えていく。
「ヴァレリア・グリント……?」
 そうつぶやいたかと思うと、カリーナは気を取り直したようにきっと顔を引き締めた。
 そして、ロイルへ視線を落とす。
「ロイル、よく知らせてくれたな」
 カリーナはぐりっとロイルの頭をひとなでする。
 ロイルはどこか不満そうに、少し乱れた髪をなでつける。
 すると、さらにそこにぽんとルーディの手がのせられた。
「ロイル、君は神殿へ戻りなさい。後は我々が引き受ける」
「で、でも……」
「大丈夫ですよ。我々に任せておきなさい」
 ためらいがちに見上げるロイルに、ルーディは有無を言わせぬようにもう一度告げる。
 ロイルは悔しそうに唇をかむ。自らもともにアナを救いたくて仕方がないのだろう。
 長くはないけれどこれまでのつき合いから、ルーディにはさからってはいけないことをロイルは学習している。
 それだけでなく、今のルーディはいつものどこか人をくったような馬鹿にしたような様子はない。
 険しい雰囲気を一身にまとうその姿から、ルーディに大人しく従った方がいいのだろうと、ロイルは悔しいが理解した。
 ちょうどその時、城下巡回から戻ってきたのだろう、アレックス率いる王都守備官第二部隊が通用門へ向かい歩いてきた。
 その姿を認め、カリーナはにやっと口の端をあげた。
「アレックス、ちょうどいいところに来た」
「……げっ」
 そして、カリーナたちに気づかなかったのだろう、すぐそこまでやって来たアレックスにそう声をかけ、ちょいちょいと手招きする。
 瞬間、アレックスは顔を景気よくゆがめ、くるりと踵を返す。
 しかし、同時にルーディがその腕をしっかりつかんでいた。にっこり笑顔をそえて。
「げっとは何だ、げっとは」
 カリーナはアレックスにずいっと迫り、その胸倉をつかみ上げる。
「いや、何というか、あなた方にかかわるとろくなことがないので……」
 視線を泳がせしどろもどろに答えるアレックスに、カリーナはさっと目を危険にすわらせた。
 それから、無慈悲にきっぱり告げる。
「ルーディ、……やれ」
「御意」
 主語も目的語もないその一言を的確に汲み取り、ルーディはわざとらしいほどに恭しく頭をたれる。
 瞬間、アレックスの顔からさあと血の気がひく。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
 慌ててさらに言い募ろうとするアレックスを遮るように、カリーナは冷めた口調で言い放った。
「まあ、冗談はさておき、今はお前で遊んでいる暇はない」
「……はあ」
 こうころころ変わられてはどう反応すればいいのかわからず、アレックスはただ力なくそう声をもらす他なかった。
 とりあえず、命拾いしたことだけは間違いないだろう。
 カリーナに目をつけられた時点で、そもそも逃げることなどかなわなかったのだと、アレックスはすでに諦めの境地に至っている。
 まったく、第二部隊はなんと時期が悪い時に王宮に戻ってきたのだろう。運がないにもほどがある。
 アレックスとともに戻ってきた第二部隊の者たちは、彼らの隊長がじわじわいたぶられるその様を、はらはらした様子で見守っている。
 下手にアレックスを助けようと動こうものなら、とんでもないとばっちりを食らうことを重々理解しているのだろう。
 後の隊長の仕返しよりも何よりも、王女とその護衛官がこの城でいちばん恐ろしいことを彼らもまた知っている。
「お前、ロイルと一緒にアンテリナム神殿へ行って来い」
「はい?」
 すっかり諦めてしまった様子のアレックスに、カリーナはさらっとそう言い放った。
 アレックスは思わず目を見開き、カリーナを見つめる。
 ロイルという名の者を知らなければ、どうしてそこでアンテリナム神殿がでてくるのかと、その顔が何も言わずとも語っている。
 何より、予想に反して、王女にしては普通といえば普通の指示。いたずらに巻き込もうとしているのではない。
 間抜けにも見えるアレックスの顔を、カリーナは馬鹿にしたようにちらりと見る。
 アレックスの頬が、言い知れぬ恐怖やら怒りやら呆れやら、いろいろな感情をないまぜにしてひきつる。
 やはり、アレックスにはこの王女の相手などできない、護衛官二人はすごすぎると、改めて実感する。
 本当に、このような猛獣のような王女の相手が、よく務まるもの。
 アレックスは反論することは諦め、訳がわからないながら、渋々静かにうなずいていた。
 ロイルの話の続きでは、カリーナに知らせないかわりに、神殿長たちがアナを助けに王都の橋≠ニやらへ行こうとしているらしい。
 その浅慮を、ロイルを連れて、アレックスにとめに行かせようとしている。
 邪魔になるから絶対に橋に近づくな、大人しく神殿で待っていろと、念押しさせに行かせようとしている。
 アレックスは半ばカリーナに脅されるようにして、その横で不思議そうに首をかしげる少年を連れて、言われるまま城下西城門近くのアンテリナム神殿へ向かった。
 城下巡回から戻ったばかりで、さらにカリーナの相手をして疲れきった体をおして。
 幸運にも難を逃れた第二部隊の隊員たちは、彼らの隊長のこれからを案じつつそのまま官舎へ戻っていった。


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update:12/08/03