姫君とこいごころ(22)
カリーナ姫の野望

「ねえ、どうして護衛官もつれてきたのかしら? たしか文には、一人でいらっしゃいとあったと思うのだけれど?」
「この二人だけはどうにもならん。まいてもすぐにみつかる。それに、お前もこいつに用があるだろう?」
 唇をゆがめいまいましげににらみつけるイヴァンジェリンをまっすぐにらみ返し、カリーナはどこか面倒くさそうに背後に立つカイを立てた親指で示す。
 瞬間、イヴァンジェリンの顔がさらにいびつにゆがんだ。
「本当、いまいましいったらないわ。――まるですべてお見通しと言いたげね」
「その通りだからな」
「憎らしいわね」
 動じる様子なくあくまでたんたんと答えるカリーナに、イヴァンジェリンはさらに顔をゆがめる。
 そして、横に立つ男にちらりと視線を送る。
「ねえ、カリーナ王女。あなたはどうして、そうなのかしらね?」
 イヴァンジェリンはふふと薄く笑う。
「どういう意味だ?」
 カリーナは眉根を寄せ、いぶかしげにイヴァンジェリンに問いかけた。
 しかし、イヴァンジェリンはその問いに答えることなく続ける。
「ねえ、カリーナ王女。この子供の命がおしければ、わたくしのお願いを聞いてくださらないかしら?」
 イヴァンジェリンがそう告げると同時に、男がアナの首に抜き身の剣をぐいっとおしつけた。
 カリーナは男に視線を移す。
「……お前、ラルフのしごきは今日は休みか?」
「うるさい、黙れ! この悪魔が! 大人しくイヴァンジェリン嬢の話を聞け!」
 カリーナに話をふられ、男――ガーンは、つばを飛ばさんばかりの勢いで叫び散らす。
 イヴァンジェリンとともにいたのは、いつだったか、城下でカリーナにこてんぱんにやられた、あの勘違いが入った下級貴族だった。
 あの時、そしてその後のラルフのしごきで懲りていなかったのか、またしても馬鹿なことに手を出しているらしい。
 しかも、何故かイヴァンジェリンに協力するというかたちで。
 逆恨みでカリーナに報復でもしようと思い、協力しているのだろうか。
「黙るのはお前だ。――ルーディ、蝿がうるさい。始末しろ」
「御意」
 カリーナは面倒くさそうにひとつため息をつき、ちらりと背後のルーディに視線を向ける。
 すると、ルーディもまた面倒くさそうに、けれど即座に答えた。
 次の瞬間、ルーディがすらりと剣を抜き足を踏み出した。
 それに目ざとく気づいたイヴァンジェリンが、ガーンの腕の中から乱暴にアナを奪い取った。
 同時に、目を見張るガーンを、動じるのに乗じてそのまま突き飛ばす。
 とっさのことに受身もとれず、容易にイヴァンジェリンにあしらわれたガーンの体がよろりとよろけた。
 そのすきをつき、ルーディがガーンの胸へ飛び込みみぞおちに一発うずめた。
 うめき声をあげ、そのままガーンの体が床に倒れこむ。
 ルーディは続けてイヴァンジェリンに体を向けたが、その時にはアナをしっかりつかみ、その首に護身用のために持っていたのだろう小剣を押しつけていた。
 イヴァンジェリンはアナを抱えたままじりじり下がる。塔の壁に、とんと背があたる。
「近づかないで。それ以上近づくと、この子供の命がないわよ!」
 ルーディはやれやれといった様子で、仕方なく気を失ったガーンの右足首をつかみ引きずりながら、一歩二歩と後退する。
 上ってきた階段を背にイヴァンジェリンと対峙するカリーナのもとまで戻ると、ガーンをとりあえず縄で縛り、床に投げ捨てた。
「ルーディ、始末しろと言ったのに、何故生かしている?」
「後でここの掃除が大変ですからね。人死にが出ると、いろいろと面倒なのですよ」
「そのようなもの、守備官たちにさせればいいだろう」
 投げ捨てられたガーンを汚らわしげに見下ろし、カリーナは非難がましくルーディをにらみつける。
 ルーディはけろりと答えると、ガーンに蹴りを一発入れた。
 その様子を見ていたイヴァンジェリンがはっとして、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ちょっと、無視するんじゃないわよ!」
「……あ、忘れていた」
「本当、なんて女なの、あなたって人は!」
 イヴァンジェリンの剣幕にも、カリーナはやはり気にしたふうなくけろりとつぶやく。
 それがさらにイヴァンジェリンの怒りに油をそそぐと、もちろんわかっていてしているのだろう。
「どうして、このような下品でがさつな女ばかりがいいめを見るのよ! どうして、このような野獣のような野蛮な女が姫なのよ!?」
 ぎりっと唇をかんだかと思うと、イヴァンジェリンは一気にそう吐き出した。
 カリーナは一瞬何を言われたのかわからなかったのか、目を丸くした。
 けれどすぐに、面倒くさそうにため息をもらす。
 明らかにののしられているというのに、カリーナには怒りでなく呆れの色が濃く浮かんでいる。
 こういう場合、カリーナなら間違いなく大爆発を起こしているだろうに。
 イヴァンジェリンが叫ぶ言葉に、間違いはないだろう。
 カリーナはそう言われるだけの行いをしている。ただそれは、城内の者はよく知るところだけれど、普段王宮に出入りしない令嬢が知っているとは少し意外だったのだろうか。
 もしかして、そう知るに至るまで、イヴァンジェリンはカリーナを観察していたというのだろうか?
 だから、カリーナは言い返すことなく黙っているのだろうか?
 言いたいだけ言わせるなど、カリーナの柄ではないはずなのに。
 それはそれで、気持ちが悪い。
「カイさまもルーディさまも、それにバーチェスの王太子だって、どうしてみんなあなたみたいな女がいいの!? 理解できないわ!」
 カリーナが反論しないのをいいことに、イヴァンジェリンはなおもたたみかける。
 カイもルーディもどこかさめた様子で、その悪意に満ちた演説を聴いている。
 気を失ったままのアナをさらに力強く抱え、イヴァンジェリンはそれまでの剣幕が嘘のように、ふっと不気味に笑みをうかべた。
「ねえ、カリーナ王女。カイさまが駄目なら、ルーディさまをわたくしにちょうだい。独り占めなんてずるいわよ」
 では、優秀で女性に人気があり、自慢してまわれる男なら、別にカイでなくても誰でもよかったということなのか。
 カイは昼間の庭園での一件を思い出し、かるく頭を抑える。
 あまりもの言い草に、呆れすぎて何も言えないのだろう。
 いくら見目と血筋と家柄がいいとはいえ、ルーディでもいいといういくらいなのだから、もはや正気の沙汰ではない。本当にそれしか見ていない。
「わたしは、身の程知らずで浅慮な女性は嫌いなのですよねえ」
 ルーディは面倒くさそうに、ぽつりつぶやいた。
 けれど、一人悦に入ったようなイヴァンジェリンの耳には、そのつぶやきは入らなかったらしい。
 そのつぶやきを耳にしてしまい、カリーナは小さくため息をもらす。
 そうつぶやきたくなる気持ちもわからないではないが、今はルーディの出る幕ではない。せっかく、カリーナが楽しんでいるところなのだから。
 しかし、カリーナ同様、アナを人質にされ、カイもルーディも少なからず怒りを覚えているのだろう。
 このような変人の一体どこがいいのか、カリーナにはさっぱりわからない。カリーナでなくとも、ルーディを知る者ならばさっぱりわからないだろう。
 まあ、世の中には、規格外の王女にべたぼれだったり、へたれ護衛官に骨抜きにされたりしている物好きもいるので、中には鬼畜な腹黒でもいいという物好きがいてもおかしくないのかもしれないけれど。
 いや、この場合は、そういう次元の話ではないだろうが。
 カリーナもとうとう、呆れをたっぷりこめたため息を、力いっぱいもらしてしまった。
 反論するのも馬鹿馬鹿しくなるほどの言い草。
 つまりは、このような凶行に至ったのは、それが理由だったのだろう。
 なんとも愚かしい。
 そのような馬鹿げたことで、このように人生を台無しにするようなことをしてしまうなど。せっかく侯爵令嬢という輝かしい立場で生まれたというのに、なんとももったいない。
 まあ、護衛官二人を独り占めしていると言われればそうなのかもしれないが、バーチェス王太子――ファセランは別にカリーナのものではない。カリーナのものではないが、カリーナの悪友ではあるけれど。
 恐らく、いつだったかの舞踏会でのあの出来事が、イヴァンジェリンの逆恨みの手助けをしたのだろう。
 蔦薔薇の庭で張ったカイを使った罠だけで十分だったのに、ファセランがさらに罠を強化したらしい。
 少々、罠の威力が大きくなりすぎたのだろうか。
 さすがのカリーナも、まさか幼女をさらってその命をたてに、このような馬鹿な交渉をするに至るとは思っていなかった。
 カリーナの予想を大きく上回り、イヴァンジェリンは愚かだったのだろう。


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update:12/08/14