姫君とこいごころ(24)
カリーナ姫の野望

 少々予定外のことは起こったものの、裏でおいたをしていた貴族親子を捕えるきっかけとなった。
 まさか、いつもの八つ当たり、いたずらと思っていたものが、このために仕掛けた罠だったとは、あの時は誰も思っていなかっただろう。
 今回ばかりは王女に一杯食わされてしまった。
 しかし、悪い気はしない。むしろ、誇らしい。
 三人だけでなく、それを見守る守備官たちもまた、微笑ましそうにカリーナを見ている。
 生意気そうに笑うこの少女が、彼らが慕う自国の王女。
 乱暴でむちゃくちゃで突飛な言動が、玉に瑕だけれど。
 そこもまた愛しいと思う者は、きっと一人二人ではないだろう。
 それでも、このような無茶をまたさせないために、釘を刺すことも忘れない。
「姫、このようなことはこれきりにしてくださいね」
 カリーナの肩をそっと抱き寄せ、カイは恨めしげに見つめる。
 ふとカイを見上げ、カリーナはぷっくり頬をふくらませた。
「なんだ、気づいていたのか」
「当たり前です。自らをおとりにして罠をかける姫がどこの世界にいますか」
 そう、一杯食わされたのは、あくまでカイと、そしてルーディをのぞく者たち。
 カリーナの行動ひとつひとつに意味があると知っているカイとルーディは、そのようなまやかしに騙されたりは、誤魔化されたりはしない。
 いや、カリーナの考えていることすべてが、カイにはわかってしまう。
 カリーナの思惑に気づいたからこそ、カイはあの時、倒れる大木からイヴァンジェリンを助けた。
 それがなければ、捨て置いただろう。
 あの距離、あの角度なら、多少の怪我はしても、命にかかわることはなかったから。
 カリーナが助けたいと思う相手は助けるが、そうではない相手には決して手を貸さない。
 普段から胡散臭いと思っている相手なら、なおのこと。
 そのことに、果たしてカリーナは気づいているのか、いないのか。
 きっと、この王女のことだから、それさえも見越して行動に出たのかもしれないけれど。
「気づいていてとめなかったとは、護衛官の風上にもおけないな。護衛官長におしおきされるぞ」
「とめても無駄でしょう」
「当然だ」
 どこか楽しげにカイを見つめ、けれど口調は皮肉るように、カリーナは告げる。
 ルーディは呆れたようにため息混じりに答える。
 すると、カリーナは得意げに大きくうなずいた。
 うっすら目を細めカリーナを見て、カイはもう一度大きくため息を吐き出す。
「それに、おしおきもされませんよ。王も黙認されていますから」
「なんだ、つまらんな」
 カリーナはくくとのどの奥で笑い、にやりと口元に笑みをつくる。
 明らかに、カイの受け答えを楽しんでいる。
 それは、果たしてカイがすべて承知の上で騙されたふりをしていたことか、それとも、今頃、護衛官長ダリルと宰相ルーカスが、愉しげにイヴァンジェリンの父親を追い詰めている頃だろうと予想したためか。
 恐らく、どちらもだろう。
 人を陥れることに喜びを覚える王女なのだから。
 罪がない時には理不尽に、罪がある時には根拠をもって、狙った獲物は逃さない。
 今回は後者なのだから、誰に遠慮することなく、堂々と楽しむだろう。
 カイはまた、たまらずため息をもらす。
 そうして、カリーナの手をとり、足元に気を払い、塔の螺旋階段を誘導しながら下っていく。
 その後にルーディ、ラルフ、そしてイヴァンジェリンとガーンを引き立てつつ守備官たちが続いていく。
 カイに守られるようにして塔をくだり、そしてあけたままになっていた扉から外へ出ると、辺りはもうすっかり夜の景色に変わっていた。
 城下のはずれということもあり、辺りには家々の明かりはない。
 橋の向こうにぽつりぽつりとやわらかな明かりがともり、そしてその向こうにはにぎやかな光が広がっている。
 物見塔と西第十九橋には、待機していた守備官が持つ松明の火だけがこうこうと燃えている。
 そして、それらの背後に、うっすらと浮かび上がる淡い光がひとつ。
 控えめにしつらえられた馬車を従えた女性が一人たっている。
 側に立つ御者が持つ洋灯(ランプ)の明かりに照らされ、それがヴァレリアだということがカリーナにもすぐにわかった。
 心配そうに塔の出入り口を見つめていたヴァレリアは、カリーナたちの姿を認めると、明らかにほっとしたように強張っている頬をゆるめた。
 それからすぐに、カリーナたちの後から連れられてきたイヴァンジェリンの姿を見つけ、瞬時に顔を険しく曇らせた。
 ラルフに短く指示を受け、守備官たちは橋の向こうに待機させていた簡素な馬車へ、イヴァンジェリンを引きずるように連れて行く。
 橋のたもとに馬車をとめ立っていたヴァレリアは、すれ違い様、イヴァンジェリンとそれを連れる守備官にだけ聞こえる程度にぼそりつぶやいた。
「愚かね」
 その目は冷ややかにちらとだけイヴァンジェリンを映し、すぐに背けられた。
 瞬間、イヴァンジェリンは生気を失っていた目に狂気じみた憎しみをたたえた暗い光を宿し、ヴァレリアに向けた。
 けれど、ヴァレリアはそ知らぬふりをして、塔の下でカイやルーディ、ラルフたちと話すカリーナへ歩みを進めていく。
 その後ろ姿をさらににらみつけようとまわすイヴァンジェリンの首を、守備官は「さっさと歩け!」と言い放ち、乱暴に前を向かせる。
 すると、イヴァンジェリンの憎しみに満ちた眼差しは、ヴァレリアからその守備官へ移された。
 何かを言おうとうっすら開いた唇は、言葉を発さぬまま硬く引き結ばれる。
 憎しみのためか、悔しさのためか、その体を小刻みに震わせていた。
 ヴァレリアが近づいてきたことにふと気づき、カリーナは会話をぴたりととめた。
 カリーナは微笑むように表情をゆるめる。
「ヴァレリアか、助かった」
 カリーナがそう告げると、ヴァレリアは一瞬驚いたように目を見開いた。
 そして、ヴァレリアはカリーナの前で立ち止まり、ふるると首を小さく横に振る。
「いえ、わたくしはただ人の道にそれたことが嫌いなだけです。喧嘩を売るなら正々堂々と売らなければ」
 ためらいなく告げられたヴァレリアのその言葉に、今度はカリーナが目をしばたたかせた。
 けれど次の瞬間、カリーナは腹を抱え爆笑していた。
 あまつさえ、品なくぱんぱんと膝まで打っている。
「あははは! お前、最高だな!」
 そうして笑いながら、その場にヴァレリアを残し、カリーナはカイを連れて橋の向こうへ去っていく。
 もちろん、後を追うカイは「姫、王女ならもう少し王女らしくしてください! 下品です!」とぼやいている。
 その後ろ姿を、ヴァレリアはどこか切なそうに見送るしかできないでいる。
 その場にとどまっていたルーディが、ヴァレリアにふいに声をかけた。
「ところで、ヴァレリア嬢、よくこの場がわかりましたね」
 その言葉にはっとしてヴァレリアが振り向くと、ルーディがにっこり笑ってみていた。
 けれど、その目はまったく笑っていない。むしろ、こめられた光は、尋問するかのよう。
 ヴァレリアはむっとしてルーディをにらみ返すも、すぐに諦めたように細い吐息をもらした。
 そして、一度ゆっくり首を横に振る。
「それは――」
 そう告げる声は、どこか諦観したような色を含んでいた。
 噂の護衛官ルーディに隠し立てしたところで、よいことなどまったくないと観念したのだろう。


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update:12/08/23