姫君とこいごころ(26)
カリーナ姫の野望

 閉じた目をゆっくり開け、カリーナは再びカイを見つめる。
 そして、すり傷があるカイの頬に触れ、決意を秘めたような力強い眼差しを向ける。
「カイ、お前はわたしのものだ。どのような時でもわたしを守り、全身全霊でわたしにつくせ」
「御意……」
 カイはかみしめるようにうなずくと、苦しそうにきゅっと唇を結ぶ。
 握り締めていた手に、さらに力をこめる。
 そうしないと、その手は、カイの意思を無視して、そのままカリーナを抱きしめるように動きそうだったから。
 カリーナはほとばしる思いをなだめるように一度深呼吸をすると、意を決したようにカイからゆっくり身をはなしていく。
 けれど、体をはなしはしたけれど、その手だけはすがるようにカイの腕に触れている。
「それで、どうだった? 沙汰が下りたのだろう?」
 その行動とは裏腹に、カリーナは意地が悪い笑みを浮かべる。
 確信に満ちた音をたたえ、カイに問いかけた。
 カイも得心したように微笑を浮かべ、うなずく。
「王族の命を狙ったとして、本来ならば極刑のところですが、王女の御取り計らいにより♂i久の塔への幽閉となりました。父親の方も国外追放といきたいところですが、下手に他国に顔がきくので、おかしな気を起こされては厄介ですし、仕方がないので親子そろって幽閉にしました。やはり王女の寛大な御処置により℃ン位は嫡男にゆずりお家取り潰しは免れました」
「そうか」
 カイがたんたんと告げるその報告に、カリーナはうなずいた。
 その顔は決してその沙汰に満足しているようではない。けれど、それも仕方がないと諦めているようではある。
 カリーナのことだから、極刑はまあなくとも、お家取り潰しくらいはしてやりたかったのだろう。
 カリーナだけならまだしも、何の罪も関係もないアナを危険な目にあわせたのだから。
 また、それが妥当な罰だろうが、そこであえてそうせず嫡男に爵位を譲るだけにしておけば、恩を売ることができる。
 嫡男はその父親や妹と違い多少は分別があり、また気も弱いということだから、きっと王女にただならぬ恩を感じることだろう。
 その身かわいさのために、ただただ従順に王家に仕えるだろう。
 そう見越しての沙汰だろう、これは。
 もちろん、この沙汰を決めたのは王女の御取り計らい≠ナも王女の寛大な御処置≠ナもない。
 それは、娘を溺愛する王女の父親であったり、王女の腹黒い護衛官だったり、策士な宰相だったりが下したもの。
 言わずとも誰もがそれを承知しているだろう。だから、爵位を継いだ嫡男も、よほどの馬鹿でもない限り、王女に逆恨みしたりはしないだろう。
「まあ、父親の方もルーファス殿がお説教をしているので、心を入れ替えることがあればそのうち幽閉もとかれ、領地で隠居となるでしょう」
「……ルーファスか、それは強烈だな」
 カイがどこか遠い目をして告げると、カリーナも目を細め、カイを通り越し、その背後に広がる青い空へ視線をはせる。
 カイはゆっくり左右に首を振った。
「ええ、何しろ、ルーディの兄君ですからねえ」
「宰相といい、あそこの一家はまともな者はいないのか?」
「言うだけ詮無いですよ」
 カリーナが青空にはせていた視線をカイへ戻すと、二人はどこか疲れたように見つめあった。
 そして、同時に何かを振り切るようにふるると首を振る。
 それからふと気づいたように、カイはどこかいまいましげに口を開いた。
「それにしても、城下では、王女は命を狙った者に対してもお優しいと、またとんでもない噂が流れているようですよ」
「ははは、人徳だな」
「……狙ったくせに」
 わざとらしく乾いた笑いで言い放つカリーナに、カイは疑わしげな視線を投げかける。
 カリーナはにっと、悪徳に満ちた笑みを浮かべた。
 カイの肩ががっくり落ちる。
 その落ちた肩を、カリーナが軽快にぽんとたたく。
「まあ、そう言うな。こちらから罠を仕掛けたことだし、せめてもの罪滅ぼしだよ」
 カリーナは思惑ありげな意地悪い笑みを浮かべ、けれどその目は楽しげに告げる。
 たしかに、カリーナがちょっかいをかけなければ、イヴァンジェリンもあのような凶行には出なかったかもしれない。
 ただ陰からカイを、そしてルーディを狙って、女の武器とやらを駆使し動きまわるにとどまったかもしれない。
 けれど、何故かそれをたわいないと放置することがカリーナにはできなかった。
 きっと、それがルーディだけなら放置しただろう。けれど、イヴァンジェリンがまずはじめに目をつけたのがカイだと、カリーナにはすぐにぴんときた。
 そうなってはもう、いてもたってもいられなかった。
 どうにかして、一瞬にして目障りになったその女を、二度とカイの目の前に姿を見せることができなくなるまで追い込んでやりたくなった。
 もともと、宰相やルーファス、そして今は外遊中のカリーナの兄からも、あの父娘、とりわけ父親の方のことを聞いていたので、これはある意味都合がよく、利用しないてはなかった。
 自らの利益、そしてまわりの者たちの利益のために、カリーナは意気揚々と実行に移した。
 この件に関しては大義名分があるため、誰にもとめられないと確信していた。
 そう、はじまりはカイに色目を使われたくないという、きわめて個人的な理由だったけれど、気づけば個人的でなくなっていた。
 それだけにすぎない。
 どうやら、カイもそれに気づいているらしい。
「放っておいてもよかったのに、うっとうしいからといって始末してしまうなんて、本当に恐ろしい姫君ですね」
 多少棘を含めて言いつつも、カリーナを見つめるカイの目はどこまでも優しい。
 カイはそれだけでなく、しっかりカリーナの大義名分ではない方の動機まで気づいていたらしい。
 ただ、それは半分くらいで、もう半分の本当のところは気づいていないのかもしれないけれど。
 まったく、カリーナにしてみれば、とってもおもしろくないにぶちん。
「だが、宰相たちには感謝されたぞ? あの親父、何かと面倒だったようだからな。……公金の使い込みもしていたようだし」
 試すようにカイを見て、カリーナはくすりと笑う。
 それから、「厄介な奴らは片づいたし、わたしの評判は上がったし、一石二鳥だな」と豪快に笑う。
 カイは品位のかけらもないそのような王女を微笑ましそうに見つめる。
 その目は、この豪快な姫君が愛しくて仕方がないと告げている。
 けれど、きっと、それには王女は何故か気づいていないだろう。
 肝心なところで、王女はにぶいから。
 今回の件は、別にカリーナが率先して動かずとも、そう時間を要さないうちに、宰相補佐官であるルーファス辺りが動いていただろう。
 いつまでも膿をそのままにしておくほど、この国の宰相たちは甘くはない。
「もしかして、すべてわかった上で?」
「さあ、どうだろうな?」
 試すようにカイが尋ねると、カリーナはにやりと笑った。
「まったく、あなたという人は」
 くしゃりとカリーナの頭をなで、カイは微笑を浮かべ肩をすくめる。
 どこまでもふざけていて、けれどどこまでも正義感にあふれる、どこまでも愛しい、カイの姫君。
 カイは脱力感に支配され、そのままぽてりと頭をかたむける。
 すると、ぴとっとカリーナの額とカイの額が触れ合った。
 互いに想像すらしていなかった不意打ちのふれあいに目を見張り、けれどすぐにおかしそうにくすくす笑い出す。
 青く澄んだ空から、柔らかな春の日差しが回廊に差し込み、二人を優しく包み込む。


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update:12/09/01