姫君とこいごころ(27)
カリーナ姫の野望

 見上げた空では、雲に隠れることなく太陽がその光を降り注いでいる。
 陽光にうっすら目を細め、ついで回廊に視線を戻した時だった。
 前方から、ルーディへ向けて、まるでなりふりかまわずといった体で駆けてくる一人の女性の姿が目に入った。
 そう時間を要さずして、その女性は、ルーディに気づくことなく、その横を駆けていく。
 ルーディは思わず振り返り、その女性の後ろ姿をまじまじ見てしまった。
 すれ違い様に見た女性の目には、うっすらと光るものがたたえられていた。
 ルーディはふと、昨晩のことを思い出す。
 カリーナとカイが先んじて物見塔を後にした時に、ヴァレリアが告白したあのことを。
 ルーディの目にも、ヴァレリアはカリーナにあまりよい感情を抱いていないと映っていた。
 そして、ヴァレリア本人も、そのように振る舞っていると認めた。
 けれど、次の瞬間には、それはまるきり覆されることになった。
 カリーナに対し態度悪く振る舞っていたのは、すべては恥ずかしさを誤魔化すためだったというのだから、さすがのルーディも驚いた。
 本当は、自由に豪胆に振る舞う王女の姿に、憧れていたという。それは、かるい羨望にも似ていたらしい。
 ヴァレリアはその矛盾した行動と思いのままでも十分だった。
 けれど、それを揺るがすものが現れたという。
 それが、イヴァンジェリンだった。
 ヴァレリアはかねてより、イヴァンジェリンの裏表のある性格に気づいていたという。
 イヴァンジェリンは、表では優雅で可憐な令嬢風を吹かせていたが、その裏では男あさりに似た行動をとり、また気に入らない者を密かに陥れていた。それは、自らの手を決して汚すことなく。
 そのような矢先、イヴァンジェリンがガーンという男爵子息を利用し、何かを企んでいることに気づいた。
 そこで、ヴァレリアはガーンに接触をはかった。家名を示すものを一切施していない馬車を用意し、そしてそこに誘い込んだ。その車中で上手い具合に誘導し、何か情報を引き出そうと考えた。
 しかし、それはかなわぬままガーンは騒動を起こしてしまった。
 ヴァレリアはそれをどれだけ苦く思ったことだろう。けれど、同時に探らせていた手の者が、とんでもない情報を入手した。
 そうして、どうにか対処できないかと考えていると、カリーナのもとにその情報がもたらされ、しかもカリーナ自らそこへ赴くという。
 はじめはとめようかと思ったが、そのまっすぐな正義感に満ちた眼差しを見て、とめるのではなく助力しなければとヴァレリアは思ったらしい。
 けれど、これまでの態度もあり素直になりきれず、まるで喧嘩を売るような情報提供になってしまったという。
 そうして、その後は昨夕のあの事件へ続いていく。
 それを聞き、ヴァレリアは本当は、カリーナのことが大嫌いではなく大好きだったらしいとルーディは納得し、どことなく複雑な思いで苦笑いを浮かべた。
 どうしてこう、エメラブルーの高貴な女性たちは、素直でない令嬢ばかりなのだろうか。
 その告白を聞いた翌日、ヴァレリアは目に涙をにじませ回廊を駆けていくのだから、ルーディも少しは気にかかる。
 はっとして、ヴァレリアが駆けてきた方へ視線を向けた。
 すると、案の定、そこではルーディが予想したとおりの光景が繰り広げられていた。
 きっと、ヴァレリアはあれを目撃してしまったのだろう。
 思わず、呆れたような笑みがもれる。
 どうしてあの二人は、こうも時機がよいのだろう。ルーディを楽しませてくれるのだろう。ルーディの期待を裏切らないのだろう。
 これは、近々、たっぷりお説教をして、お灸を据えなければならないかもしれない。
 あまりにも無防備すぎる。
 誰の目があるとも知れない回廊で、そのようなことをしてしまうのだから。
 もうすっかり、二人には互いの姿しかその目に入っていないのだろう。


 ヴァレリアは、ルーディとすれ違ったことにも気づかずに回廊を駆けていく。
 先ほど目撃してしまった光景に、ヴァレリアの心臓は思わずとまりそうになった。
 きゅうと締めつけられるように痛み、そして頭が真っ白になり何もわからなくなった。
 気づけばこうして、ただただ馬車を待たせている車寄せへ駆けていく。
 あの光景は、ヴァレリアを打ちのめすには、十分すぎた。
 昨晩、王女の護衛官の一人にその思いの内を吐露してしまったために、胸につかえていたものが取り除かれすっきりした気持ちになっていた。
 その気持ちならば、このまま王女にも素直な態度で接することができるかもしれない。
 本来、ヴァレリアはそれを望んでいた。憧れる王女と親しくなれれば……と。
 そして、イヴァンジェリンではないけれど、少しの下心もあった。
 その護衛官の一人、性格が最悪と有名でない方の護衛官と言葉をかわすことができればさらによいなどという下心が。
 しかし、その下心も先ほど見た光景が、見事粉砕してくれた。
 たまたまを装い王女と会おうと、王女の行き先を聞き中庭に面した回廊にやってきた。
 すると、たしかにそこには護衛官の一人を連れた王女がいた。
 勢いのまま王女に声をかけようと、さらに距離を縮めようとした時だった。
 あろうことか、王女と護衛官はどちらからともなく額を寄せ笑い合った。
 互いを見つめる目は、互いに深い愛情を抱いているように見えた。
 瞬間、ヴァレリアの胸はすうっと冷たくなり、凍りついた。
「……嘘つき」
 気づけばそう一言つぶやき、踵を返すと、そのまま走り出していた。
 駆けるヴァレリアの脳裏には、昨日の昼下がりの、花の宴の庭でのことがよぎる。
 あの時、護衛官は思いを告げたイヴァンジェリンにこう答えていた。
『申し訳ありません。お気持ちは嬉しいのですが、わたしは王女の護衛官です。カリーナ様以外は考えられません』
 イヴァンジェリンが告白した事実に掻き乱れた胸も、護衛官の言葉に少しは落ち着いていた。
 なのに……。
 その言葉を信じたのに。信じて胸のざわめきは落ち着いたのに。
 王女と護衛官なんて大嘘。
 二人の間にあるものは、もっと違った――。
 真実は、あの場面が告げている。
 あのような場面を見せられては、ヴァレリアはもう諦めるしかない。
 ヴァレリアが目にしたのは、仲睦まじく微笑み合う王女とその護衛官の姿だったのだから。
 その姿は、ただの王女と護衛官のものではなかったのだから。
 そう、それはまるで、深く愛し合った恋人たちのよう。
 秘めた思いを胸に抱くは、叶わぬこいごころ。
 思いを伝える前に、それははかなく散った。


 花が咲き、蝶が舞う中庭に面した回廊に、二人の姿はある。
 まるで見守るように陽光が降り注ぐ。
 カリーナとカイは耳打ちし、そして二人見つめ合い、くすり笑い合う。
 そのようなことを、飽きもせず何度も繰り返している。
 いつの間にか離れていた二人の距離は近寄り、今ではすっかりぴたりくっついている。
 柱にもたれるカイの胸に、カリーナはぴとり身を寄せている。
 そして、そのあたたかく優しい胸の中から、この男性(ひと)はわたしのものと、体いっぱいで告げている。
 かと思うと、一体何があったのか、突如カリーナがカイから勢いよく身を放し、そのまま力いっぱいみぞおちに拳をしずめた。
 すると、カイは苦しげにうめき声をあげながら、その場にずるずるくずおれていく。
 しかし、なおも執拗にカリーナはうずくまるカイの背を、げしげし踏みつける。
 踏みつけつつも、その目は楽しげにきらきら光っているから、趣味がとっても悪い。
 そこへ、こつんと靴底を鳴らす音がしたかと思うと、呆れるような声がかかった。
「まったく、あなたたちは何をしているのですか、何を」
 カリーナがはっとして、声がした方を向けば、やれやれと肩をすくめ首をふるルーディが立っていた。
 いつの間にやって来たのかと、カリーナの顔がいまいましげにゆがむ。
 せっかくのカイいじめの楽しい時間を邪魔され、ご機嫌を急降下させる。
「姫、探しましたよ」
「ルーディ、どうした?」
 ルーディは、カイを踏みつけるカリーナの両脇に両手を差込み、ひょいっと抱き上げた。
 カリーナはルーディに抱えられたまま、不満げに頬をふくらませる。
 けれど、ルーディはかまわず、カリーナをうずくまるカイのすぐ横に下ろすと、さらりと告げる。
「ものすごい剣幕で護衛官長が探していましたよ」
「げっ、カイ、逃げるぞ!」
 瞬間、カリーナは顔色を変え飛び上がると、うずくまるカイの腕をつかみ乱暴に立ち上がらせる。
 そしてそのまま駆け出そうとしたが、ぐらりと大きく背後へ体がかたむいた。
 カリーナの背があたたかくてやわらかい、けれど適度な硬さもあるものにぽすんとうまる。
 カイの腕をつかんだはずのカリーナの手が、逆に引かれていた。
 カリーナはきょとんとして、ふわり抱き寄せるカイをその胸の中から見上げる。
 瞬間、カリーナの顔がいびつにゆがむ。
「姫、今度は何をしでかしたんですか!?」
「ベ、別に何も……」
 呆れたような非難するような眼差しで、カイがカリーナを見下ろしていた。
 ひくりと、カリーナの頬がひきつる。
「姫!」
 言葉を濁すカリーナを、カイは問い詰めるようにじっと見つめる。
 カリーナも負けじとカイをにらみ返す。
 けれど、まっすぐに見つめるカイの瞳に、カリーナはたまらずすっと目線をそらした。
 その瞳にこめられた色は先ほどまでのものとは違うけれど、あの熱がこもったような瞳の色がふとカリーナの頭をよぎった。
 そのため、そのままにらみつづけることなど、とてもではないけれどカリーナにはできなかった。
 嬉しさが再びこみあげてくると同時に、気づかず流されしでかしてしまったことが恥ずかしくてたまらない。
 あの時は、言葉にせずとも間違いなく、カリーナはそのすべてを使い、カイに思いを告げていた。愛しくてたまらないと告げていた。
 そしてまた、カイも……?
 早々に白旗をあげ、観念したようにカリーナが吐き捨てる。
「そ、そんな、ラルフと遊んでいて、城壁に穴をあけたとかじゃないんだからな!」
「姫ー!!」
 今日も元気に、カイの悲痛な叫びが王宮に響き渡る。


chapter.3 姫君とこいごころ おわり

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update:12/09/06