君は輝ける星(1)
カリーナ姫の野望

「姫ー、待ちなさい!!」
 清々しく晴れた初夏の昼下がり。
 今日もエメラブルーの王城には、一人の護衛官の悲鳴じみた雄叫びが響き渡る。
 それは、今ではすっかり当たり前となった日常の光景。
 城内をけたたましく騒々しい、駆ける足音がふたつ。
 ひとつは踊りの足運びのように軽やかな音。
 ひとつは慌てふためくような、けれどしっかりとした音。
 そのようなふたつの足音が、まるで追いかけっこを楽しむように、白い柱が特徴的な外廊に響き渡っている。
 国王執務室へ向かう護衛官長ダリルがそこへ足を踏み入れた時だった。
 前方からまるで猪が突進してくるような勢いで駆けてくる華麗――獰猛な姫君が一人。
 その後には、怒りに顔を真っ赤にして追いかける彼女の護衛官。
 どうやら、先ほどから城内を騒がせるにぎやかな足音は、この二人のものだったらしい。
 まあ、それ以外ではほぼありえないけれど。
「ダリル、そこをどけ!」
「え? 姫!?」
 突進してくる姫君はダリルの姿を認めると、蹴散らさんばかりの勢いで怒鳴る。
 はっとしたように真っ赤だった顔を真っ青にして、彼女を追いかける護衛官が慌てて叫ぶ。
「護衛官長、姫をつかまえてください! また脱走をはかろうとしているんです!」
「やれやれ……」
 姫君を追いかける護衛官の言葉を聞き、ダリルは実に面倒くさそうにため息をひとつ吐き出す。
 同時に、ちょうど目の前まで迫っていた鉄砲玉の如き姫君を、その体すべてを使い、がっしり抱きとめる。
 そして、すかさず拘束。
 追いかけてきた護衛官は「護衛官長、ありがとうございますー」となんとも情けない声を上げる。
 それから、まるでそれが当たり前のように、ダリルの腕の中からさっと姫君を奪い取り抱き寄せる。
 そうすると、姫君もまたそれがさも当然とばかりに、抱き寄せた護衛官の胸にぽてんと頭を寄せもたれかかる。
 その様子に、ダリルはやはりやれやれと肩をすくめる。
 その時、ふと、ダリルの目にきらりと光るものが飛び込んできた。
「おや、姫、その首飾り、よほどお気に入りのようですね」
「え? 護衛官長?」
 姫君――カリーナの胸元できらきら光る小さな石を示し、ダリルは微笑む。
 すると、、カリーナは何のことかわからなかったようで、ぽけらと首をかしげる。
 しかし、次のダリルの言葉で、カリーナは弾かれたように体を震わせ、瞬時に顔を真っ赤に染めた。
「近頃よくされていますよね」
「なっ!? お前、目が腐っているんじゃないのか。医者に診てもらえ、医者に! 誰がこんな安物……!」
 カリーナはそう叫ぶと、護衛官――カイの抱き寄せる腕を振り払い、ダリルを突き飛ばし駆け出す。
 そのまま外廊の向こうへと、凄まじい勢いで消えていった。
 それを呆れたように見送ると、ダリルはふと、すぐ横に立つ自らの部下に気づいた。
 どこか様子がおかしい。
 どこかではなく、明らかにおかしい。
 嬉しそうに身をくねくねとくねらせ、だらんとだらしなく鼻の下をのばし、顔を真っ赤にしてでれでれに照れている。
 その様子を見て、ダリルは妙に納得してひとつ深くうなずく。
 ダリルのすぐ横では、カイが目も当てられないほどに幸福感を垂れ流している。
 しかし次の瞬間には、さすがこれでも腐っても護衛官、自らの置かれた状況に気づく。
「はっ!? ひ、姫、待ってください! 護衛官を置いていくんじゃありません!」
 カイもまたそう叫びながら、ダリルのことなどすっかり無視して、外廊の向こうへ消えてしまったカリーナを追いかけていく。
 恐らく、そう時間を要さないうちに、その犬並みの嗅覚でもって的確にカリーナの居場所をつきとめ捕獲することだろう。カリーナの忠犬≠ニ言われるだけあり。
 カリーナばかりかカイにまでさらっとその存在を忘れられても、ダリルは嫌な顔ひとつせず、むしろ見守るように、小さくなっていくカイの背もまた見送る。
 結局のところ、カイの目的は、脱走をとめることから、いつの間にかカリーナに置いてけぼりにされないことに変わっている。
 恐らく、今のカイにはその矛盾に気づく余裕はないだろう。
 彼の大切な姫君を再びその腕に抱き寄せることだけしか、もはや頭にないのだろう。
 果たして、彼らの追いかけっこは、いつまでどこまで続くのか……。
 今ではすっかりエメラブルー城の名物となっているそれを、ダリルは微笑ましそうに見守るだけ。
 ダリルがふと背後に気配を感じ振り向くと、カリーナのもう一人の護衛官ルーディがのんびりとやって来ていた。
 その姿を認めると、ダリルはどこか困ったように、けれど神妙に問いかける。
「……ルーディ、やはりか?」
「さあ、わたしは何とも」
 ルーディはいつもの腹立たしいまでに胡散臭いにっこり笑顔を浮かべるだけだった。
 それですべてを理解したように、ダリルは大きく息を吐き出す。
「やれやれ……。姫のお気持ちは明らかだからあえて何かを言おうとは思わないが……くれぐれも、気をつけてやるんだよ」
「言われなくても」
 まるで心外だと言わんばかりに即答すると、ルーディはやはりのんびりと二人が消えたそこへ向かって歩いていく。
 カリーナやカイだけでなくルーディもまた、護衛官長であるダリルに敬意をさっぱり払うことなく、あっさりとその場を去っていく。
 まあ、これが彼らなので、ダリルも今さらあえて、そこに苦言を呈したりはしない。
 そして、そのような自由気ままに振る舞う彼らを憎からず思っている。むしろ、気に入っている。――不本意ながら。
「まったく、これがあの王子にばれなければいいのだが……。もはや、時間の問題かねえ、これは」
 もうひとつ盛大にため息をつき、目的の場へ向かおうとダリルが一歩踏み出した時だった。
 目の端にとらえてしまったそれに思わず釘付けになり、ついですぐにそれからばっと目をそらした。
「え……?」
 嫌な汗がひと筋、ダリルのこめかみを流れ落ちていく。
 今目にしたものがどうか幻影であってくれと、儚い願いを抱く。


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update:12/09/12