君は輝ける星(3)
カリーナ姫の野望

 それから一刻ほど後、どこかで爆発音がしたかと思うと、再び外廊にカリーナとカイの姿があった。
「姫、待ちなさい!」
 ようやく平和を取り戻した外廊が、またもや恐慌状態に陥る。
 しかも、どうやら今回は、脱走をとめるためではないらしい。
 いつになく護衛官の顔が恐ろしいことになっている。
「嫌だ。待ったら、つかまえるだろう!」
 背後を見ながら、それでもカリーナは危なげなく外廊を疾走する。
 もはやここまでくると、ある意味立派な特技と言えるかもしれない。
 その後を息ひとつ乱さずカイが追いかけている。
「当たり前ではないですか。姫、あなたは一体、何をしたかおわかりですか!?」
「たいしたことではないだろう。ほんのおちゃめだ」
「おちゃめで、王の胸像をぶっ壊さないでくださいよ! わたしの首が危ないのですから!」
 けろりと言い放たれたカリーナの言葉に、カイは泣き叫ぶように怒鳴る。
 その言葉を聞いた瞬間、不運にもその場に居合わせてしまった人々の顔から、瞬時に色が失せる。
 なかにはあまりもの衝撃発言に、ふらりとめまいを起こし倒れそうになっている者までいる。
 この王女はまたとんでもないことをやらかしてくれたらしい。
 先ほどの「楽しませてやる」発言の後、駆け出してまもなくカリーナはすぐ横にある中庭に飛び込んだ。
 そこには、今代の王の胸像が偉そうにどでんと置かれている。
 それを目にするやいなや、カリーナはにやりと笑い、けろっと破壊した。
「過失だ。手許が狂ったんだ。どうも手榴弾はいけないな。許せ。――というか、それだけ皮が分厚ければ、そう簡単には首も飛ぶまい」
「ゆ、許せません!! というか、あなたほど分厚くはありませんよ!」
 どうやら、先ほどの爆発音の出所はそこだったらしい。
 またぶっ飛んだことをしてくれたものだと、それを聞いてしまった人々は遠く空の彼方へ視線を馳せた。
 お空はまだまだ赤く染まってくれそうにない。
 憎らしいくらいの青空。
 声にならない悲鳴をあげ慌てて避ける文官たちを尻目に、カリーナとカイの追いかけっこは変わらず続いている。
 誰もが「とっととその暴れ馬を捕まえてくれ!」とカリーナを追いかけるカイに無言の圧力をかける。
 何しろ、このとんでもない追いかけっこは、カイがカリーナを捕獲するまでは終わることなく続くのだから。
 そして続いている限り、まわりに迷惑と言い知れぬ恐怖を撒き散らす。
 そのようなとってもはた迷惑な王宮名物を、向かいの外廊の柱の陰から眺める艶やかな黒髪の青年の姿がある。
 感心したように、けれどどこか呆れをにじませ、しみじみつぶやく。
「あの二人、すごい肺活量だな。全力疾走で叫びあっている」
 その傍らに控える青年がさらりと答える。
 銀の短髪がさらさら風に揺れている。
「あの二人は規格外ですから」
「そう言えばそうだったな」
 その言葉に黒髪の青年は大きく一度うなずく。
 それから向かいの外廊を元気に駆けていくカリーナを、微笑ましそうに見つめる。
 傍らでは呆れたような大きなため息がもれているが、それをまったく気にすることはない。
 向かいの外廊で追いかけっこをしていたカリーナとカイの姿はすでにそこにはなく、少し視線をそらす。
 すると、ちょうど、青年たちがいるこちらへと向かい駆けてきているところだった。
 それに気づくと、黒髪の青年は湖面に森を映したような深い緑色の目きらめかせる。
 けれど、カイから逃げることに必死のカリーナは、そして柱の陰になっているためか、まだ青年たちには気づいていない。
 その時だった。
 床石の一部が痛んでいたのか、つんのめったようにカリーナが体勢を崩した。
 目を見開き顔を真っ青にして駆け寄ろうとする黒髪の青年よりも早く、追いかけていたカイがすかさずカリーナを支える。
 それにほっと息を吐き出す暇もなく、カイはそのままカリーナの首根っこをつかむ。
「ほら、つかまえた!」
「はなせ、カイの馬鹿野郎ー!!」
 どうにかカイの手を放そうと両手を背後へやり、カリーナはじたばたもがく。
 先ほどと同じような光景が、再び繰り返されている。
「姫、観念してください。今日という今日は、陛下にお願いをして、たっぷりお説教をしていただきますからね!」
「いやだー! あの親父の説教は、じめじめしてうっとうしいんだ!」
「それだけ、陛下もあなたの暴挙をお嘆きなんですよ! 王女ならもうちょっと王女らしくしなさい!」
 カリーナの抵抗をものともせず、カイは今度こそがっちりととらえる手に力を込めている。
 首根っこだけでは心もとないとばかりに、その細い腰にもう一方の腕をするりとまわす。
 けれど、どうにかカイから逃れることにしかもはや頭がいっていないカリーナは、いつもなら顔を真っ赤にしてうろたえるその行動に気づいていない。
 むしろ、いまいましげに叫び散らす。
「差別だ!」
「区別です、矜持です」
「屁理屈だー!」
「姫!!」
 カイもまた他意などまったくなく、ただその職務――カリーナ捕獲のただ一点だけを遂行しようとしている。
 先ほどのカイの言葉ではないが、さすがに今回はカリーナもやりすぎたのだろう。このまま野放しにしていては、たしかにカイの首がとっても危ない。
 カリーナの暴挙をとめられなかった罪として、カイはまたお仕置き部屋行きとなるだろう。
 理不尽きわまりないけれど、それがカリーナの護衛官の仕事のひとつとなっている。
 カイにしっかり捕獲され、両手両足をじたばた動かしなおも諦め悪く逃れようとしているカリーナが、何かに気づいたようにふいに声をあげた。
「……あっ!」
「げっ!!」
 同時にカイもそれに気づいたらしく、顔をゆがめる。
「兄様!」
 目をぱっと見開き嬉しそうにカリーナの口からもれたその言葉に、カイはあからさまに動揺する。
 そのすきを逃さず、カリーナは今度もまたその腕からするりと抜け出す。
 カリーナとカイの視線の先には、外廊の柱の陰からゆっくり姿を現す黒髪の青年がいた。
 カリーナはその青年目指して駆け寄り、そのまま胸の中に飛び込む。


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update:12/09/22