君は輝ける星(4)
カリーナ姫の野望

「カリーナ、元気だったかい?」
 飛び込んだカリーナを油断なく胸いっぱいで抱きとめ、青年はうっとりするほど艶かしく優しげにその目を細める。
 その背には、なんだかとっても面倒臭そうに小さく首を横に振る銀の短髪の青年がいる。
 先ほど、柱の陰からカリーナとカイの追いかけっこを眺めていた青年は、カリーナの兄エイパスだった。
 そして、エイパスの傍らにいた銀髪の青年は、宰相補佐官のルーファス。
 カリーナはエイパスの胸に両腕でぎゅっと抱きつき、そこからきらきらした目で見上げる。
「うん! 兄様は外遊から戻ったのか?」
「ああ」
「おかえり」
 エイパスが言葉のかわりにうなずくと、カリーナは嬉しそうににっこり微笑んだ。
 エイパスもまた、カリーナに微笑み返す。
 そのような二人から一歩離れたところで、ひどく疲れたようにカイがぼそりつぶやいていた。
「……嵐が帰ってきた」
 愛しい妹との久々の再会を喜びつつも、エイパスはそのつぶやきを聞き逃していなかったらしい。
 カリーナを片手でしっかりと抱きなおして、控えるカイにずいっと詰め寄る。
「ん? カイ、その反応は何だい?」
 びくんと大きく肩を震わせたかと思うと、カイは慌てて首をぶんぶん横に振る。
「な、何でもありません。おかえりなさいませ、エイパス王子」
「それでいいんだよ」
 エイパスは鷹揚にうなずくと、まるで憎しみがたっぷりこもっているかのように、ぐりぐりとカイの頭をなでる。
 事実、他意はとってもこもっているだろう。
 その目は、笑いつつも、不穏な光をはらんでいる。
 エイパスの手が頭から離れる頃には、カイの髪はすっかりぼさぼさになっていた。
 うんざり顔のカイと黒い笑顔を浮かべるエイパスの傍ら、「二人とも、相変わらず仲良しだなー」と、カリーナがのんびりつぶやいていた。
 そのような三人を一歩引いたところから眺め、ルーファスは盛大にため息をもらしている。
 本当に、三人とも相変わらず、と言いたげに。
 外遊からひょっこり帰ってきた王子を出迎えに出てしまったがために、ルーファスはこの場に居合わせることになってしまった。
 まあ、だからといって、動じるようなルーファスではないけれど。
 何しろ、ルーファスは、カリーナの護衛官ルーディの実の兄なのだから。
 疲れた様子で手櫛で乱れた髪を整えるカイをぽいっと捨てて、エイパスはあっさりカリーナに向き直る。
 どうやら、カイいびりは飽きたらしい。
「それはそうと、カリーナ、土産だよ」
 エイパスはカリーナににっこり微笑み、胸の隠しから小さな獅子の置物を取り出す。
 左手で恭しくカリーナの手をとり、その上にぽんと獅子の置物をのせる。
 カリーナは手のひらに置かれたそれを見て、わずかに目を見開く。
「え? これって、グリーエデンのキトルス像じゃないか。兄様、グリーエデンに行ったのか?」
 像をもう一度よく見て、それから顔を上げ、エイパスをまじまじと見つめる。
 カリーナの手のひらの上にあるその小さな獅子の像は、世界の中心グリーエデンに伝わる、木彫りの像。
 その目に深い緑色の石をはめ込むことでよく知られ、家の魔よけとされている。
 グリーエデンのみならず世界中に知れ渡った、かの島では一般によく知られた民芸品でもある。
「ああ、覇王にちょっと用があってね」
 にこやかに微笑みうなずくエイパスを、カリーナはどこか訝しげに見る。
「そんなに簡単に会えるものなのか?」
 あからさまに疑うその声色に、エイパスは妙にさわやかににっこり微笑む。
「わたしを誰だと思っているんだい?」
「ああー、そうねー」
 さらっともたらされたエイパスのその不遜な発言に、カリーナはがっくり肩を落とす。
 お空の彼方へすっと視線を馳せる。
 傍若無人、それこそがエイパスだったと、あらためて実感する。
 そして、そのある意味とんでもない発言すら、エイパスならあり得ると思えてしまうから、世の中、きっと間違っている。
 カリーナははあと大きく息を吐き出すと、くるりと振り返りカイにすっと手を出す。
 もう一方の手にはエイパスの土産がしっかり握られている。
「兄様の大ほらはおいておいて、カイ、いくぞ」
「え? 姫?」
 すっかりエイパスによってよれよれにされてしまっていたカイが、慌ててカリーナを見つめる。
「兄様が帰ってきたんだ。父様のもとへ連行されてやるのは後回しだ」
「そうして時間を稼いで、ほとぼりがさめるのを待つつもりですか?」
 カリーナの意図するところにぴんときたのか、カイはさっと身をただす。
 すっと目を細め、非難するようにカリーナを見つめる。
 瞬間、カリーナの頬がぷっくりふくれる。
「違う! 兄様の帰還報告の方が先だろう!」
「まあ、それはそうですね……。姫などより、王子が優先されますね」
「お前、本気で殺すぞ」
 やれやれと肩をすくめるカイの胸倉を、カリーナはぐいっとつかみ上げる。
 ずいっと迫るカリーナに怯むことなく、カイはあっさりその手に手をかさね解き取る。
「はいはい、では行きましょう。護衛官長にかわりにたっぷりお説教をしていただきましょうね。――ということで、王子、わたしたちはこれで失礼します」
 カイはエイパスに一礼すると、カリーナの手を握る手にしっかり力を込め、そのままずるずる引っ張っていく。
「いーやーだー!」
 カリーナの不細工な悲鳴が、白亜の外廊にむなしく響き渡る。
 そうして、びくびくしながら様子をうかがっていた者たちに、つかの間の平和が訪れる。
 たとえカリーナに護衛官長のお説教が落とされたとしても、それが終わればすぐにまた何事もなかったようにどこかの王女様は暴れると、誰もが嫌というほど知っている。
 なので、彼らにとってはつかの間の平和。
 泣き叫びじたばた暴れるカリーナとそれを連行していくカイを、エイパスは楽しげに笑いながら見送る。
「ははは、カリーナは相変わらず元気だなあ」
 その横では、呆れたようにルーファスがこめかみを押さえていた。
「あれを元気で片づけてしまえるのは、あなたとルーディくらいですよ」
 ルーファスが恨めしげにそうつぶやくと、エイパスはさらに愉快そうに豪快に笑う。
 先ほどはかわいい妹のまわりをうろちょろするカイをあれほどいびっていたというのに、カリーナが連れ去られていくのを阻むことはせず、むしろ楽しげに見送るエイパスに、ルーファスはうんざりしているのだろう。
 エイパスは、たしかに度を越した妹好きっぷりで、妹にたかる害虫どもを容赦なく駆除するけれど、何故かカイとルーディに関しては、肝心なところでは――カリーナの暴走やお説教に関しては寛容になる。むしろ楽しむ。
 その点においてだけは、どうやら自らの興を優先するらしい。
 一通り笑い終え満足したのか、エイパスはぴたりと笑いをやめると、ふいにすいっと背後へ視線を流す。
「ところで、お前は行かなくていいのか? カイの指名だぞ?」
 エイパスが視線を移したそこには、いつの間にやってきていたのか、ダリルがどこか疲れたように立っていた。
 先ほどのカリーナの暴挙――王の胸像爆破のお説教のために、ダリルもまたカリーナを探していたのだろう。
 そして、ようやく見つけたと思えば、カイにあらぬ方向へしょっぴかれていってしまった。
 まあ、カイの言葉を信じるならば、彼らがこれから向かう先は護衛官官舎だろうけれど。
 エイパスにいきなり声をかけられても動じることなく、ダリルは小さくうなずく。
 気配を消していないこともあり、エイパスに気づかれていて当然と理解しているのだろう。
「そうですね。それでは、行ってきましょうか」
「お前も大変だな」
「もう諦めています」
 まったく心がこもっていない労いの言葉をエイパスが放つと、ダリルはふるりと首を振る。
 エイパスのその反応すらも、ダリルにはすでにお見通しだったのだろう。
 ダリルはエイパスに一礼し、カリーナとカイが消えていった方へとのっそり歩き出す。
 そのような哀愁漂うダリルの背を、エイパスはルーファスと二人で楽しげに見送る。
 相変わらずの護衛官長の苦労っぷりを、とっても楽しんでいるのだろう。
 まったく、兄妹そろってたちが悪い。


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update:12/09/26