君は輝ける星(5)
カリーナ姫の野望

 王宮のほぼ中央に位置する、中庭を背にした王の執務室。
 新緑が美しい木々を望む窓を背にし、国王ライオネットは重いため息を落とした。
 今まで読んでいたのだろう書状らしきものを執務机の上に置く。
 そこには、封を切られた一通の封筒。
 そして、書きかけの書類が数枚ともに置かれている。
 ライオネットは腰掛ける椅子の背にもたれかかり、ぐいっと背をそらす。
 その表情は険しく重々しい。
 考え込むように先ほど机の上に置いたばかりの書状にちらっと視線を落とした時だった。
 執務室の扉が叩かれ、誰何の声も許可の声も待たずに扉が開く。
 開いた扉から、当たり前のように一人の青年がすっと室内に入ってくる。
「失礼しますよ、父上」
 悪びれることなく、さもそれが当然とばかりに現れた青年――彼の息子の姿を認め、ライオネットはそれも仕方がないかと肩をすくめる。
 これが仮に彼の臣下であるならば、八つ当たりも含めて不敬による断罪という名のいびりをするところだっただろう。
 それほどまでに、ライオネットはある事柄について追い込まれている。
「エイパスか。帰ったのか」
 迷うことなく歩み寄る彼の息子エイパスに、ライオネットは申し訳程度に微笑を浮かべる。
 ライオネットのどこかあいまいな態度を気にすることなく、エイパスはほがらかに微笑む。
「はい、先ほど」
「そうか、ご苦労だったな」
 ライオネットはエイパスに微笑みかけ視線をそらすことなく、手もとだけで机の上に置いたままになっていた先ほどの書状をさっと裏返す。
 エイパスに気づかれないようにとさりげなさを装っているが、それはしっかりと彼の目に留まっている。
 明らかに、文面をエイパスに見られまいとしている。
 エイパスはふむと小さくうなずくと、胡散臭いくらいさわやかににっこり笑ってみせる。
「父上、その書状は?」
「な、何でもない」
 ライオネットは明らかな動揺を見せ、慌てて書状を手にとると机の腹の引き出しにささっとしまい込んだ。
 それにともない、動揺のためライオネットは気づいていないのか、手紙の下に隠れていた封筒がはっきりとエイパスの目に入ることとなった。
「……そうですか」
 エイパスは含みをにじませつつもにっこり笑う。
 頭隠して尻隠さずとはこのことか、きっちりと封筒は置き忘れたまま、エイパスの追及がなくライオネットはこっそりため息を吐く。
 にこにこ笑いながら帰還の挨拶をするエイパスの目は、しっかりと封筒をとらえていた。
 その封筒の蝋封に刻まれた緑の瞳の紋章は、まぎれもなくグリーエデン王家のものだった。
 ライオネットが自らの落ち度に気づかぬことをこれ幸いと、エイパスは胸の内でほくそ笑む。
 これは、なんだか愉快なことになりそうだと。


 ぐったりと疲れ切って肩を落としとぼとぼ歩くカリーナの姿が、王城の庭園にあった。
 ひとまずは護衛官長のお説教を終え、気分直しにと城下へ繰り出そうと、カイとルーディを連れて通用門への近道でもある花の宴の庭を歩いている。
 王の胸像ということもあり、まあそのまま瓦礫を片付ければいいか、修復も作り直しも必要ないだろう、そのままなかったことにしてしまえと、ある意味とっても不敬でとんでもない理由から、お説教もまだ陽のあるうちに終わった。
 瓦礫の撤去だけなので国庫からの出費はなく、破壊者は王が甘やかしかわいがるカリーナなのでこの程度ですむ。
 まあ、そこには、カリーナの「あのような悪趣味な胸像など、破壊して当然だろう。みんなもこれでせいせいするだろう」という思わずうなずいてしまいたくなるありがたーい?お言葉があったことも関係する。
 カリーナがそう言ったと報告すれば、王もあっさり納得するだろう。
 もちろん、この条件がそろっていなければ、今頃は破壊した者は斬首台にのぼっていることだろう。
 王の扱いが大雑把であれば、その愛娘への扱いも大雑把。
 これがこのエメラブルーの王宮では通用してしまうから、ある意味恐ろしい。
 ――そう、修復費用を捻出できないとか、王が王女を溺愛しているとかは事実であるけれど、この場合は半分以上がたてまえで、実際のところはまた別にある。
 半年ほど前になるだろうか。
 近頃成り上がってきた新興貴族にあの悪趣味な胸像を無理矢理献上され、誰もが頭を悩ませていた。
 押し付けるように献上されたからといって、ものがものだけに無下に扱うこともできず、仕方がないので、王宮の端、普段あまり人が近寄らない林の隅にとりあえずほぼ放置状態で置いていた。
 声には出さないが誰もがそれを恥だと思っていることは、暗黙のうちに了解されていた。ただ一人、献上した本人を除いて。
 常々どうにか破棄したい、けれどそう易々と撤去することもできずどうしたものかと頭を悩ませていたところに、カリーナの破壊活動。
 それを知った誰もが、破壊してくれてありがとうと、今回に限っては、カリーナの破壊活動を歓迎し、かつ願ったり叶ったりな状況となった。
 これ幸いと修復を放棄し、嬉々として撤去するだろう。
 王ももうあの趣味が悪すぎる金ぴか胸像に気をもまれることがなくなり、胸を撫で下ろしているだろう。
 常々、恥ずかしいと顔をひそめていたから。
 悪行のはずが、今回ばかりはこっそり誰もが感謝している。思いがけず、善行となってしまった。
 けれど、それがカリーナの耳に入ると迷惑きわまりなく調子に乗るので、誰もが心でそっと思うだけで決して口に出したりはしない。
 そう、王宮に勤める者は皆、その点においてだけは嫌というほど学習し、賢明な判断を下せるようになった。
 ありがたいのかありがたくないのか、まったくわからないが。
 ぐったり疲れたカリーナ、それよりもさらに生気が失われたカイ、生き生きと楽しげに微笑むルーディが低木の花が美しい庭園の小道を歩いていると、前方からまっすぐに歩いてくる青年にふと気づいた。
 その青年は、近頃王宮で話題にのぼることが多くなっている。
 若い文官の中でも切れ者で、家柄もよく、女性たちがきゃあきゃあ騒いでいるとカリーナも耳にしたことがある。
 もちろん、カリーナはとりあえず一応は王女で、その青年は侯爵家の嫡子ということもあり面識もある。
 青年は低木の花の垣根に負けず優雅に、カリーナに歩み寄ってきた。
「これは奇遇ですね、カリーナ王女」
 そして、当たり前のようにカリーナに声をかける。
「ごきげんよう、アドルファス殿」
 瞬時に王女の仮面を貼り付けて、カリーナはにっこり微笑む。
 その背でルーディが笑いを必死にこらえていても気にしない。いや、気になりまくるが、後で一発入れておけばそれで気が済むので、とりあえず今は気にしない。
「いつ拝見しても王女はお美しいですね。この庭園の花々もあなたの前ではかすんでしまいますね」
 アドルファスはすうと辺りの花に視線を流し、ついでカリーナにぴったり合わせる。得意げな光がその目の中に輝く。
 瞬間、カリーナは思わず汚らわしげに顔をゆがめそうになるも、それは普段からの完璧な王女′P練のたまもの、表には出さずただ静かに口元に笑みを作るにとどめた。
 心の内で、「よっし、耐えたぞ! えらいな、わたし!」と自らを賞賛しているに違いないけれど。
「さらにその美しく素晴しい名声を高めるために、側に仕えさせる者も選んだ方がよろしいのではないですか?」
 ちらりとカリーナの背に控えるカイに視線を流し、アドルファスはいやらしく笑む。
「あ、いや。これは過ぎたことを申し上げてしまいました。――しかし、そう思う者は私だけではないということを、どうかお心に留め置きください。これもすべて王女のため、王女を大切に思うためです」
 いきなりの話の脱線――わけがわからない理論に、カリーナはぽかんとしてしまい、反応することを忘れてしまった。
 もちろんそれは表には出さず、心の内でぽかんとしただけだけれど。
 反応を示さないカリーナに気をよくしたのか、アドルファスは「では、私はこれで失礼します」と言って、カリーナのすぐ横を通り向こう側へ歩いていく。
「貴様のような下民が調子に乗るな。いつまでも王女の側に控えられると思うな。お前には過ぎた場所だ。身の程をわきまえよ」
 すれ違い様、控えるカイにだけ聞こえるように、悪意たっぷりにぼそりとこぼしながら。
 いきなりもたらされたそのあまりもの言いように、カイはすぐさまその意味を飲み込むことができなかった。
 アドルファスが大分歩き去った辺りでようやくそれを理解し、面倒くさそうに胸の内でため息をもらす。
 思い至らなかったのか詰めが甘いのか、声を潜めてもなおアドルファスの先ほどの暴言は、カイのすぐ近くにいたために、もちろんカリーナとルーディも耳にすることになった。
「何だったんだ? 今の」
 怪訝に首をかしげ、カリーナがぼそりつぶやく。
「さあ、何でしょうねえ」
 ぬるく笑みながら、カイが答える。
 自らのことであるはずなのに、カイはさっぱり気にしていないように見える。
 ただ、果てしなく面倒臭そうではあるけれど。
 また、アドルファスの頭がおかしくなったのか?とでも言いたげである。
 けれど、その目だけは鋭く、去るアドルファスの背を見ている。
 そして、あからさまに馬鹿にしたように語るのが、ルーディ。
「まあ、春には、陽気に誘われて、おかしな輩が出没しますからねえ」
「今は初夏だぞ、ルーディ」
 くすくす笑いながら言い放つルーディに、カリーナは疲れたようにつぶやいた。
「そうでしたか」
「そうだ、お前、宰相みたいにぼけたか」
「失敬な。あのようなものと一緒にしないでください」
 むっと眉間にしわを寄せ、ルーディは不服とばかりに顔をゆがめる。
 すぐ横に立つカイの腕をぱしぱし叩きながら、カリーナは楽しげにころころ笑う。
「今のを聞いたか、カイ。――よし、今から宰相に告げ口に行くぞ。お前もついて来い」
 ぱしぱし叩くカイの腕をそのままぐいっと引き、カリーナは嬉々としてくるりと体を王宮へと向けた。
 カリーナにつかまれた腕をぐいっと引き返し、カイはやれやれと首を振る。
「やめておいた方がいいですよ。逆に姫が宰相にお小言をもらうのがおちです」
「何だと、カイのくせに生意気な!」
 カリーナはむむーとカイをにらみつける。
 しばらくそうして、一人は怒りに満ち満ちて、一人はうんざりといった様子で、相手になされるがままの時間が続いた。


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update:12/09/30