君は輝ける星(6)
カリーナ姫の野望

 そろそろともにいるルーディが退屈を覚えはじめた頃、カリーナは前方に見知った女性の姿を見つけた。
 瞬間、にらみつけるカイをあっさりぽいっと捨てて、腕をつかむ手もさらっと放す。
 カリーナから解放されたカイとルーディがちらりと目配せし合ったことに気づかずに、カリーナはばっと顔をあげて嬉しそうに声をあげる。
「ヴァレリア!」
「姫様……」
 前方から歩いてきた女性――ヴァレリアは、カリーナの声に導かれるようにすっと視線を合わせた。
 それから、ヴァレリアもまた嬉しそうに口元をほころばせ、すっと淑女の礼をとる。
 けれどすぐに、カリーナはぶんぶん手をふり、ヴァレリアを制する。
「ああ、いい、いい、挨拶はいらない。それより、あの折はいろいろ気をくだいてくれたそうだな。礼を言う」
「いえ、とんでもないことです。姫様のお役に立てて何よりです」
 歩み寄るカリーナに、一度ふるっと小さく首を振りヴァレリアが答える。
 どうやら、胸の内を暴露して、素直になったらしい。
 もう恥ずかしさの裏返しから、カリーナに喧嘩腰になったりなどはしないのだろう。
 ゆっくり顔をあげるヴァレリアに、カリーナはにっかり笑いかける。
 その背には、カイとルーディがしっかり付き従っている。
「そうか。それならばいいが……。それより、思ったのだがな、わたしとお前、なんだかいい友達になれると思わないか?」
「……え?」
 ヴァレリアは目を見開き、まじまじとカリーナを見つめる。
 突然の言葉に思考がついていかないといったように見える。
 けれどすぐにその言葉の真意を理解し、ヴァレリアはかあと顔を真っ赤に染めて、ふらりとよろめいた。
 それを、とっさにカイが支えようとするけれど、ヴァレリアは何故かその手を、激しい音をたてて叩き払う。
「触れるな、下郎! 汚らわしい」
「え?」
 カイは叩き払われた手をおさえ、目を丸くしている。
 ヴァレリアの言動に面食らったのは、カイだけではない。
 カリーナも予想外とばかりにあんぐり口をあけている。
 けれどすぐにぱくんと口を閉じて、恐る恐る探るようにヴァレリアに問いかける。
「あ、あれ? ヴァレリアは、その……」
 汚らわしげにカイをにらみつけるヴァレリアに、自然、カリーナの顔がひきつる。
 ルーディの話によれば、ヴァレリアはカイを慕っているはずなのだけれど……。
 カリーナはぎこちなく首をかしげる。
 恐らく、今カリーナの頭の中は、この状況を正しく理解するために激しく回転しているのだろう。
 ヴァレリアはカリーナが言わんとしていることを悟り、声を荒げる。
 そして、カリーナにすがりつくように身を乗り出し、必死に訴える。
「違いますわ! わたくしがお慕いしておりますのは、姫様です。男などではありません!」
「……へ?」
「高潔で凛々しい。姫様以上に素晴らしい方などおりません!」
 憤りながらもきっぱり言い切るヴァレリアに、カリーナは気おされるように上体をのけぞらせる。
 どうにも現状が理解できず、ただ戸惑うことしかできないらしい。
 カイは薄々何かに気づきだしたのか、顔をひきつらせている。
 その横では、ルーディが楽しげににたにた笑っている。
「そ、そうなんだ? ――あ、では、兄様はどうだ? わたしとそっくりだぞ」
 どう返せばいいのかわからず、カリーナはしどろもどろいに思いついたことを口にした。
 もともと、ヴァレリアはカリーナの兄エイパスの妃候補として名があがっているので、きっとそうに違いない!と、カリーナの頭の中では混乱のため明後日の方向に思考が処理されている。
 しかし次の瞬間、その考えもヴァレリアによってきっぱり切り捨てられる。
「男など嫌いです!」
 苦虫を噛み潰したように顔をゆがめるヴァレリアに、カリーナはさらに気おされる。
「そ、そうか」
「ええ、そうですわ。むしろ、わたくしはこの男がいちばん嫌いです。わたくしの姫様の横に、いつも我が物顔で居座っているのですもの。何様のつもりかしら!」
 ヴァレリアはびしっとカイを指差し、いまいましげにぎろっとにらみつける。
 それには、さすがのカリーナも言葉に詰まってしまった。
 ぎょっと目を見開き、ヴァレリアを見つめる。
 カリーナの背を、嫌な汗がひとつ、つうと伝い落ちる。
 どうやら、カリーナはとんでもない勘違いをしていたらしい。
 そもそも、ヴァレリアの態度がわかり辛すぎるのがいけない。
 指差され嫌いと断言されたカイは、やっぱりねとつぶやき、青いお空の彼方にうつろな目を向けている。
 ルーディはルーディで、笑いを噛み殺すように顔をそらし、小刻みに肩を震わせている。
 呆然と見つめるカリーナに気づき、ヴァレリアはぽっと頬をそめた。
 そして、さっと口元に手を添え、「まあ、わたくしとしたことが。お恥ずかしいですわ」と令嬢もかくやとばかりに優雅に笑ってみせる。
 同時に、カリーナの肩ががっくり落ちた。
 これはある意味、護衛官長のお説教よりもきいた。カリーナを疲れさせる。
 たしか、ヴァレリアの父親と兄は浮気性ということで、貴族の間では有名だった。
 もしかして、ヴァレリアの男嫌いはそのためだろうか。
 などと、カリーナは勝手に推測し妙に納得してしまった。
 そう、これはあくまで男嫌いであって、他意はない。まったくない。あってたまるか。
 うんうんと一人納得し、カリーナは激しく首を縦に振る。
 けれど、すっかり令嬢≠ノ戻ったヴァレリアは、カリーナの動揺にかまうことなく、きらきらと目を輝かせカリーナに迫る。
「姫様、わたくしのような者が姫様の友人としていただけるなど、身にあまる光栄ですわ。ヴァレリア・グリント、精一杯姫様の友人を努めさせていただきますわ。ええ、このような愚鈍な男などよりずっと!」
 ヴァレリアはカリーナの手を両手で恭しく取り、ぎゅっと握り締める。
 うっとりとカリーナを見つめつつも、器用なことにその目の端では射殺すようにカイをねめつける。
 そして、とりあえず満足したのかヴァレリアは握るカリーナの手を名残惜しげに放し、すっと一歩身を引く。
 思わず、カリーナはほっと小さく吐息をもらした。
「では、申し訳ありませんが、わたくし約束がありますのでこれで失礼致します。ご用の際は、いつでもお声をおかけください。とんで参りますわ」
 ヴァレリアは一気にそう言うと、優雅に礼をして、カリーナの前からやはり優雅に花の中に溶け込むように去っていく。
 その後ろ姿には、先ほど食い殺さんばかりにカイをにらみつけていた面影などどこにもなかった。
 それを呆然と見送りながら、カリーナがぽつりつぶやく。
「あ、あれ? わたし、何か間違ったか?」
 見送るヴァレリアの背からゆっくりぎこちなく首をまわし、カリーナはすがるようにカイとルーディを見る。
 すると、二人は何とも言えぬ複雑な笑みをわずかに浮かべて、「さあ、どうでしょう?」と曖昧に答え首をかしげる。
 カリーナは、意図せず、とんでもない令嬢を友人にしてしまったらしい。
 カイだけでなくルーディまで苦笑うほどに。
 くらりとめまいを覚え、カリーナの体が戸惑いにゆらぐ。
 どうやら、ヴァレリアのあの視線は、カイと親しくなりたいというものではなく、害虫(カイ)をいかにしてカリーナから排除するかというものだったらしい。
 もしくは、カリーナたちの間にヴァレリアも入り込み、王女と親しくなろうという下心のためか。
 カリーナはすぐ背にあるカイの胸に、ぐったりもたれかかる。
 間違いなく、カリーナは判断を誤った。
 さすが、人を見る目がないカリーナだけはある。
 このようなところで発揮などして欲しくはなかっただろう。
 カイが気遣わしげに、ぽんぽんとカリーナの頭をなでる。
 いつもわが道を行く横暴王女がここまで気おされる相手など、そうそういないだろう。
 侮り難し、ヴァレリア。


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update:12/10/07