君は輝ける星(8)
カリーナ姫の野望

「道を歩く時は、まわりをよく見て歩け」
 頭を下げる青年の肩にぽんと手を置き、カリーナは鷹揚にうなずいてみせる。
 すると、その耳元で、ぼそりつぶやく声があった。
「その言葉、そのままお返ししますよ」
「何だ? 何か言ったか?」
「……いえ」
 視線だけをじろりと横に向けると、カイが無表情でやはりぼそりつぶやいた。
 カリーナは胡乱げな視線をカイに投げかける。
 その横で、頭を上げた青年が悲愴感を漂わせぽつりつぶやく。
「嗚呼、結局追いつけなかった……」
 その声にふと気づき、カリーナは青年へ視線を向ける。
「ん? 誰かを追っていたのか?」
 はっとして、青年は慌ててカリーナに向き直る。
「ええ、はい、先ほどここを通った茶色い髪の少年を。僕はそこの薬屋の者です。あの少年が薬を買っていったのですが、薬師が数を間違えてわたしてしまいまして……」
 情けなく眉尻を下げ、青年はへにゃりと微苦笑を浮かべる。
 たしかに、青年の手には、小さな袋が持たれている。
 ごろつきとぶつかっても手からそれを放さなかったところは、職人魂といったところか、立派といえよう。
 それを見て、カリーナは得心したようにうなずく。
「それで、届けようとしていたのか」
「はい」
 青年が勢いよくうなずく。
 その様子を見て、カイが労わるように微笑み青年に話しかける。
「それでしたら、わたしたちが届けておきますよ。あの少年とは知り合いなんです」
「ほ、本当ですか? 助かります。どこの子かわからなかったんですよ」
 すっかり肩の力を落としてしまっていた青年が、驚いたように、けれど希望を見出したようにぱっと顔をあげた。
 嬉しそうにカイを見つめる。
 カイは青年に力強くうなずくと、小袋を受け取ろうとすっと手を差し出す。
 青年は「それでは、お言葉に甘えて……。お願いします」と遠慮がちに言って、恐縮しながらカイに袋を手渡す。
 それから、妙にきらきらした目でカイを見て、次にカリーナを見る。
「それにしても、あなた方、お強いんですね」
「そうか?」
「ええ、とても」
 カリーナが何でもないとばかりにぶっきらぼうに答えると、青年はぶんぶん首を縦に振りうなずく。
 それから、カリーナにちらりと視線を流すと、青年はどこか言いにくそうに、けれど体はずいっと迫るように一歩踏み出す。
「そこでなのですが、あなた方、用心棒に興味はありませんか?」
「……はあ!?」
 その唐突な言葉に、カリーナは思わず、すっとんきょうな声をあげた。
 何を言い出すかと思えば、いきなり用心棒などとは、さすがのカリーナも予想すらできていなかったのだろう。
 何より、どうしてそのような言葉が出るのか、脈絡がなさすぎる。
 思い切り怪訝に顔をゆがめるカリーナに、青年は慌てて補足する。
「いきなりすみません。この盗賊騒ぎでしょう? うちも他人事ではなくて。近々、大事な荷が届くのですが、それはどうしても盗られるわけにいかないのです。用心棒――護衛を探しているんです」
「ああ、それで……」
 青年の説明に、カリーナは納得したようにつぶやく。
 たしかに、憎らしいことにカイとルーディが隠していた盗賊騒ぎが起こっているというなら、用心棒というか護衛が必要だろう。
 どこの店も商品と、何より人命を守れる者を必要としているだろう。
 青年の言葉ではないが、先ほどのごろつきどもをのすカリーナとルーディの手並みは鮮やかなものだった。
 それを目撃したのだから、青年がカリーナたちを手練だと判断し護衛依頼をすることも理解できないことはない。
 つぶやくカリーナの目に不穏な光を見つけたのか、カイはさっと顔色を悪くして、慌てて二人の会話に割って入る。
「申し訳ありませんが、我々は――」
「よし、わかった、引き受けてやる」
 割って入ったはずなのに、最後まで言わないうちに、それはあっさりカリーナによって遮られた。
 けれど、そこで引き下がるわけにもいかず、カイは必死にとめにかかる。
「ええ!? ちょ、ちょっと待っ――」
「お前は黙っていろ」
 けれどそれすらも、カリーナに鋭くいさめられ、カイは思わず口を閉じた。
 いさめられたというか、すでに諦めたというか。
 ふっと、カイの視線が遠いお空の彼方へ馳せる。
 その横で、嬉しそうにきらきら目を輝かせた青年が、カリーナの両手を取り、きゅっと握り締めた。
「ありがとうございます! あなた方がついてくださると、心強いです」
 同時に、視線をお空の彼方へ馳せていたはずなのに、カイはぎらりと目に不穏な光を込め、さりげなさを装い、さっとカリーナの手を青年の手から奪い返した。
 そして、自らの手でやはりさりげなさを装い、奪い返したカリーナの手をぎゅうと握り締める。
 その顔は、体は、がっくりうなだれ、「ああ、またはじまった、姫の暴走が……」とすでに諦めているふうを装っている。
 間違いなく、胸の内ではめらめらと青年への殺意が燃えているというのに。
 よくもカイの大切なカリーナにその汚い手で触れてくれたな、あまつさえ握り締めるだと? 命が惜しくないようだなと。
 カイの頭の中で、瞬時に、青年(害虫)駆除方法が組み立てられていく。
 そのようなカイの背にすっと寄り、その耳元でルーディがどこか楽しげにささやく。
「まあ、いいではないですか。これは、ある意味好都合ですよ。盗賊騒動、存外、早く片がつくかもしれませんよ」
 ちらりと視線をルーディに流し、カイは小さく息を吐き出す。
 そして、カリーナには聞こえないようにぼそりつぶやく。
「まあ、たしかに、あの薬屋はいかにも盗賊(奴ら)が好みそうな大店だ」
「でしょう?」
 カイの視線の先の店に、ルーディもまた視線を流す。
 渋々とはいえカイの承諾を得て、ルーディはカイから離れ、楽しげに青年へ歩み寄る。
 それを見送り、カイは握ったままのカリーナの手をぐいっと引き、体ごと引き寄せる。
 もたれかかるように、カリーナの背がカイの胸にぽすんと落ちる。
 すかさずカイがカリーナの耳に唇を寄せ、そっとささやく。
「いいですか、姫。これを利用して、この盗賊騒動に片をつけようと思います。そのためには、あなたが姫であるということがばれては少々まずいのです」
 ぴくりと小さくカリーナの肩が揺れ、ちらりとカイに視線を移す。
 それから少し考えるように視線を空へ向け、すぐに納得したようにうなずいた。
「ああ、わかっている。城の者だとばれたら、用心棒としてもぐりこめなくなるからな」
「では、これからは姫のことを……」
「ああ、好きに呼べ」
 言葉とともにカリーナの耳にカイの吐息が吹き込まれ、ぞくりを身を震わせる。
 このような時なのに、それが、カリーナには妙に甘く体をしびれさせる。
 そして、これほど近い距離にカイがいることに、震えるほどの喜びを覚える。
 どさくさまぎれに、もう少しカイの胸のぬくもりを味わおうと、カリーナはほんのわずか背をすり寄せる。
 すると、カイもまるでわかっているかのように、少しだけカリーナへと身を寄せる。
 ふとカリーナとカイの視線が合い、どちらからともなく口の端をほころばせる。
 何よりも、盗賊騒動だとか用心棒を口実に、カイに姫≠ナはなくカリーナ≠ニ呼んでもらえるかもしれないという期待が、カリーナの胸を震わせる。
 盗賊騒動に片をつけるまでの少しの間、それも城下にいる間だけだろうけれど、それでもカイに名を呼ばれることを思うと、カリーナは泣きたいほどに幸せを感じた。
 盗賊討伐も楽しみだけれど、何よりそこに楽しみを見出す。
 その時だった。
 カリーナの幸せをぶち壊すが如く、少し離れて青年と話していたルーディが、意地の悪い笑みを口元に張り付かせ声をかけてきた。
「カリーナさま、こちらへ。店で詳しく話を聞かせてくれるそうです」
「ああ、わかった、すぐに行く」
 びくんと体を震わせつつも、それを悟られないように、カリーナはいつものように不遜に答えてみせる。
 するりとカイから体を離すと、今まで触れていたそこが妙に冷たく感じ、同時に淋しく感じた。
 ちらりと見たカイもどうやら同じ気持ちらしく、どこか複雑そうに小さく笑みを浮かべている。
 そして、すっと顔を引き締めて、カリーナに続きカイもルーディへ歩み寄る。
 青い空から光を降り注ぐ太陽は、もうそろそろ西へ傾いてきている。


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update:12/10/19