君は輝ける星(9)
カリーナ姫の野望

 先ほどの場所をそう遠くなく見ることができるその店先で、白髪まじりの初老の男性が不思議そうに首をかしげ、薬屋の者と名乗った青年に声をかけた。
「ぼっちゃま? そちら方々は?」
「ああ、用心棒をしてもらおうと思ってね」
 カリーナたちを案内してきた青年は、ちょうど店の前に姿を現した男性にひとつうなずき答える。
 その言葉を受け、男性は青年の後ろにいるカリーナ、カイ、ルーディを一度見まわし、不安げに眉根を寄せた。
「はあ……。大丈夫なのでしょうか?」
 その声も言葉通りに怪訝な音を含んでいる。
 けれど青年は気にする様子なく、ほがらかに笑う。
「腕はたしかだよ。さっき、ごろつきにからまれたところを助けてもらったんだ」
「ご、ごろつき!? け、怪我はありませんか!?」
「うん、この通り」
 はじかれたようにぎょっと目を見開き迫る男性に、青年は両腕を広げてにっこり笑う。
 そのやりとりを横目に、カリーナは視線だけで少し上方をめぐらす。
 するとたしかに、青年の言葉通り、カーネギー薬店という看板が掲げられている。
 いかにも今回騒ぎを起こしている盗賊たちが好みそうな大店の構えをとっている。
 また、その店構えを見なくとも、カーネギー薬店という名はカリーナですら耳にしたことがあるほど王都に名が知れ渡ってもいる。
 青年と話している男性は、この店の番頭といったところだろうか。
 カリーナはふむと納得すると、カイとルーディと目配せしうなずき合う。
「ところで、用心棒というのは、本気で……?」
 青年の体を一通り見てその言葉通り怪我がないと確認すると、男性は胸を撫で下ろしながらも訝しげに様子をうかがう。
 けれど、青年は変わらず、けろりと答える。
「ああ、めぼしい大店はほとんど被害を受けたから、そろそろうちが狙われる頃だろうからね、用心にこしたことはないよ。定期的に薬が入荷することはけっこう街では知られている。今度の荷は絶対に盗まれるわけにいかないんだ」
 男性の背を促すように店内へと押しながら、青年はカリーナたちに続くように視線で合図する。
 それに気づいて、カリーナたちもゆっくりと扉をくぐる。
「それはまあ、そうですが……」
 青年に背を押されながら、男性は腑に落ちないといった様子でぼそりつぶやいた。
 たしかに、カリーナたちは、用心棒にはまったく見えない。
 それどころか、荒事になど不慣れで、むしろ護られる側の雰囲気すら漂わせている。
 見たところ、その身形も簡素ながら上質の仕事を施されている。
 これで、半分傭兵のような用心棒などと、誰が納得できるだろうか。
 ちらちら視線を寄越す男性を目にとらえ、カリーナはくいっと首をかしげてカイを見上げる。
「なんだ、わたしたちは疑われているのか?」
「それはそうでしょう。いきなりやってきて用心棒だなどといわれても、普通は信じられませんよ」
「こういう大店なら尚の事ですね。素性が知れない者を飼うなど、自殺行為もいいところですから」
 難しそうに眉根を寄せるカリーナに、カイに続き、ルーディも当たり前のようにさらっと言ってのける。
 カリーナの眉間の皺が、さらに深まる。
「そういうものなのか?」
「あなたは、人をすぐに信用しすぎるんですよ」
「仕方なかろう、わたしは人を見る目がないのだから」
「だからそれ、自慢になりませんよ」
 はあと盛大にため息を落としながら、カイはカリーナの背に促すようにそっと触れる。
 むーと首を左右交互にくいくいかしげながら、カリーナは促されるまま青年の手招きに応じそこへ向かう。
 数人がほどほどに動く受付の横には、待合のためだろう簡素な長椅子がいくつか置かれている。
 薬店は基本は自店で調合した薬を施療院などの医療施設に卸すが、医者にかかるほどでもないものに処方する傷薬や貼り薬などといった簡単なものは、店で直接、誰でも気軽に買い求められる。
 カーネギー薬店もそういう商いをしている。
 受付の端に、腰ほどの高さの簡易な扉があり、それを押し開けて、青年がカリーナたちを待っている。
 男性はすでに受付の内に入っていて、さらにその奥へ向かっているところだった。
 男性のすぐ向こうには、しっかりした構えの扉がある。
 どうやらそこは、倉庫などといった店の裏側になっているのだろう。
 そして、青年はそこへカリーナたちを招こうとしている。
 たしかに、用心棒云々の話を、店先でできるはずがない。
 待合の椅子には数人の客が座っている。
 カリーナたちが招かれるまま店の奥へ入ると、そこは応接のための部屋となっていた。
 倉庫と思われたそこは、どうやら上客のための個室だったらしい。
 そこの椅子をカリーナたちはすすめられる。
「まあ、用心棒といっても、あまりあてにされては困るんだがな」
「ちょ、ちょっと……。あなたは、また……!」
 カイに椅子を引かせ、そこに腰掛けながら、カリーナがぞんざいに言い放つ。
 カイが慌てて、カリーナの口をふさぎにかかる。
 けれどすぐさま、カリーナによって、その手はべちんと叩き払われた。
「え? してくださらないんですか!?」
 すると、青年はぎょっと目を見開き、不安げにカリーナを見つめる。
 交渉相手はカリーナだと見て取ったらしい。
 どうやら、通りで少し話をしたのはルーディだったが、そのルーディとカイの主人がカリーナだと正しく判断したのだろう。
 まあ、これだけ偉そうにふんぞり返っていれば、誰が見てもそう思うだろうけれど。
 ちょうどその時、茶碗を四客乗せた盆を持って、先ほどの男性が軽い入室の合図の音とともに室内へ入ってきた。
 カイとルーディを背に立たせ椅子にふんぞり返るカリーナと、その向かいに腰を下ろす悲愴感を漂わせた青年を見て、男性は怪訝に顔をひそめる。
 けれどそれはすぐに引っ込め、カリーナの前に静かに茶碗を置く。
 続いて、椅子に座らず立ったまま控えるカイとルーディの様子をちらと見て、何事もないように、その前の卓の上にそれぞれ置いた。
 最後に青年の前に茶碗を置くと、男性もまたその背にそっと控える。
 それが終わることを待っていたかのように、カリーナがゆっくりと口を開いていく。
 その口元には不敵な笑みを刻んでいる。
「わたしたちが興味があるのは、盗賊自身。とっ捕まえられるなら、何でも利用する。このような面倒なこと、さっさと終わらせてしまいたいだけだ。しかし、盗賊からついでに守ってはやる。それでどうだ?」
 カリーナがくすりと笑い声をもらすと、青年は一度目をしばたたかせ、そして何かを納得したようにゆっくりうなずいた。
 青年は卓の上に両肘をつき手を組み、その上に顎を乗せると、上体を少しだけすっと乗り出す。まっすぐにカリーナを見つめる。
 その目は、まるで尋問するようにカリーナを鋭く見つめている。
「……なるほど、うちをおとりにしたいと?」
「まあ、ざっくばらんに言えばそうだな」
 にっかり笑い、カリーナは迷うことなくうなずく。
 その背後では、カイがこめかみをおさえぼやく。
「ああもう、また余計なことを」
 肝心なところでばらしてぶっ潰してしまうのがカリーナだとわかっていても、ぼやかずにはいられないらしい。
 まあ、そこをカイは気に入っているといえばそうなのだけれど。
 カイの横では、ルーディもまたどこか楽しげに口元に笑みを浮かべている。
 どうやら、ルーディとしては、カリーナのこの暴露は歓迎するところらしい。
 むしろ、もとより、それを望んでいたのだろう。望んで、カリーナの好きにさせているのだろう。
 カイは胸の内でため息をもらす。ああ、本当、とてつもなく面倒くさいと。
「黙っていても、面倒なだけだろう。わたしは、まわりくどいことは好かない」
 ちらりとカイに視線を流し、カリーナはどこか馬鹿にするように言い放つ。
 すると、そう時間を要さずに、青年はにっこり笑って大きくうなずいた。
「わかりました。いいでしょう、そのお話、のらせていただきます」
「ええ!? このようなものでいいんですか!?」
 カイが思わず戸惑うように声を上げた。
 たしかに、普通は、お前をおとりにすると言われ、はいわかりましたとすんなり受け入れられはしないだろう。
 それを、青年はそう迷わずに是と答えた。


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update:12/10/29