君は輝ける星(11)
カリーナ姫の野望

「はい、ロイル。これでしょう、先ほど預かったのですよ、後であなたにもっていこうと思いましてね」
 カイとカリーナの背後からゆっくりルーディが歩いてきて、胸の内から小さな袋を取り出す。
 そして、頭をおさえるロイルの両手の上にそれをぽんとのせた。
 通りでエリオットからカイが受け取ったその袋は、いつの間にかルーディへと渡っていたらしい。
 地味ながら鬼畜の所業に、カイとカリーナは思わずぬるく微笑を浮かべてしまった。
 本当に、地味ながらなんと無慈悲ないやがらせだろうか。
 頭に置いた両手の甲の上という安定感のない場所に置かれては、それを落とさずに手に取ることなどまずできないだろう。
 取ろうとすれば、間違いなくそれを落とすことになる。
 よって、それを回避しようとすると身動きがとれない。
「ああ、そういえば!」
 呆然とカリーナたちのやりとりを眺めていたエリオットが、思い出したようにぽんと手を打つ。
 先ほどはすっかりそれを忘れていて、慌てて足りない分の貼り薬を一枚、持ってこようとしていたらしい。
「もう受け取ったんだ、ほら、さっさと帰れ」
 カイは身動きできずに戸惑っているロイルの手の上から袋をひょいっと取り上げ、それをぐいっと胸に押しつける。
 どうやら、ロイルいじめよりも自らの気持ちに忠実に行動することにしたらしい。
 これ以上ここにロイルをとどめては、またカイが望まぬ余計なことをべらべら話すと判断したのだろう。
 実際、ロイルならやりかねない。
 無邪気に失言を放つ。
「なんだよ、カイ兄ちゃん。なんか今日は変だぞー」
 胸に押しつけられた袋を乱暴に受け取り、ロイルはぶうと頬をふくらませる。
 すっかり目をすわらせてしまったカイが、ロイルのいかにも少年らしい華奢な肩をぐいっと押しやり乱暴に怒鳴る。
「いいから、さっさと帰りなさい。まだ仕事が残っているでしょう!」
「カイ兄ちゃん、男の短気はみっともないぞー!」
「ロイル!!」
 怒りにまかせ叫ぶカイに向かってあっかんべーと舌を出し、ロイルはばたばたと足音荒く店から駆け出て行った。
 その姿を、カイはいまいましげに見送る。
 その背でルーディが口元を押さえ、肩を震わせ、必死に笑いをこらえていることにも気づかずに。
 ともにいるエリオットとグレンは、不思議そうに首をかしげている。
 そして、エリオットはふと、何やらうつむき考え込んでいるようなカリーナに気づき、顔をのぞきこむ。
「あれ? どうしましたか? カリーナさん」
 そう問いかけると同時に、カリーナは勢いよく顔をあげ、ぱちんと手を打った。
「それだ、その手があった!?」
「な、何!?」
 いきなりのカリーナの奇行とも言える行動にびくんと大きく体を震わせ、エリオットはカリーナを見つめる。
 すると、カリーナはエリオットへ振り向きにやりと笑みを浮かべ、その両肩にどんと手を置いた。
 ずいっと、カリーナの顔がエリオットの顔に迫る。
 そして、次の瞬間には、とんでもないことを言い放った。
「エリオット、今日からわたしは、お前の恋人だ」
「はあ!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
 エリオットのすっとんきょうな声と、カイの悲鳴が重なる。
 そして、慌ててカイがカリーナをその腕の中に抱き込む。
 ぐるるとうなり声が聞こえてきそうなほどエリオットをにらみつけ威嚇する。
 そのカイの様子に、エリオットは思わず一歩後退した。
 なんだかよくわからないけれど、カリーナには訳がわからないことを言われ、カイにはいわれのない敵意を向けられ、とてつもなく戸惑っている。
 カイの腕に当たり前のように抱かれながら、それでもカリーナは得意げにエリオットに視線を流す。
「ここ最近できたかわいい恋人に、お前はべたぼれ。かわいい恋人のわがままは何でも聞く。そこで、その恋人がほしがっている宝石を取り寄せた。来週やってくる荷に、その宝石も含まれている」
 カリーナはぴんと人差し指を立て、どうだとばかりに得意げに笑む。
 エリオットはそのとんでもない内容に、ただただ唖然としている。
 グレンなどは顔をひきつらせて、かかわりたくないとばかりに視線をそらしている。
 もちろん、かかわりたくないというのはそのふざけたカリーナの発言だけでなく、今にも爆発しそうな怒りを吐き出すカイにだけれど。むしろ、カイにのみだけれど。
 けれど、そのようなある意味一触即発の緊迫した空気にかまうことなく、のんびり割って入るのがルーディ。
「ああ、なるほど。それだと、確実に荷を狙ってきますね」
 ルーディはにやにやと楽しそうに笑いながら、カリーナを抱き込むカイの肩にぽんと手をのせる。
 ルーディの色よい反応に気をよくしたように、カリーナはさらに得意げに語る。
「それに、その設定――噂があった方が、わたしたちも疑われずにここで動きやすい」
 そこでようやく衝撃から立ち直り、エリオットも納得したようにうなずいた。
 たしかに、恋人ならば、エリオットのまわり――カーネギー薬店をうろうろしていても不自然ではない。一見、用心棒には見えない。
 エリオットは、きらきらした瞳でカリーナを見つめる。
「カリーナさん、頭がいいですね」
「ははは、もっと誉めろ」
「やめてください。調子にのりますから」
「カイ、貴様、死にたいのか?」
 高笑いをはじめるカリーナを抱く手にぎゅうと力を込め、カイは不満もあらわにはき捨てる。
 同時に、カイの首にひやりとしたものが当てられた。
 けれどカイはひるむことなく視線だけをそこに向け、そしてそこにあるものを確認すると、ふうと細く息を吐き出した。
 先が鋭くとがった長いものが、カリーナの手によってそこに押しつけられている。
 カリーナを拘束する手を片方だけ解き、自らの首に当たる冷たいものを、カイはカリーナの手を包み込むようにして難なく手に取る。
 それをあらためて確認すると、万年筆をもう少し細くした形の小刀だった。
 どうやら、筆の中に刃を仕込み、必要な時にそれを押し出すようになっているらしい。
 一体、このような手が込んだ、そして物騒なものをどこから手に入れたのか……。
 いや、聞かなくても、もはやわかりきっているけれど。
 盛大にため息を吐き出し、カイは刃を戻すと、そのまま自らの胸の内へ仕舞いこむ。
「物騒なものは没収です」
「返せ、せっかくバーチェスから取り寄せたんだから!」
 拘束されつつもかまうことなくずいっとのばすカリーナの手を、カイは筆を仕舞いこんだばかりの手でぎゅっと握り締める。
 そして、わざとらしく盛大にため息をもらし、うんざりした様子ではき捨てる。
「またバーチェスですか。まったく」
 すでにカイから奪い返すことを諦めたのか、カリーナはカイの腕の中でぷっくり頬をふくらませる。
 せっかくファセランから試作品をもらったのに、カイの馬鹿、まぬけと、ぶつぶつ悪態をついている。
 カイは眉尻を下げ、もう一度小さく息を吐き出した。
 そして、なだめるようにカリーナの頭をぽんぽんなでる。
 その行為がよかったのか、カリーナはぴくんと肩を震わせた後、どこか嬉しそうにほにゃんと頬をゆるめた。
 けれど次の瞬間にはきっと顔を引き締め、不遜な笑みを口元にはりつけた。
 するりと拘束するカイの腕を解き、あっけにとられるエリオットに向き合う。
「エリオット、お前のところの荷が危なくなるが、かまわないか?」
 偉そうな態度ながらもどこか探るように問うカリーナに、エリオットはおかしそうに笑う。
「もちろんです。というより、今さらですよ。僕もこの件は早々に片づいてほしいと思っていますしね。それに、守ってくださるのですよね?」
「ああ、まかせておけ」
 試すように問いかけるエリオットに、カリーナはぱちくりと一度まばたき、また不遜に笑みを浮かべる。
 カリーナはくるりと振り返り、カイとルーディへびしっと人差し指を向ける。
「そうとなれば、カイ、ルーディ、街中に噂を流すんだ!」
「承知しました」
 カイとルーディがどこか神妙さを含みつつ、こくりうなずく。


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update:12/11/15