君は輝ける星(12)
カリーナ姫の野望

「カリーナさん、では、また明日……」
「ああ」
 日がすっかり落ち、空に星が瞬く頃。
 カーネギー薬店の前に、カリーナの姿があった。
 本日の営業はすでに終え、よろい戸が下ろされている。
 よろい戸の右端に人が一人ようやく出入りできるだけの小さな扉があり、そこが開いている。
 店先にまで見送りに出たエリオットが、カリーナに微笑みかける。
 するとカリーナはしっかりうなずき、それに応えた。
 カリーナの背には守るようにカイが控えている。
 そろそろ労働を終えた男たちがほろ酔い加減で街中をうろつきまわる時分ということもあり、それとなくまわりに気を配っているのだろう。
 カリーナとエリオットががっちり握手を交わし、カリーナのとんでも作戦を詰めた後、今後のことを話し合いある程度のことをすらすらと決めていった。
 そのほとんどは、もちろんルーディが主となりエリオットと交渉し、その横でカリーナは出された茶と後からグレンがにこにこ笑いながら持ってきた女性受けする甘い菓子をのんきに楽しんでいた。
 協力することを確認し合えば、あとの面倒くさいことは堂々とすべて丸投げといった様子だった。
 そのようなカリーナをどこか困ったように、けれど微笑ましげに見つめながら、カイはいそいそと世話を焼いていた。
 丸投げされたルーディはルーディで、嬉々としてその場を主導し企み――計画を練っていた。
 そうして、一通りのことを決め、今日のところはひとまず帰ることとなった。
 はじまりは用心棒だったけれど、最後にはそれはほとんど立ち消えたようになっていた。
 まあ、腹の内をカリーナが惜しげもなくぶちまけたので、腹の探り合いという面倒事をせずに済み、結局のところ時間を要さずにそうなっていただろうけれど。
 通りを北へ少し行ったところで振り返り手を振るカリーナに、エリオットが軽く右手をあげにっこり笑ってそれにこたえる。
 それを見て満足げにうなずくと、カリーナは今度こそそのまますたすたと北へ歩きはじめた。
 ちらりとカイが振り返り、ぺこりと一度頭を下げると、そのまま慌ててカリーナの後につづいた。
 もちろん、ルーディはゆったりのんびり我関せずとカリーナの横をともに歩いている。
 そのような不思議な三人の関係を眺めて、その姿が見えなくなった頃、エリオットとグレンもようやく店の中へ姿を消していく。
 ぴたりと小さな通用扉が閉められると、カーネギー薬店にもようやく夜がやって来た。


 今宵は、月がとても美しい。
 先ほどまではうっすらかかっていた雲は今はどこかへ去っていき、白く輝く月が夜更けに近い空を支配している。
 護衛官官舎に併設された宿舎の一室の扉が、辺りをはばかるように静かに叩かれた。
 扉の隙間から灯りが漏れ出ているところから、その部屋の主はまだ起きているのだろう。
 それを確認し、扉がすぐに開かれると確信して、その前に立つ一人の人物。
 その予想は覆されることなく、一拍置いた後、誰何すらせず扉が開かれる。
 それは果たして、たとえ扉を叩いた者が無頼の輩だとしても己が遅れをとるはずがないという自信のためか、それとも夜分に扉を叩く者は気心が知れた者しかいないという絶対の信頼のためか。
 あえて追及しないことが、粋というところだろうか。
 扉が開くにつれ、廊下にその内の光があふれ出る。
 護衛官という役職は官吏の中でも高位に位置するため、与えられた部屋は、少なくとも明かりとりはろうそく一本ということはない。
 煌々と灯りを放つ角灯が、窓際の簡素な机の上に置かれてある。
 部屋の扉が開かれると、そこから酒の瓶を持った手がぬっと差し出される。
 瓶の中の赤い酒が、たぷんと揺れる。
 もう一方の手には、硝子杯がふたつ、ひっかかっている。
 何事かと部屋の主がその先、廊下の暗闇へ視線を向けると、そこには今の時間、この場にあってはならない人物の顔があった。
「カイ、少しいいか?」
 その人物は酒の瓶をふりふり振りながら、一歩足を踏み入れる。
 同時に、灯りの下にその顔がさらされた。
「エイパス王子……?」
 一度目をしばたたかせ、部屋の主――カイは不思議そうに首をかしげた。
 けれど次には、あえて断る理由もなく、カイはたいして考えずにうなずいていた。
 そして、まるでそれが自然であるかのように、角灯の火を消すと、カイはエイパスに連れられて宿舎を出て行く。
 エイパスが向かう先は王宮の奥。
 今宵は月が明るいため、手元の灯りは必要ない。
 月明かりだけを頼りに、カイとエイパスは何を語ることなく連れ立って歩いていく。
 そうして、二人がやって来たところは、王族が暮らす最奥の宮殿、奥の宮。
 その奥の宮の中庭を囲む回廊の一角で、てすりに片足をあげ、柱に背をもたれかけてエイパスが座っている。
 赤い葡萄酒が入った硝子杯を手に持ち、奥の宮の屋根の向こうに浮かぶ月を眺めている。
 月明かりを受け、エイパスはどこか憂い顔に見える。
 自ら赤い酒を注いだ硝子杯を持ち、エイパスから一歩はなれたところに控えるようにカイが立っている。
「王子、わたしにお話とはどのようなことですか?」
 まるでそれが当たり前のように、カイの口からするりと言葉がもれる。
 するとエイパスは月からカイへ視線を移し、くいっと口の端をあげた。
「は? わたしはただ酒につき合えと……ああ、そうだな、お前は誤魔化せないな」
 とぼけた様子を見せつつも、非難するようにじっと見つめるカイに気づき、エイパスは早々に白旗をあげる。
 「おお、怖い」とでも言うように肩をすくめ、赤い酒を一口のどに流し込む。
 その目は、この護衛官はやはり肝心なところでは侮れないなと語っている。
 王子であるエイパスがわざわざ一護衛官の部屋までやって来て酒につき合えなど、聡くなどなくともすぐに口実だとわかるだろう。
 通常、王子が気軽に護衛官を酒につき合わせたりはしない。
 自身の護衛官なら戯れもあるだろうけれど、まさか他の王族の護衛官を引っ張ってくるなどなおさらだろう。
 二人きりで話がある、それが真意ということ。
 もちろん、今回もそれにもれることなく、エイパスはわざわざこのような夜更けにカイの部屋を訪れた。
 エイパスはもう一度葡萄酒を口に含むと、どこか艶かしく口に笑みを刻み、その目にカイの姿を映す。
 そして、その眼光を、すっと鋭くさせた。
「単刀直入に聞く。お前、カリーナが好きだろう?」
「はあ!?」
 カイは一瞬何を言われたのかわからず首をかしげるが、次の瞬間、すっとんきょうな声を上げていた。
 手に持つ硝子杯を思わず取り落としそうになる。
 わたわたとそれをどうにか手に持ち直すと、カイはまじまじとエイパスを見る。
「ちょっ、何を言い出すかと思えば、王子、正気ですか!?」
 その目は、「この王子、とうとう気でも触れたか? まあ、もともと普通ではないけれど」ととっても失礼なことを叫んでいる。
 もちろん、エイパスもそれに気づくが、どうということもないというようにさらっと流す。
 いや、やはり流さない?
「失礼な。わたしはいたって真面目に聞いている。お前たちを見ていれば、誰でもすぐに気づくさ。感情がだだもれだ」
 エイパスはむっと唇をとがらせるも、次の瞬間にはからかうようにその目が笑う。
 そして、どうだとばかりにカイをじっと見る。
 カイは気おされたように上体を少しのけぞらせ、悔しそうに顔をゆがめる。
 すっと、エイパスから視線をそらす。
 それが、何よりもカイの今の気持ちを、エイパスの問いに対する答えを語っている。


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update:12/11/22