君は輝ける星(13)
カリーナ姫の野望

 カイの気まずげな様子に興を覚えたように、エイパスはくっと小さく笑う。
 その手の中で、硝子杯の葡萄酒が、とろりと揺れる。
「まあ、しかし、お前の立場からして、言葉にして認めることは難しいだろう」
「王子……」
 いかにも理解があるとばかりにうなずくエイパスに、カイは複雑そうに視線を向ける。
 たしかに、エイパスの言うとおり、たとえそう≠セとしても、今のカイの立場では認めるわけにいかない。
 認めてしまえば、その瞬間、大切で愛しいものをすべて失うことになるのだから。
 悔しげに唇を噛むカイを見て、エイパスはさらに楽しげに目を細める。
「カリーナは、覇王の妃になるとずっと言っているからなあ。どちらにしても、お前は論外か?」
 エイパスはからかいがちにくすくす笑うが、カイとしてはそれを流せるほどの余裕はすでになかった。
 赤い酒が入った硝子杯をぎゅっと握り締める。
 葡萄酒に映りこむ月が、そこでゆらり揺れる。
「何をおっしゃりたいのですか? たちが悪い冗談につき合う気はありませんよ」
 ついっと顔をそらし、押し込めた怒気をはらんだ声がカイの口からもれる。
 また、エイパスの口元が楽しげに意地悪く笑みを浮かべる。
 それに、カイは気づいていない。
「わたしとしては、大切な妹を覇王などにはやりたくない。覇王の妃になどなって幸せになれるはずがないことなど容易に想像できるからな。この世でいちばんカリーナを思う、カリーナだけを思う男でないとやる気はない。――お前に、その自信はあるか?」
 エイパスはじっとカイを見つめる。
 カイは勢いよくエイパスに視線を戻すも、すぐにまたそらした。
 そして、歯切れ悪くつぶやく。
「な、何をやぶからぼうに。わたしが姫をだなど、とんでもない。わたしは、姫のお側でずっとお守りできれば、それで……」
「へえ、お前のカリーナに対する思いはその程度なのか」
 エイパスはどこか不機嫌に言うと、くいっと片眉を上げてみせる。
 カイはエイパスから視線をそらしたまま、居たたまれなさげに、けれどしっかりと言葉を舌にのせる。
「それは誤解ですよ。わたしは姫のことは何とも……。わたしは、姫にお仕えする護衛官。それ以上の思いを持っていいはずがありません」
 そう、カイはカリーナの護衛官。それ以上でもそれ以下でもない。
 その危うい均衡が少しでも失われてしまえば、もうその関係は成り立たなくなる。
 その関係があるからこそ、カイはカリーナの側にいられる。
 カリーナの側にいられるならば、この関係を壊す気は、今はない。
 カイにとってはカリーナは星。
 真っ暗だったカイの世界に輝きをもたらした、何よりも明るい星。
 世界でたったひとつ、自らの命よりも大切な星。
 それを守るためなら、カイは自らの心を殺してでも、誤魔化し続けるだろう。
 苦しげに吐き出すカイの様子を見て、エイパスはふっと息を吐き出す。
「お前もなかなかにかたいんだな。まあ、本当のことは言えないだろうけれどなあ。ここだけの秘密ということでも、お前の本心を聞きだすことは無理なのだろうな」
「ですから、何のことかわたしには――」
「そうして、いつまで偽っている気だ?」
「……え?」
 研ぎ澄まされたように真剣な眼差しを向け問われ、カイは思わずエイパスを凝視する。
 その目には混乱がありありと浮かんでいる。
 偽っているとは……?
 カイの瞳が、不安げにそう語っている。
 月光を取り込み、透き通った藍色の瞳がゆらめく。
 普段へたれを装いつつも冷静な護衛官の明らかな動揺を見てとり、エイパスは困ったように小さく笑む。
 けれど次の瞬間には、いつものふざけた王子に戻っていた。
「まあ、わたしは面白ければ何でもかまわんのだがな」
 その言葉通り、エイパスとしては、面白ければ、カイがどれほど苦しもうがかまわない。
 そう、愛しい妹姫、カリーナさえ傷つくことがなければ。
 むしろ、このような護衛官などもっと苦しみもがけばいいとさえ思っている。
「結局、わたしをからかって酒の肴にするつもりなんですね?」
「否定はせんな」
「はあ、もう……。この酔っ払いがっ」
 カイの胡乱げな視線にすぐさまエイパスが答える。
 同時に、カイの肩ががっくり落ちた。
 エイパスはカイをけしかけているのか、牽制しているのか……。
 結局、エイパスは何をしたいのだろうか。
 カイのうなだれる肩が如実にそう語っている。
 まあ、何を考えているのかわからない、つかみ所がないのが、エイパスという王子なのだけれど。
 ただひとつわかることは、エイパスはカイをからかって遊ぶことをお気に召しているらしいということだけ。
 その時だった。
 虫の声だけがさやかに聞こえるその静かな夜を切り裂かんばかりの大声が、その場にもたらされた。
「ああー! カイ、兄様、二人だけでずるいぞ!」
「え? ひ、姫?」
 きんきんわめくその声にびくんと体を震わせると、カイはそれが発せられた方へ振り返りぎょっと目を見開く。
 聞き間違うはずがないその声の主が、いるはずがないこの場に現れ、明らかな動揺を見せる。
 何しろ、ここまでのエイパスとの会話を、いちばん聞かれたくない人物でもあるのだから。
 いつもならカイは頬をゆるめるところだけれど、この時ばかりはそうはいかない。
 カイの狼狽にもかまうことなく、月光が差し込む回廊に、夜着に肩掛け(ショール)を羽織ったカリーナがぷっくり頬をふくらませ立っていた。
「眠れない」
 カリーナはカイにぽてぽてと歩み寄る。
 困ったように微笑みながら、カイは拒むことなくすんなりその腕の中にカリーナを受け入れる。
「ああ、それで、お散歩に出たんですね」
 極力動揺を悟られまいと、カイはいたって平静を装う。
 隣に大好きなはずの兄がいるというのに、迷うことなくまっすぐ自らの腕の中にやって来たカリーナに、カイの胸は嬉しさに打ち震える。
 けれどそれも、決して表に出すことはない。
 いつも通り、呆れた雰囲気すら漂わせ、けれど優しく受けとめる。


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update:12/11/27