君は輝ける星(14)
カリーナ姫の野望

「カリーナ、夜更かしは肌に悪いぞ」
「夜更かしごときで衰えるわたしの美貌ではないわ」
 からかいがちにエイパスがカイの腕の中におさまるカリーナの頭をぐりっとなでる。
 その手をぺちんと払い、カリーナはふんと鼻を鳴らす。
 相変わらずどこからくるのかわからない自信に胸を張るカリーナを、エイパスは愛しげに見つめる。
 カリーナを囲い込む腕の持ち主、カリーナの頭上から、呆れたような盛大なため息が落ちた。
「もとから美貌などというものはな――」
 カイの呆れがちな言葉が、ぐりんと体をねじりその首にしっかり両手を巻きつけたカリーナによって途切れた。
「んー? カイ、何か言ったか?」
「い、いえっ。何でもありません」
 恐ろしくにっこり笑うカリーナに、カイは慌ててにっこり笑い返す。
 そして、首に絡むカリーナの手をさっとはなす。
 思いのほか今回はあっさり引いたようで、カリーナの手は簡単にカイの首からはなれた。
 どうやらそれは、カイいびりよりももっと、カリーナにとっては重要なことがあるかららしい。
 手すりの上にぞんざいに置かれたままになっていた葡萄酒の瓶を手にとり、ふりふり振る。
「それはそうと、二人だけでずるいぞ。わたしも混ぜろ」
「カリーナは駄目。それに、そろそろ終わりにしようとしていたところだからね」
 カリーナの手からさっと瓶を奪い取り、エイパスがにっこり笑ってみせる。
 するともちろん、カリーナの頬がぷっくりふくれる。
 恨めしげにエイパスをにらみつける。
「むー。男二人で一体何を話していたんだ? 気持ち悪いなっ」
 カリーナの毒舌にも怯むことなく、エイパスは酒瓶をさりげなく自らの背に移動させつつ、いたずらに笑いかける。
「そうだねー。カリーナを託すなら、わたし以上に優れた男でないと認めない。だから、カイも害虫駆除を頼むよ、みたいなことかな?」
「なんだ、そのようなことか。わたしは覇王の妃になると決めているんだ。だから、必然、兄様より優れた男になるな」
 エイパスの言葉を受け、カリーナは一瞬きょとんとした顔を見せるも、次には得意げににっと笑い、はははははと高笑いをはじめた。
 両手を腰にあて、夜空に浮かぶ月に向かい高笑いをするカリーナを、エイパスは微笑ましげに眺める。
 もちろん、その向こう、カリーナをはさんだ反対側にいるカイも、見守るような笑みを浮かべている。
「覇王が相手にしてくれたらな」
 ぽんぽんとカリーナの頭をなでながら、エイパスがくっと喉を鳴らす。
 瞬間、その手がばちんと音を立てて叩き払われた。
 カリーナはいまいましげにエイパスをにらみつける。
「何だと!? このわたしの美貌をもってして、なびかない男などいない! たとえいたとしても、脅して首を縦にふらせる」
「さすがはわたしのカリーナだね。実に頼もしい」
「……兄様、絶対馬鹿にして楽しんでいるだろう」
「誤解だよ、カリーナ」
 訝しげににらみつけるカリーナに、エイパスは胡散臭いほどさわやかににっこり笑ってみせる。
 明らかに、その言葉が嘘だとわかる。
 カリーナは早々に諦めたように、はあと長い息を吐き出した。
 エイパスという男もルーディと似たような人種だと、あらためて実感したのだろう。
「さあ、夜ももう遅い。さっさと寝るんだよ」
 カリーナの複雑な思いを重々理解しつつも、エイパスはかまわず微笑んでみせる。
 また、ぽんぽんとなだめるようにカリーナの頭をなでる。
「んもうー。なんだかすごく腑に落ちないなあ。そもそも、カイと兄様なんて、不自然極まりない組み合わせだな」
 今度はその手を払うことなく疲れたようにそこに手をのせ、カリーナはすねたようにぷうと頬をふくらませてみせる。
 たしかに、カリーナではないが、カイとエイパスの組み合わせなど、何かよからぬ謀をしていると疑われても文句は言えないだろう。
 この二人が二人きりで話をするなど、天変地異の前触れとしか思えないのだから。
 カイは普段から、からかって遊ぶ天敵エイパスを毛嫌い――避けまくっている。
 一度捕まえると、とことんへこみ地面にめりこむまで、エイパスはカイをいたぶって遊び続けるのだから。
 エイパスを恐れてカイが逃げ回る、それが通常の光景。
 二人だけで供にいるなど、城の者に言わせると、あってはならないこと。
 カリーナのその疑念を誤魔化すように、カイが少しおどけてその肩をすっと抱き寄せる。
「姫、ご一緒しますので、お部屋にお戻りくださいね。姫を夜中に徘徊させたと知れると、わたしが護衛官長に大目玉を食らいます」
「だったら、たっぷり食らえばいいんだ」
 カリーナはぱしんとカイの手を払い、ぷいっと顔をそらす。ふくれた頬がさらにぷっくりふくらむ。
「姫はまた、そういう意地悪を」
 すっかりすねてしまったカリーナの背に、カイは力なく声をかける。
 力なく装っているけれど、その声はどこか興を含んでいる。
 そしてその目は、労わるようにカリーナの姿を映している。
 すると、背を向けていたはずのカリーナが、ふいに振り返った。
「ほら、カイ、いくぞ。部屋までついてくるんだろう?」
 何事かと目をしばたたかせるカイに、カリーナは得意げに微笑み、さっと手をだす。
 カイは目をひときわ大きく開き、けれど次には慈しむように細める。
 藍色の瞳には、どこか甘い色を含んでいた。
 差し出すカリーナの手を、カイが恭しくとる。
 二人のつながれた手を包み込むように、月光が降り注ぐ。
 そうして、カリーナとカイは寄り添うようにして、回廊の向こうに消えていく。
 二人の姿がすっかり闇に溶け込むまで、片手に硝子杯を持ったエイパスが見送っていた。
 そこに闇と月の明かりだけが広がると、エイパスは細い息を吐き出した。
「やれやれ、本当、見ていたらすぐにわかるよ、カリーナの思いなど。実におもしろくないね。しかし、相手はなかなかしぶといぞ。落とすにはかなり骨が折れるだろうなあ」
 エイパスは誰に告げるともなく静かにそうもらすと、くすくすと楽しげに笑い、白い光を放つ月を見上げる。
 すっかり、夜は更けている。
 初夏の虫の声をはらんだ生ぬるい風が、夜でさえ艶やかさを失うことのないエイパスの黒髪を揺らしていく。


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update:12/12/03