君は輝ける星(15)
カリーナ姫の野望

「エリオット、来たぞ」
「あ、おはようございます、カリーナさん」
 城下に朝の活気が満ちはじめる頃。
 中央通りのカーネギー薬店の前に、カリーナの姿があった。
 開店準備をしていたのだろう、よろい戸を開け店内へ戻っていく使用人と入れ違うようにして表に出てきたエリオットを見つけ、カリーナが声をかけた。
 はじかれるように振り返りカリーナの姿を認めると、エリオットはこの朝の空気のようにさわやかに笑った。
「資料を用意してありますので、どうぞ店内へ」
 そして、カリーナへすっと手を差し出し、店内へと誘う。
 差し出されたエリオットの手とカリーナの間に、カイがにっこり笑いながらすっと滑り込む。
 そのために、カリーナの手はエリオットに届くことはなく、エリオットの手だけが所在なげにそこに宙ぶらりんになっている。
 一見間抜けにすら見えるが、それを気にすることなく、エリオットはつとめて何事もなかったようにすっと手を引っ込めた。
 その様子を見ていたルーディは、くいっと首をかしげるカリーナの背で、一人笑いをこらえている。
 この程度のことですら、カイは嫉妬せずにはいられないらしい。カイ以外の男がカリーナに触れることを許さないらしい。
 みじんこのように度量が小さい。わかりやすいにもほどがある。
「あれ? カイさん、手に怪我を……」
 いきなり割り込んだカイに気おされつつもすぐに気を取り直したエリオットが、ふと視線を下へ向けぽつりつぶやいた。
 その声に促されるように、カリーナもエリオットの視線の先へ目を落とす。
「え? あ、本当だ」
 カリーナの声に、カイもようやくどこかぴりぴりした空気をおさめ、ためらいがちに自らの手に視線を移す。
 するとたしかに、左手の甲にわずかばかり血がにじんでいた。
 それは、カリーナに言わせると「なめておけば治る」という程度に、本当にささいなもの。
 まあ、カリーナの場合は、たとえ腕がもげそうになっていても、腹から内臓がこんにちはとなっていても、自分のことでなければ「なめておけば治る」と言いそうだけれど。
「まぬけめ、今まで気づかなかったのか? というか、あの程度で怪我をするなど、お前はのろまか」
 傷の少し上をぺしっと叩きながら、カリーナは馬鹿にしたようにわざとらしくはっと短い息を吐き出す。
 さすがに、その労りの心がさっぱりないカリーナの言動にはカイも傷ついたのか、つんと口をとがらせる。
「あのですねえ、そうは言ってもあの場合は……」
「言い訳は見苦しいぞ」
 けれど、カイのわずかばかりの抵抗も、カリーナはすげなくかわす。
 少しくらいは気にしてくれてもいいのにと内心すねながら、カイはうんざりといった様子を装う。
 本当は、あの時のように、絹の手巾をそっと巻いて欲しいなとか思っていることなど、おくびにも出さず。
「まったく、あなたがちんぴらに喧嘩を売ったりしなければ、わたしだって余計なことをせずにすんだのですよ」
 カリーナも、今はカイと二人だけではないので、あの時のようにその手に手巾を巻いてやることができないと残念に思いつつ、あくまで態度はカイを馬鹿にしたものを装う。
 腰に両手をやり、ふんとふんぞり返ってみせる。
「仕方がなかろう。嫌いなのだから。それに奴ら、ばーさんをつきとばした。許せん」
「ああもう、まったく。あなたという人は、本当に……」
 ぷりぷりと怒り出したカリーナを、カイは優しげに見つめる。
 そう、結局のところ、カリーナの暴走やら横暴の根底には、そういったカイとしては憎めないものがある。
 だからカイも、嫌だ嫌だと言いつつも、ついカリーナの好きなようにさせてしまう。
 もちろん、絶対にカリーナを守れるという確信がない限り、好きに振る舞わせたりはしない。確かな自信があってのもの。
 そう、カイの手に負える範囲においては、カリーナを自由にはばたかせる。
 自由にはばたくカリーナこそが、カイの目にはまぶしく、そして愛おしく映るのだから。
 そのような二人を、ルーディはやれやれといった様子で見守り、エリオットは頬をほんのり染めて微笑ましそうに眺めている。
 そして、いつまでも店の前でこうしていても切りがない、というか、人の目がそろそろ多くなりはじめてきたことに気づき、エリオットはさりげなさを装いカリーナたちを店内へ促す。
「カイさん、こちらへ。まずはその傷の手当てをしましょう。ちょうど、今朝は傷薬の調合を予定していたんですよ」
 くすくす笑いながら店内へ手を向けるエリオットに気づき、カイは恥ずかしそうに慌てて答える。
「え? あ、す、すみません」
「いいえ」
 にっこり笑って、「さあ、どうぞ」とまずはカリーナを店内へ導き、その後にカイとルーディと続き、最後にエリオットが内へ入っていく。
「エリオット、お前、けっこういい奴だな。気に入った。わたしのことはカリーナでいいぞ」
 いちばん前を歩くカリーナがちらりとエリオットを振り返り、にっかり笑う。
 瞬間、カイがとてつもなく嫌そうに顔をゆがめたけれど、面白がったルーディがさっと身をずらし、エリオットの視界からそれを隠した。
「え? でも……」
 エリオットが内へ入ってくるのを待ち構えるように、カリーナがやはり偉そうにそこに立っている。
「友達だろう? 友達ならば遠慮はいらない。……あ、でも今は、恋人のふりをしているのか。ならば余計に敬称はいらないな」
 どこか楽しげにそう言い放つと、カリーナは我が物顔でどかどかと店の奥へ歩いていく。
 その後を、「ご案内します」と言って慌ててエリオットが追いかける。
 一体、いつの間に、カリーナとエリオットは友達になっていたのだろうと首をかしげながら。
 カリーナの場合、気に入れば誰であろうと友達になるのだけれど、エリオットはそれを知らない。


 カーネギー薬店受付の奥、調合室。
 作業台の前に腰かけ、乳鉢の中の薬草らしき草を乳棒ですりつぶすエリオットの手もとをのぞきこみながら、カリーナが感心したように声をもらす。
「へえ、傷薬ってそうして作るのか?」
 その目はきらきらと興味深げに輝いている。
 そうしていれば、実年齢よりは下の純真な少女のように見える。
 普段は、その辺りのごろつきどもも、その眼光にひるみしっぽを巻いて逃げだそうものなのに。
 主に、カリーナではなく、その背に控える二人の男たちによってと言えないこともないけれど。
「ええ、この薬草をすりつぶして、あとはこの実とその根の汁を混ぜるとできあがりです」
 エリオットは作業の手をとめ、作業台の上に置く、それぞれ用意しておいた材料をひとつひとつ示してカリーナに説明する。
 さすが薬店の次期店主というだけあり、自身も薬を扱えるらしい。
 エメラブルーにおいては、いやエメラブルーのみならず、ほとんどの国では、薬師になるための資格などといったものは必要ない。
 すでに薬師となっている者の下につきその知識を学び、認められれば薬師と名乗ることができる。
 よって、薬師を志すほとんどの者が、カーネギー薬店のような薬店に就職をする。
 そうすれば、知識を学べると同時に、修行期間は安いとはいえ賃金も与えられ食いぱぐれることもない。
「おもしろいな」
 楽しげな声を上げるカリーナに、エリオットはにっこり笑ってうなずく。
「さあ、できましたよ。カイさん、お手を……」
 エリオットはことりと小さな音を立て乳棒を置き、薄い緑色をしたとろりとしたものが入った乳鉢を持ち上げる。
 それに促されるように、カイが申し訳なさそうに左手を持ち上げる。
 すると、カリーナが持ち上がったカイの手をがしっとつかみ、エリオットの手から乳鉢を取りあげた。
「待て、わたしがする」
 カリーナは一気に乳鉢の中に右手を突っ込み、指にたっぷり薄い緑色の塗り薬をすくい取る。
 そして、つかむカイの手をぐいっと引き寄せ、血がにじむそこにべちょっとぬりつける。
 カリーナは妙に真剣な目をして、一心不乱に執拗に、カイの手の甲にぬりぬりぬりぬり自らの指をすりつける。
「べ、別に、わたしをかばってできた傷だからとかじゃないんだからな。お前が勝手にでしゃばったのが悪いんだからな」
 つんと唇をとがらせて、けれどその頬をほんのりそめ、カリーナはぶっきらぼうにぶつぶつつぶやく。
 本当は、そのようなことは関係なく、ただカリーナがカイの手当てをしたかっただけ。カイの手を他の者に触らせたくなかっただけ。たとえ相手が男性でも、女性でなくても。
 カイに触れていいのは、カリーナだけでありたい。
 そのような気持ちを抱きつつも、悟られては癪なので、多少乱暴にカイの手になおも薬をぬりつける。
 もうその辺りでいいのになあとぼんやり思いつつも、カイの頬は自然だらりと不細工に垂れ下がる。
「ありがとうございます」
 しかし、いつまでもこうしてカリーナと触れ合っているわけにもいかず、カイは断腸の思いでそう告げ、カリーナの手に右手をかさね、やんわりととめる。
 するとカリーナはぱっと顔をあげ、じっとカイを見つめた後、えへへとはにかむように笑った。
 カリーナの反応を満足げに確認すると、カイは視線をずらす。そして、カリーナの横であっけにとられつつ見守っていたエリオットに声をかける。
「エリオットさんも、ありがとうございます」
「いいえ」
 エリオットは一度ふるっと首を振ると、にっこり笑ってみせた。
 それから、カリーナの手から乳鉢を受け取ると、側に控えていたグレンにそれを手渡し指示を出す。
 残りは店で売るのだろう。
 グレンが調合室の奥へ歩いていくのを確認すると、エリオットはカリーナとカイに向き直った。
「仲がよろしいんですね」
「ええ、まあ……。腐れ縁ですから」
「黙れ下僕」
 カイがうんざり気味にもらすと、カリーナが即座に切り捨てた。
 同時に、薬を塗ったばかりの左手の甲をばちんと叩く。ついでに、右足の甲を踏みつけてもいた。
 そのある意味息がぴったり合った二人の様子に、エリオットはおかしそうにくすくす笑う。
 ルーディはそのような三人にかまわず、時に短い問いを入れつつ、興味深そうに他の薬師たちの調合の様子を見てまわっていた。


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update:12/12/07