君は輝ける星(17)
カリーナ姫の野望

 カイが我が道を行く王太子に拉致されて一刻ほど後。
 王城の東北にある訓練場の土に片膝をつくカイの姿があった。
 闇に煌々と灯る篝火はどうやら杞憂に終わったらしく、空が夜に支配される前に、カイとエイパスの鍛錬と見せかけたある意味本気の殺し合いはあっけなく決着がついた。
 ぴゅうと吹いた一陣の風が、乾いた土を巻き上げる。
 カイの剣を握る右手が地に触れ、こめかみを一筋の冷たい汗が流れ落ちる。
 紫色をした空の下でも輝きを失うことのないエイパスの剣の切っ先が、カイの顎をつっと持ち上げている。
 鍛錬のはずなのに、何故真剣を使っているのかという辺りは、つっこむだけ野暮というものだろう。
 何しろ、鍛錬に惜しむことなく当たり前のように殺意をにじませているのだから、互いに。
「カイ、お前、手を抜いていないだろうな」
「まさか、本気ですよ」
 目を細め、射竦めるようにエイパスがカイを見下ろす。
 けれど、それに動じることなく、カイは口の端にほのかに笑みすら浮かべさらりと答える。
 瞬間、エイパスの深い緑の目が不穏に輝いた。
「そうか、では……」
 そうつぶやくと、エイパスはカイの顎にあてていた切っ先をすらりとずらし、すぐ下の首に押しつける。
 皮膚に刃が食い込む感触に、さすがのカイも多少焦ったように顔をひきつらせる。
「お、王子!?」
 さすがのカイも、たとえ殺意を含んでいなかったと言えば嘘になるような剣のやりとりをしていたとはいえ、よもや本気でその命が危うくなるとは思っていなかったのだろう。打ち身切り傷がずらりと並ぶことは覚悟していたとしても。
 冗談のような言動ばかりをするエイパスだけれど、今回ばかりは冗談では流せない剣呑さがある。
 カイの慌てた様子に、エイパスの眼光が冷たくきらめく。
「この程度で、カリーナの護衛がよくも勤まるものだな」
 どうやら、今回のこの茶番のような鍛錬は、その技量が妹姫の護衛官として値するかを、兄王子自ら確認するためのものだったらしい。
 決して、かわいい妹が自分よりも護衛官になついていて面白くないので、いじめているわけではない。……多分、きっと。
 エイパスの剣を握る手にわずかに力がこもった時だった。
 同時に、その剣がエイパスの手からはなれ、瞬きはじめた星のきらめきを刃が弾き、二人のはるか上空を舞っていた。
 そしてそれは、弧を描き、吸い寄せられるように地に落ちてくる。
 ちょうどエイパスが立つすぐ横に、剣がぐさり突き刺さる。
 さすがに命の危険にさらされ、カイがとっさにエイパスの剣を払いのけたらしい。
 焦る様子などまったくなく、それをちらりと横目で見て、エイパスはふうと細い息を吐き出す。
 威圧するように、エイパスがカイをにらみつける。
「貴様、やはり手を抜いていたな」
「王子こそ、やはり試されたのですね」
「……ちっ。わかっていたのか」
 ゆっくり立ち上がり右手の剣を鞘に納めながら事もなげに言い放つカイに、エイパスは舌打ちをする。
「そりゃあ、わかりますよ。外遊から戻られるたび、毎回毎回、鍛錬と称したいたぶりをされてはね」
 カイは地にささる剣を引き抜き、エイパスに差し出す。
 エイパスがそれを乱暴に奪い取る。
「本当、お前は食えない奴だな。実に気に食わん」
「それはすみません」
 カイがさらりと頭を下げる。
 すると、それを待っていたかのように、鍛錬場の隅でまったり見学を決め込んでいたカリーナが、のんびりカイとエイパスのもとへやって来た。
 その後を、審判を任されていたはずのルーディものんびりついてくる。
 そもそもルーディは審判をする気などもとからなく、カリーナの横に控えやはり見学していたのだろう。
 まあ、ある意味二人の死闘――子供の喧嘩に本気でつき合ってなどいられないだろうけれど。
「なんだ、カイ、やはり手を抜いていたのか」
「……何?」
「わっ、ちょっ、ひ、姫!?」
 カイの前までやって来て楽しげにさらりともたらすカリーナの言葉に、エイパスが眉間に皺を寄せ、カイが慌ててその口をふさごうと手をのばす。
 けれど、カイの手がカリーナの口へ届く前に、さらなる爆弾を無自覚に投下していく。
「だって、今日のカイ、動きがにぶかったものな」
「ほーう」
 カリーナの言葉が積み上げられていくたび、エイパスからにじみ出る雰囲気が、何故かどす黒く変化していく。
 その気にあてられはじめたカイは、さらにあたふた慌てふためく。
「もう、姫、そういうことは、わかっていても言わないでくださいよ。わたしを陥れる気ですか!?」
 ついには、泣き叫びながらカリーナにすがりはじめた。
 しかし、カリーナにはカイの今の狼狽の理由を正しく理解できないらしく、「なんだ、カイ。いつも挙動不審だけれど、今はさらに挙動不審だな」などとつぶやき、訝しげに首をかしげている。
 明らかに、わかっていてしている。首をかしげつつも、理解できないと装いつつも、その口元がにやりと笑みをつくっている。
「まあ、いい。今日のところは、カリーナに免じて許してやろう」
 そのかみ合わない二人の様子に毒気を抜かれたのか、エイパスはひとつ肩をすくめると、手に持ったままになっていた剣をすらりと鞘に戻す。
 これでひとまずは、カイの首がつながる。
「ところで、実におもしろくない噂を耳にしたのだけれどね」
 と思いきや、どうもそうは問屋が卸さなかったらしい。
 エイパスの口から楽しげに不穏な言葉がもれた。
 口元はほころんでいるのに、目は異様に鋭い光をたたえている。
「噂……ですか?」
 ごくりと、カイののどがなる。
 カリーナはのんきなもので、こてんと首を倒して不思議そうにエイパスを見上げている。
 カリーナのこういうところが、この時ばかりはカイは憎らしくて仕方がない。
 普段は、頬をゆるんゆるんにゆるませて「かわいい」と甘い吐息をもらしているのに。
 やはりかみ合わないままのカリーナとカイの様子をさらりと無視して、エイパスはたんたんと続ける。
 さりげなく、カリーナの腰に手をまわし、ぐいっと自らへ引き寄せる。
「ああ。お前たちがついていながら、よくもカリーナに変な虫を寄せつけてくれたな」
 次の瞬間には、しまったばかりのはずの剣が何故か抜き身になり、さらに切っ先が再びカイの首に押しつけられていた。
 カイの顔からさあと血の気が失せる。
「お、王子っ。剣、剣はしまってください!」
 頭を動かしては間違って切っ先が首にぐっさりという惨事に見舞われないとも限らないので、カイは手だけを忙しく動かし命乞いをする。
 すっかりエイパスのいいように扱われ――おもちゃになりはじめたカイを無視して、これまでの様子をにたにたと楽しげに笑い傍観を決め込んでいたルーディが、ようやくその口を開く。
「その件ですが――」
「あ、駄目だ! 兄様に言ったら、邪魔をされる!」
 けれど、それはカリーナの雄叫びによって遮られた。
 自らの腕の中にとらえたカリーナに、エイパスはにっこり微笑みかける。
「カリーナ、どういうことだい? 兄様に言えないようなことをしているのかな?」
「うっ、そ、それは……」
「『あのエイパス王子が溺愛するくらいだから、カリーナ姫とはどんなに美しい姫だろう』」
「……は?」
 脈絡なく放たれたエイパスのその言葉に、カリーナは間抜けな声を上げる。
 ぱかんと口をあけ、まじまじとエイパスを見つめる。
 エイパスはカイの首に突きつけていた剣を再び鞘へ戻し、どこか艶かしく微笑んだ。
「近頃、周辺諸国ではそういう噂が流れているみたいだね?」
 ますます訳がわからないと顔をゆがめるカリーナを気にすることなく、エイパスはその頬をさらりとなでる。
 再度命の危険から解放され、カイがこっそり息をついている。
 そのために、エイパスの許しがたい破廉恥行為に気づくことはなかった。
「そのような噂が流れてしまうほど、わたしはカリーナを愛しているのだよ? 事実は、わたしが、行く先々で、いかにカリーナがかわいく、目に入れても痛くないほど慈しんでいるかを、こんこんと語っているのだけれどね?」
「あの誇張された噂は、あなたが原因ですか、エイパス王子!」
 ようやく気力を取り戻したカイがすかさずつっこむけれど、それはエイパスに華麗に流される。
 もはや、この場にカイの存在など、いやカイだけでなくルーディの存在などなく、カリーナとエイパスたった二人だけしかいないという空気を放つ。
 エイパスはカリーナの頬を両手をつつみこみ、その額に自らの額をこつんと合わせる。
 どこか切なげな表情を浮かべ、けれど変わらず艶かしくカリーナに微笑みかける。
「ねえ、カリーナ。兄様に隠し事をするのかな? これほどカリーナを愛しく思っているのに。兄様は悲しいよ」
 カリーナはむうと頬をふくらませる。
 悔しげに、きゅっと唇を噛む。
 そして、悲しそうにカリーナを見つめるエイパスと、何故か根競べのようなにらめっこがはじまった。
 それは傍から見れば、互いに思い合う男女が、そのあふれる思いのために熱く見詰め合っているようにすら見える。
 事実は、狐と狸の化かし合いという言葉が似合うほどの腹の探り合いなのだけれど。
 いや、この場合は、叱る親といたずらっこが正しいだろうか?
 その状況がしばらく続くかと思われたけれど、それはすぐに終わりを迎えた。
 カリーナが諦めたようにため息をはき、早々に折れてしまった。
 エイパスには意地を張るだけ無駄、逆に窮地へ追い込まれると、その少なくない経験から賢明にも判断したのだろう。
 事実、エイパスとまともにやり合って、カリーナが勝ったためしなどない。
「わかった。教えてやる。けれど、絶対に邪魔はするなよ!」
 半ば投げやりにカリーナが言い放つと、エイパスは満足げに微笑む。
 そして、カリーナの額にちゅっと唇を寄せた。
 その瞬間、すぐ横で地をえぐるような悲痛な叫びが上がったことは言うまでもない。


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update:12/12/17