君は輝ける星(18)
カリーナ姫の野望

 辺りはすっかり闇に溶け込み、空には物寂しげに月が浮かんでいる。
 王城は最奥、王族が住まう奥の宮の一室、王太子の私室。
 この部屋の主を思わせるほどの無駄に(偉そうな)存在感を与える長椅子に、似つかわしくふんぞり返り座るエイパスがいる。
 エイパスの正面の長椅子には、これまた負けず劣らずといったふうに、面前の王太子をにらみつけるように腰かける彼の愛しい妹姫。
 その傍らには、彼女を陰日向と寄り添い守る護衛官が二人控えている。
 エイパスはしばらく瞑想するように目を閉じていたかと思うと、ふとまぶたを持ち上げた。
「なるほどね、そういう罠を仕掛けたのか」
 納得したようにつぶやくと、エイパスはすっと片手をあげ、護衛官の一人、カイを手招きする。
 いきなりの指名に怪訝に眉根を寄せながらも、とりあえずは王太子に逆らうこともためらわれ、カイは渋々手招きに応じる。
 カイがやって来ると、エイパスはすっと立ち上がった。
 同時に、カイの額に不気味に黒く鈍い輝きを放つ銃口が押しつけられた。
 いきなりのことにカイはぎょっと驚くも、それを払うために体を動かすことはできない。
 何故、このようになっているのかと頭を回転させることだけで精一杯なのだろう。
 何しろ、これまでの流れから、どうして今カイが銃口をつきつけられているのかわからないのだから。
 カリーナが企んだ盗賊討伐作戦とそれに絡むことを、洗いざらい吐いただけ。
 ……いやまあ、それだけで十分、エイパスの怒りは買えるけれど。
「カリーナのわがままは聞けとは言ったけれど、カリーナに危険なことはさせるな、ましてや男を近づけるなと言っているよなあ? お前の耳はただの飾りか? ああ!?」
 エイパスはくだを巻くように言いながら、カイの額につけた銃をねじ込むようにぐりぐりとさらに押しつける。
「王子、まるでちんぴらですよ」
 自らはカリーナの傍らという安全地帯にいながら、いけしゃあしゃあとルーディが言ってのける。
「ルーディ、お前もだ! カリーナに害虫を寄せつけるな!」
 瞬間、カイの額に押しつけられていた銃口が、ルーディに照準を合わせた。
 どうやら、カリーナの傍らも、怒り狂ったエイパスにかかれば、もはや安全地帯ではないらしい。
 愛しい愛しい妹にだけは危険がないという絶対の自信のため、たとえカリーナと身を寄せ合うかたちをとっていたとしても、対エイパスでは安全とは言えないらしい。
 まあ、そのような場面をエイパスに見せようものなら、その瞬間、ほぼ命はないだろうけれど。
 頭から湯気を発し怒るエイパスを妙に冷めた目で見ながら、カリーナが呆れたように言い放つ。
「だから、違うと言っているだろう。これは罠だ、作戦なんだよ」
「カリーナは黙っていなさい。兄様は今、この無能な護衛官どもに教育的指導を施しているところなんだ」
 きりっと顔を引き締め、真面目くさってエイパスがカリーナに言い聞かせるように告げる。
 ぷっくりカリーナの頬が膨らんだかと思えば、次にはぷいっと顔をそらした。
「わたしに命令するのか? そのような兄様は嫌いだ」
「なっ!? ち、違うよ、カリーナ。兄様はただ、お前のことが……」
 エイパスはルーディに向けていた銃をぽいっと放り捨て、あたふた慌てながら、間に挟む小卓を乗り越えんばかりの勢いでカリーナに迫る。
 エイパスの動揺を気配で認め、カリーナは視線だけをちらりと向ける。
「ならば、いいよな? このまま続けても」
「……うっ。わ、わかった」
「やったー。だから兄様は好きだ」
 悔しげにエイパスが声を絞り出しうなずくと、カリーナはぱっと顔を華やがせる。そのまま小卓を乗り越えエイパスに飛びついた。
 エイパスの首にがっちり両腕をまわし、ぶらーんぶらーんぶらさがっている。
 顔は、まるで口づけをかわすようにとても近い距離。
「まったく、カリーナは」
 すぐ目の前で、喜びのため大輪の花のように笑うかわいい妹に、エイパスは困ったように微笑むしかできなかった。
 これほどかわいい生き物が、この世界広しといえど、(カリーナ)以外にどこにいるというのだろう。
 カリーナの本気のお願い≠ノは、エイパスはとことん弱い。逆らえない。
 抱きつくカリーナの腰を片腕で抱き寄せ、もう一方の手で、エイパスとおそろいの艶やかな黒髪をさらさらなでる。
 すると、カリーナは気持ちよさそうにうっとり目を細めた。
 ずくりと、エイパスの中の何かがうずく。
 本当にどうしてくれよう、このかわいすぎる生き物はと。
 もはや、ここまでくれば、変態(シスコン)と言われても文句は言えないだろう。すでに立派に変態(シスコン)
「それで、その作戦はうまくいきそうなのか?」
 ぎゅむっとカリーナを抱きしめたまま、エイパスはどかりと長椅子に腰かける。
 もちろん、自らの膝の上にちゃっかりカリーナを座らせる。
 お膝抱っこされたカリーナもまた、嬉しそうにごろごろとエイパスにまとわりついている。
 その様子を真横で指をくわえて見ているしかないカイは、悔しげに歯ぎしりする。
 エイパスはなんて羨ましいことをしてくれやがっているのかと。
 そのような三人を、一歩おいて、ルーディが馬鹿にするように眺めている。
 けれど、次には気を取り直したように小さく息をはくと、エイパスにまっすぐ視線を向けた。
 その視線を受け、エイパスもカリーナを体いっぱいで愛でつつも、まとう空気に鋭さを加えた。
「はい。荷に紛れ込ませている宝石を、イリスということにしてありますので」
「虹の女神……。なるほどね、それは盗賊でなくとも、のどから手が出るほど欲しいだろうな」
 さらさらとカリーナの黒髪をなでながら、エイパスは大きくひとつうなずいた。
 嫉妬に悔し涙をのんでいたカイの姿も、もうそこにはなかった。
 ごろごろとエイパスに甘えるカリーナの姿もまた、そこにはない。
 四人とも互いに確認するように目配せし合っている。
 ――虹の女神。またはイリス。
 それは、虹色に輝く、世にも稀有な宝石。
 この世の奇跡と言われる最上の宝石。
 鉱山の国ホーランディカでのみ採掘できる、イリジストという名の鉱物。
 その希少性、美しさから、世の権力者たちがこぞって欲しがる宝石。
 欲したからといって、そうやすやすと手にできるものではない。
 それが、嘘か真か、もうすぐエメラブルー王都エメラルディアにやって来るという。
 ならば、それを機会と、よからぬことを企む者が出てきてもおかしくないだろう。
 そう、たとえば、現在、王都を荒らす盗賊など――。
 もちろん、それだけで動くほど盗賊どもも馬鹿ではないだろう。
 そこで、より食いつきやすい噂を意図して流した。
 何やら、大店の道楽息子に、最近溺愛する金持ち令嬢の恋人ができたという。
 令嬢は常に、道楽息子が雇った護衛たちに守られるほどの愛されようらしい。
 その恋人の「イリスが欲しい」というかわいいわがままを、道楽息子が無理を押して聞いてやった。
 今王都中を駆け巡るその噂は、少々無理があるが、あり得ないことではないだろう。
 何より、金に目が暗んだ盗賊ならば、簡単に騙されてくれるだろう。
 たとえ荷にイリスがなかったとしても、本来の荷である薬草などといったものだけでも、闇で売りさばけば十分金になる。
 薬草自体、それほど安いものではないのだから。
 居住まいを正したルーディが、顔から普段の胡散臭さを消し、エイパスをその菫色の瞳にとらえる。
「そこでなのですが、もちろん、我々は荷の警護に当たりますが……」
「ああ、わかっている。後はまかせておけ。兵を配備しておいてやる」
「ありがとうございます」
 遮るようにエイパスがうなずけば、ルーディは満足したように微笑を浮かべた。
 すると、それまで張り詰めていた空気が、ふわりとやわらかくなる。
「まったく、どこのどいつだか知らないが、勝手に人の国を荒らさないでもらいたいね」
「本当、面倒ですよねー」
「ルーディ、しみじみ言うな」
 カリーナを両腕にしっかり抱いたままエイパスが面倒くさそうに長椅子にもたれかかれば、ルーディが茶化すように相槌を打つ。
 もちろん、それをすぐさまカイがたしなめた。
 まったくルーディには効果がないけれど。
 三人の様子を確認し、カリーナも満足げににんまり笑む。
 そして、くいっと顔をあげ、腕の中、膝の上からエイパスを非難するように見つめた。
「それはそうと、兄様、最近カイいびりがすぎるぞ。カイをいじめていいのはわたしだけなのだからな」
 カリーナのカイはわたしのもの#ュ言に、エイパスは楽しげに笑う。
 そして、華麗にそれを却下した。
 まだまだいびり足りないとでも言うように。
 事実、かわいい(カリーナ)にたかるある意味いちばんの害虫を駆除しようとして何が悪いと、その目が剣呑にちらりとカイを捕えた。
 不穏な空気を敏感に察知し、カイの体がぶるり震える。
 やはりそれを、ルーディが楽しげににたにた笑い眺めていた。
 そろそろ、夜が更けようとしている。
 窓の外で、夜風がさわさわと木の葉を揺らしていく。


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update:12/12/29