君は輝ける星(21)
カリーナ姫の野望

 つむるまぶたにまぶしさを感じ、カイはうっすら目を開けた。
 いつの間に眠っていたのだろう。
 あれほど胸をかきむしり、必死に自らのゆらぐ理性と戦っていたはずなのに、結局睡魔には勝てなかったらしい。
 いや、睡魔ではなく、握る手から伝わるぬくもりに?
 これでは、カイもカリーナのことを言えない。
 睡眠不足のためぼんやりした頭を一度ふるっと振り、眠気を飛ばす。
 窓掛けの隙間から差し込む薄ぼんやりとした外の明かるさから予想するに、恐らく、一刻も眠ってはいないだろう。
 窓辺の机の上に置いた角灯の火は、燃料切れのためすでに消えている。
 なぞるようにそれらを眺め、ゆっくり視線を戻してくる。
 瞬間、目の前に見慣れた菫色の瞳が飛び込んできた。
 それは、不気味ににやりと笑みを浮かべている。
「カイ、起きたようですね」
 同時に、カイの耳に鋭く入ったその声に、今度こそ眠気が一気に吹き飛ぶ。
 びくんと体を震わせる。
 あまりもの驚きにカイは言葉を失い、ただ目を見開きその菫色の瞳を見つめる。
 いるはずがない時間にいるはずがない場所にいるはずがない人物を認めてしまった。
 化け物に出会うよりも心臓に悪い男が、何故か今この場にいる。
「まあ、鍵をあけておいたことは誉めてあげますけれど、それにしても、これはさすがにまずいでしょう」
 ただ口をぱくぱく動かすだけで何も言えないカイを、呆れたように見下ろしながら菫色の瞳の持ち主――ルーディが立っている。
 鍵をあけておくということは、いきなりいつ誰がやってきても大丈夫、やましいことなどまったくしていません、という言い訳にならないこともないだろう。かなり苦しいけれど。
 しかし、カリーナとカイの場合に限っては、その言い訳も通用してしまう。
 何しろ、相手はあのカリーナ姫、そしてその姫にあきれるほど甘いへたれ護衛官。
 姫のわがままに押し負けてしまい、そういうことになっていると誰もが思うだろう。
 そして、誰もが感心するほどの理性の持ち主のカイだからこそ、一夜を同じ部屋ですごしたとしても、同衾していない限り、悲しいかな何もしていない≠熬ハ用してしまう。カイは甲斐性なしだと誰もが納得する。
 まあ、近頃のカリーナのあけっぴろげな行動から、王宮に仕える者のほぼすべてに、王女の気持ちなど知られているのだけれど。
 知られているからこそ、この大胆な行動も、そしてカイのへたれっぷりも納得されるのだろう。
 そこまで包み隠さず気持ちをさらけ出されてしまえば、自然、王女の恋を応援する者も出てくる。
 また、誰が見てもカイもまんざらでもない、むしろある意味溺愛しているとまるわかりなので、一体誰が馬に蹴られようと思うだろう。
 いっそのこと、二人がくっついた方がいろいろと平和だろう。
 いろいろな思惑から、または下手にかかわっていらぬ火の粉をあびたくないと、誰もが二人を見守っている。
 誰もが望むのは、王女の幸せ。
「まったく、姫を甘やかすのもほどほどにしないと、そのうち本当に首が飛びますよ」
 呆れがちにため息をもらしながら、ルーディがカイの腕をぐいっと引き立ち上がらせる。
 同時に、絡まりあっていたカイとカリーナの手がはらりと解ける。
 触れ合うぬくもりがなくなり、カイの手にすうと冷気がまとう。
 それを少し淋しそうにしながら、けれどカイもこの状況でそのぬくもりにすがることもできず、諦めたようにぽつりつぶやく。
「……わかっているよ」
「本当ですか?」
「本当だ」
「あやしいものですねえ」
 ぷいっと顔をそらすカイを、ルーディが疑わしげに目を細め見る。
 その時だった。
 気まずそうなカイの耳、どこか楽しげなルーディの耳に、不細工な声が飛び込んできた。
 はっとして、二人同時に寝台へ視線を移す。
「うにゃ?」
 二人の視線の先では、小さくうめき、カリーナが目をこすりながらゆっくり上体を起こしている。
 その寝ぼけ眼にカイの姿をとらえると、カリーナは嬉しそうにほにゃりと顔をほころばせた。
 そして、ねだるように、だらしなくカイへ両腕をのばす。
「カイ、おはようのちゅうは?」
 カリーナはとろんととろけた瞳で首をかしげて、うっとりカイを見上げる。
 瞬間、カイの顔は真っ赤に染まりあがり、手で口元をおさえ目を見開く。小さくうめき声をあげる。
 けれど次には、カリーナの脳天にごんと拳がお見舞いされていた。
「寝ぼけていないで、さっさと起きてください」
「こんにゃろー! 下僕のくせに、主に手をあげるとは何事だ!!」
 いきなりやってきた脳天への衝撃のためすっかり覚醒し、カリーナは両手を振り上げ怒鳴り散らす。
 カリーナにさりげなく背を向け、カイは小さく安堵の吐息をもらした。
 危なかった。今度こそ本気で危なかったと。
 この時ばかりは、カイも自らの鋼の理性に盛大に拍手をささげる。
 そのようなある意味かみあっていてかみあっていない二人を、ルーディはしらけたように目を細め眺めていた。
 本当に、この二人には、危機感という言葉がさっぱり似合わないと。
 まあ、実際のところ、この状況が明るみになったとて、ごく一部をのぞき、全員がこれ幸いと既成事実として手放しで祝福しそうな気がするけれど。
 猛獣によい調教師がついたという意味で。


「カリーナ、昨夜、カイに夜這いをかけたのだって?」
 幾分日差しが強くなりはじめた初夏の朝。
 小鳥のさえずりがのどかな朝食の席で、突如そのような爆弾発言が王太子の口から飛び出した。
 しかし、その問いを投げかけられた、向かい合う席に座る当人は慌てた様子なく、いたって平然と食事を続けている。
 膝にかけていた布をおもむろに取り上げそれで軽く口元をぬぐうと、流れるように茶碗を手に持つ。
「兄様、情報が早いな」
 こくりと一口茶をのどに流し込むと、カリーナはにやりと笑んでみせる。
 カリーナのすぐ背後には、目を見開きエイパスを凝視する、明らかに顔色が悪いカイが控えている。
「わたしの情報網を甘くみないでおくれよ?」
 エイパスはくすくす笑いながら、片目をつむり誰にともなく視線を流す。
 そして、エイパスもまた、腹立たしいほどに優雅に茶を一口口へ運んだ。
 その時にはすでに、カイの顔からは完全に色が失われていた。
 今にも倒れてしまいそうなほどに頼りなく、その体が小刻みに震えている。
 カイの反対側に控えるルーディは、一人視線をそらし、笑いをこらえるように口を引き結んでいる。
 その目がこの状況をとてつもなく楽しんでいると如実に語っている。
 ただ一人、カイだけがその場で風化していた。
 先ほどのエイパスの情報網を甘くみるな#ュ言は、間違いなくカイへ向けた言葉だと正しく理解してしまっていた。
 つまりは、エイパスによるカイへの牽制だろう。
 カリーナの暴走は微笑ましく見守るけれど、だからといってカイがそれに応えてもいいわけではない。よもや応えようものなら、即刻その首を掻っ切るぞ、カリーナといちゃついてみろ、命がないと思え、という脅しだろう。
 どのように巧みに隠したとて、エイパスにかかればすべてお見通し、容易く暴ける。何しろ、カリーナの周辺には、エイパスによってこっそりつけられた者が常にその目を光らせているのだから。
 その身を危険から守ることはもちろん、いちばんは害虫駆除のために。
 かわいいかわいい妹姫にたちが悪い虫がつかないように、エイパスは常に気を払っている。
 その害虫として、現在、筆頭に名があがっているのは、間違いなくカイだろう。
 カリーナが相手にしなければ捨て置くが、むしろカリーナの方から仕掛けている状況では捨て置けない。
 よって、少しでも油断をすれば、カイはいつその命を狩られるか知れない。
 恐ろしいほどに妹を愛する変態(エイパス)のために。


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update:13/01/29