君は輝ける星(22)
カリーナ姫の野望

 にこにこ笑いながらもカイに威圧をかけ続けるエイパスを気にしたふうなく、むしろカリーナの中ではすでにそのカイいじりはさらっと興を失ったようで、脈絡なくぽつりつぶやいた。
「そういえば、ルーディは宰相の息子だったな。そのような奴が護衛官などしていてもいいのか?」
 いかにも素朴な疑問とでもいうように、カリーナは首をかしげて、ななめ後ろに控えるルーディを仰ぎ見る。
 するとルーディはカリーナの視線にふと気づいたように、にっこり笑ってこたえる。
 果てしなく今さらであるその疑問。
 しかも、その護衛官に引っ張り込んだのは、他の誰でもないカリーナだということをよもや忘れたのだろうか?
 それらすべてを華麗に棚に上げた発言にもかかわらず、ルーディは答えるそぶりなくふふふと楽しげに笑みを浮かべている。
 そして、その答えはすぐに、あらぬ方向からもたらされた。
「その点は大丈夫だよ。将来的にお前が嫁ぐなりして護衛官が必要なくなれば、わたしが副官にもらうから」
 エイパスがにっこり笑ってさらっと言い放つ。
「はあ? 兄様?」
「それは初耳ですね」
 すっとんきょうな声をあげるカリーナにかぶせるようにして、ルーディもまた自らのことであるにもかかわらず、他愛無いとばかりにさらりと口にしていた。
「だって、今はじめて言ったもん」
 そして、畳み掛けるように、エイパスはやはりけろりと告げる。
 かわいらしく小首をかしげてみせているけれど、ただ気持ち悪いだけ。
 エイパスのあまりもの不気味な仕草に、カリーナの頬がひくりとひきつる。
 そう、その発言の内容にでは決してなく、その仕草に。
 ルーディはやれやれと肩をすくめている。
 カイはまだ衝撃から立ち直れていないようで、恐ろしいほどに暗い顔で、一人ぶつぶつ呪文のようなものをつぶやいている。
 エイパスは卓に両肘をつき、三者三様の様子を楽しげに見ながら続ける。
「本来、カイもルーディも、王女の護衛官にとどめておけるような器ではないからね」
「買いかぶりですよ」
「では、そういうことにしておこうかな」
 清々しいまでににっこり笑うルーディに対抗するように、エイパスもまたさわやかすぎるほどさわやかににっこり笑う。
 一見和やかだけれど、何故か漂う空気は緊張感あふれる。
 カリーナは寒気を感じたように、ぶるりと身を震わせる。
 その小さな仕草にはっと気づき、カイはようやく飛ばしていた意識を引き戻した。
 「姫、寒いのですか?」と心配げにカリーナにそっと声をかける。
 いかにもカイらしい反応に、それを目にしてしまったエイパスは思わず口元に苦笑を浮かべた。
 それに気づいたルーディが、「仕方がありませんよ。諦めてください」とでも言うように、エイパスに向けて小さく首を横にふる。
 しかし、当の本人だけはまわりのその様子にさっぱり気づいていない。
 カリーナは訝しがるようにエイパスへ視線を流す。
「じゃあ、どうしてルーディだけなんだ? カイは?」
「だって、お前はカイを手放す気はないだろう?」
「当然だ!」
 試すようにエイパスが問えば、カリーナがきっぱりすっきり即答した。
 手放す気がないなどと生ぬるいものではなく、カリーナはむしろ、カイこそを婿にする気まんまんなのだけれど。
 そのために、カリーナなりにいろいろ考え――企んでいる。
 たとえ、すべてがからまわっているとしても。
 わかりやすいカリーナの反応に、エイパスはまた微苦笑する。
「それに、自ら主と決めた者にしかしっぽを振らない忠犬など、わたしはいらないよ」
 どこか面白くなさそうに、エイパスがはき捨てる。
 そのいつにないぞんざいな言いように、カリーナは目を見開き驚く。
 けれどすぐに、嬉しそうに顔をほころばせた。
 すぐ横に控えるカイの制服の裾をきゅっと握る。
 カイもまた驚いたように、けれどどこか諦めたように微苦笑を浮かべている。
 ふうと、細い息を吐き出す。
 どうやら二人とも、その粗野な言い方の中にも、エイパスなりの優しさを感じとったのだろう。
 どこかすねたように言い放ったそれこそが、エイパスの本当の思いのようにカリーナには感じられたのだろう。
 それはまるで、エイパスはカリーナとカイの仲を認めている、そのように聞こえる。
 じんわりと胸があたたかくなる。
 他の誰でもないエイパスに、カリーナの思いを、カイの思いを、しっかりわかってもらえている、そして認められていると。
 そう、カリーナはカイしかいらないし、カイはカリーナにしか仕えない。
 それが、二人の真実なのだから。
 ついには見つめ合いはじめたカリーナとカイに、エイパスは呆れたような生ぬるい視線を流す。
 けれど次には気を取り直したように、いつもの胡散臭いにっこり笑顔を浮かべる。
「そういうわけだから、カリーナ、早くルーディをわたしに譲っておくれね」
「おう、まかせておけ。いっちょうがつんとやってやる」
 ぴくりと反応し、すぐさまカイからエイパスへ視線を向けると、カリーナは得意げにどんとひとつ胸を叩き宣言する。
 その横で、しみじみとルーディがつぶやいた。
「覇王妃までの道のりは果てしなく長い――無謀ですけれどねえ」
「黙れ、ルーディ!! このわたしの美貌をもってすれば、落ちない男などいない!」
 そうしてはじまったカリーナとルーディの言い合いに、カイはいつものように頭を抱える。
「またはじまった……」
 疲れ果てたようにカイの嘆きがもれる。
 さらに疲れをもたらすように、カリーナの向かいの席では、エイパスがとろんととろけるように目を細めている。
「当然だよね、わたしのカリーナは世界でいちばんかわいいのだから」
「こっちもか」
 愛しげに見つめるエイパスの姿に、カイは半ばはき捨てるようにつぶやいた。
 毎日毎日飽きもせず、よく同じことを繰り返せるものだと、カイは思わず遠い目をする。
 カイもまた毎日同じことを繰り返している――カリーナにいたぶられるとか、エイパスにいじめられるとか、ルーディにいじられるとか――ことを、さらっと棚に上げて。
 ついには卓を越境しエイパスのもとへ飛び込んだカリーナが、その腕の中で幸せそうにごろごろ甘えはじめた。
 エイパスもまた、膝の上にカリーナを座らせぎゅっと抱きしめ、髪に頬にと惜しみない口づけを落としている。
 それをまた、カリーナが当たり前のように受け入れている。
 これではもはや、朝食どころではない。
 ある意味、混沌(カオス)
 その兄と妹の人目をはばからないらぶらぶいちゃいちゃぶりに、カイは一人怒りと嫉妬にうち震える。
 邪魔したい、とっても邪魔したい。けれどここで邪魔をすれば、カリーナに冷たい目で見られる、いじめられると、必死に衝動をこらえている。
 その葛藤にもだえるカイの姿を、カリーナにかまいながら、エイパスは楽しげに視線の端でとらえていた。
 三人の様子を我関せずと眺め、ルーディがため息をもらす。
 そして、もう好きにしてくれとばかりに早々にこの状況を投げ出してしまったふうを装いながら、その口元に楽しげに笑みをのせ、ルーディがぽつりつぶやく。
「なにも、嫁ぎ先は覇王のもととは限らないのですけれどねえ」
 すっと顔を窓の外へ向け、そこで一人くすりと笑う。
 そう、その気になれば、王女の嫁ぎ先が一護衛官でも……。
 カリーナはもちろん、そのつもりだろうけれど。
 それに気づいていないのは、この場では、恐らく護衛官(カイ)だけだろう。
 ついには完全にカイとルーディ(外野)を無視して兄妹のらぶらぶいちゃいちゃがはじまってしまった。
 恨めしそうに眺めるしかないカイにちらりと視線を流し、ルーディがすっと近寄る。
 そして、うなだれるカイの首根っこをつかみ、耳打つ。
「カイ、少しいいですか」
「え? あ、ああ……」
 扱いは雑だけれど、ルーディにしては真剣な声音に、カイもすっと姿勢をただし、真摯にうなずく。
 普段がふざけまくっているだけに、ごくたまに素≠フ部分が現れると、それは捨て置いてはいけないというルーディの合図となる。
 それをよく理解しているだけに、対するカイも自然真剣みを帯びたものになる。
 額と額をこつんとくっつけ合い、うふふあははと笑い合う、どこの熱愛夫婦(バカップル)かと思うようなカリーナとエイパスにちらりと視線を向ける。
 すっかり自分たちの世界に入り込み、こちらに意識がないことを確認すると、カイとルーディはそっと食堂の扉を開け、廊下へすべり出る。
 そして、音もなく扉を閉めた。


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update:12/01/29