君は輝ける星(23)
カリーナ姫の野望

 廊下へ出るとすぐに、それまでが嘘のように、ルーディはいつものルーディに戻った。
「まったく、王子にちょっといじめられたくらいで、くさらないでくださいよ」
 あてつけがましくため息をもらし、つかんでいたカイの首根っこをぺいっと放り投げる。
 勢いに負け思わずたたらを踏み、カイは憎らしげにルーディをにらみつける。
「わたしが、覇王というだけで、背を任せると思いますか?」
 けれどルーディはかまわず、カイを馬鹿にするように口の端に笑みを刻み続ける。
 ぴくりと、カイの肩が小さく震える。
 まさか、扉一枚挟んだだけで、向こうにはカリーナがいるというのに、その鍵となる言葉(キーワード)をさらっとはくとは、ルーディはなんと憎らしい男なのだろうか。……わかっていたことだけれど。
「このわたしが相棒と認めたのですよ? この意味がわかりますか?」
 いつになく饒舌に、また言ってはならない言葉を言ったルーディをカイは非難するようににらみつけるが、それも次の言葉で霧散した。
「まったく、レオンさまは姫以上におこさまですねー」
「うるさい、ルーディ」
 完全にからかわれ遊ばれていると悟ったカイは、ルーディからぷいっと顔をそらす。
 これ以上相手にしては、無駄に神経を逆なでられるだけだと、ようやくわかったのだろう。
 カイはもういいだろうと言わんばかりにルーディに背を向け、扉に手をかける。
 それと同時に、カイの背に向かって、ルーディがまるでささやくように静かに告げた。
「姫があのままでいいように、あなたもそのままでいてください」
 おだやかに告げられたルーディの言葉に、カイは怪訝に眉根を寄せ、首をかしげる。
 その言葉の意味がさっぱりわからないとばかりに。
 カイはそのままルーディを無視して再び食堂へ戻ろうとする。
 けれどすぐに思い直したように、ためらいがちにゆっくり振り返る。
 するとそこには、おだやかにカイを見つめるルーディがいた。
 それでなんだかすべてを理解してしまったような気がして、カイは微苦笑を浮かべる。
 ――ああ、これは、ルーディなりに心配しているのだろう。ルーディなりの思いやりなのだろう。
 認めたくないけれど、カイはふとそう思った。
 なんだかんだと腹立たしくつかみどころがない男だけれど、カイはルーディを信用していないわけではない。
 むしろ、他の誰よりも相棒として信頼を寄せている。
 そう、カイの背を任せられるのは、エメラブルーにおいては、皮肉にもルーディの他にはいないだろう。
 普段は人をからかって遊ぶたちが悪い男だけれど、いざとなれば、ルーディ以上に頼りになる男はいない。
 自然、ルーディをにらみつける目にこめる力が諦めたように弱まる。
「それにしても驚いたよ。まさか、エイパス王子にあれほどまで評価されているとは……」
 その話題はそこまでとばかりに、カイはため息まじりに肩をすくめる。
 事実、カリーナをめぐり常に対立――いや、一方的にカイがやられっぱなしだけれど――しているにもかかわらず、まさかエイパスに悪く思われていないとは、カイにとっては驚きだった。
 ある意味においては、とっても害虫扱いはされているけれど。
 まあ、もともと、ある一点において以外は、エイパスは公正に人を評価する才があることは認めるが。
 そして、そのある一点にかかわると、すべてを敵、排除対象とみなす。
 その悪癖さえなければ、実に理想的な王太子なのに……。残念。
 自嘲気味に微笑むカイに、ルーディはにっこり笑ってみせる。
 カイの意図をくみ、カイいじりは終わりにしてやるのだろう。
「そうですか? わたしは至極妥当な評価だと思いますが?」
「ルーディ?」
 カイが怪訝に首をかしげる。
「まあ、今は少々お戯れがすぎますが、本来のあなたはこうではないでしょう?」
「嗚呼もう、だからお前は嫌いなんだ」
 結局、カイいじりをさらっと続行するルーディに、カイはがっくり肩を落とす。
 一体、この一癖も二癖もある男に、どこまで読まれているのだろうと。
 まあ、カイが実は覇王であるということをつかまれている時点で、いろいろと諦めなければいけないのだろうけれど。
 ルーディに絶好のからかいねたを提供してしまったという意味で。
 間違いなく、ルーディはいちいちうろたえるカイの様子を見て楽しんでいる。
 事実、ルーディが言うとおり、今のカイの状況はお戯れ≠セろう。
 本来は、このような場にいるような存在ではないのだから。
 そして、そのお戯れ≠烽サろそろ限界に近づいている。
 そう、もう時間がない。ぐずぐずしていられない。
 いつまでもこのぬるま湯のような場所を楽しんではいられない。
 わかっているだけに、近頃カイは焦り気味にある。
 カイにはもう、エメラブルーにいられる時間があまり残されていない。
 カイをからかい楽しげにくすくす笑うルーディが、少し憎らしくなる。
 ルーディは望む限り、この場にいることができるのだから。
 カイは望んでも、もうすぐこのおだやかな時間を手放さなければならなくなる。
 そう、時間がない。猶予がない。あとわずかな時間で決着をつけなければならない。
「王子はわたし以上に食えなくて侮れませんよ? くれぐれもお気をつけて」
「……肝に銘じておく」
 いや、自分で言うなよ、と胸の内でつっこみつつ、カイは悔しげにつぶやいた。
 たしかに、あの王子は、ある意味、ルーディ以上に食えないだろう。
 何しろ、ルーディはあえてカリーナといちゃついてみせて、カイの胸をかきむしったりはしないのだから。
 エイパスのあれは、カリーナとのいちゃつきは、絶対わざと。絶対カイへのあてつけ。
 果たして、エイパスはどこまで気づいていて、どこまで知っているのだろう?
 気にしていてもきりがないので、カイはあえて気にしないようにしている。
 すでにあまり時間も残されていないので、いざとなれば強硬手段に出ればいいだろう。
 もはや、ほぼ自棄のような気もしないこともないけれど。
 穏便にすまそうと思っていたが、あの王子相手ではそれもかなわないかもしれない。
 とりあえず、目下気をつけなければならない相手は、まずはエイパス、そしてルーディだろう。
 一体いつ足元をすくわれ、陥れられるとも限らない。
 胡乱げにルーディをにらみつつ、カイは再び常夏と化した食堂へ戻っていく。
 嗚呼、本当に見たくない。
 たとえ実の兄だとしても、カイ以外の男といちゃつくカリーナの姿など。
 ルーディにそっけなく答えると、カイは扉を開き、再び食堂の中へ戻った。


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update:13/02/13