君は輝ける星(24)
カリーナ姫の野望

 食堂の中は、カイが予想していた通り、先ほどよりも暑苦しい空気に満ちあふれていた。
 もともと、周りに人をおきたがらないために、いつの間にか、食事の給仕も護衛官であるカイとルーディが担うことになっていたため、その場には暑苦しい二人以外にはいない。
 そのために、人目がないことをいいことに、本当にこれではどこの新婚夫婦だと言わんばかりのどろどろにとろけそうな甘い雰囲気を放っている。何故か、兄妹で。
 しかし、怯んでいてはカイにとって面白くない状況が続くことになるので、思い切ってそこへ割って入るために口を開いた。
「姫――」
「カリーナ、こちらへおいで」
「何? 兄様」
 しかし、カイが入ってきたことに気づいたのか、狙ったようにエイパスがそれをかき消すようにカリーナに声をかけた。
 こっちへおいでもなにも、憎らしくもその腕の中にしっかりとカリーナを抱き込んでいるというのに。
 エイパスの胸にもたれかかりうっとりとしていたカリーナが、ふと気づいたようにくいっと顔をあげる。
 どうやら、エイパスの狙いはカリーナの気を引くことだったらしい。
 案の定、カリーナはカイに気づかず、嬉しそうにエイパスを見ている。
 エイパスに頭をなでなでされようものなら、まるで猫のように目を細め、その手に頭をすりつける。
 あまりもの衝撃のためにすっかり言葉を忘れ、ただただその不愉快な場面を見つめつづけるしかないカイに、エイパスはカリーナに見えないように意地悪くにやりと笑う。
 やはり、あてつけだった。
 カイがうちひしがれる姿を見て、エイパスは楽しんでいる。
 すべてをわかった上で、エイパスはこのような非道な振る舞いをしているのだろう。
 九割方は甘えるカリーナがかわいいため、そして残り一割でカイをいびって遊んでいる。
 けれど、このままむざむざとエイパスの思惑通りに手を拱いていれば、カイにとって面白くない状況が泥沼化していく。
 カイが再び気合を入れて、エイパスの腕の中からカリーナを取り返し世話をやこうと行動に移ろうとした時だった。
「カリーナ、ほら、口の端に欠片が。お兄様がとってあげよう」
 そう言うやいなや、エイパスはカリーナの口元を、すべらかな、けれど男らしいしっかりした指でくいっとぬぐう。
 そしてそのまま、その指をぺろりとなめる。
 カリーナはエイパスを見つめ、恥らうように頬を染めうっとりするだけ。
 もちろん、それを目撃させられてしまったカイといえば、顔を怒りに真っ赤に染め、口をぱくぱく動かしている。
 カリーナにそうしていいのはカイだけに許された権利なのに、よくもこの変態王子はと今にも飛びかからん勢いで、必死に自らの憤りをおさえている。
 ここで下手にエイパスに傷のひとつでも負わせてしまえば、カリーナのそばにいられなくなるというただそのことだけが、カイをどうにか思いとどまらせる。
 カイの後から食堂に足を踏み入れたルーディが、そのような二人の馬鹿馬鹿しい激戦を眺めながら、呆れたようにふうとひとつ息を吐き出した。
 これが、傾国の美姫やら絶世の美女を間にしてのことならばわからないでもないが、相手は規格外の暴れ馬娘。
 それを取り合って、よくもまあ、ここまで次元の低い争いができるもの。
 そう思いつつも、しっかり楽しんでいるのもまた、ルーディなのだけれど。
 カイの右足が一歩前に出て、がつんと床を打ちつけた。
 そして、さっさと卓に歩み寄り、その上に置かれた食後の菓子へすっと手をのばす。
「姫、お好きでしょう」
 カイはにっこり笑って、果物をたっぷりのせた焼き菓子を手にとり、カリーナの口元へもっていく。
 けれど、それが目的の場所に到達する前に、そこは色とりどりの果物によってふさがれていた。
「カリーナ、あーん」
 そう言いながら、エイパスがカリーナの口元にカイが手にとったものと同じ焼き菓子を差し出していた。
 しかも、それをカリーナがかじっと一口かじっている。
 カリーナは幸せそうにぱくりとかじり、もぐもぐ口を動かしている。
 当たり前のように、エイパスのあーん≠受け入れるカリーナに、カイはこの上なく憤りを感じる。
 それをしてもいいのは、カリーナにあーん≠してもいいのは、カイだけだと信じていたのにと。
 カリーナは嬉しそうに、カイが見ている前でそれを裏切った。
 これほどカイを絶望に陥れることがあるだろうか。いや、ない。
 しかし、だからといって、カリーナに憤りをぶつけるわけにはいかず、カイは一人で身を引きちぎられる思いで耐える。
 隠すことなくふるふる体を震わせるカイを、ルーディはやはり楽しげに眺めている。
 この時ばかりは、カイも自らの思いを隠そうとはしていない。むしろ、そこへ気を配る余裕すらない。
 ただただカリーナからエイパスを引き離すことしか考えていないのだろう。
 本当に、エイパスに遊ばれ放題。
 エイパスを前にすると、カイから平常心というものがごっそり奪われ、ただの嫉妬に身を焦がす愚かな男に成り下がるらしい。
 それをわかっていてエイパスもわざとカイにあてつけるようにカリーナにかまい、ルーディはそれをとめもせず眺めて楽しむ。
 カイはわかっているのだろうか?
 一護衛官がその護衛対象に一定以上の思いを持ち、そしてそれをさらけ出すということがいかに危険なことか。
 まあ、それすらわからなくなるほどに、エイパスにいいように遊ばれているのだろう。
 カイの気持ちなど、誰が見ても明らか。
 そして、それを知る誰もが、微笑ましく見守っている。
 カイに限っては、ばれれば打ち首≠烽てはまらないらしい。
 まあ、カリーナとカイの気持ちなど誰が見ても明らかで、それに下手にちょっかいをかけようものなら、自らの身が危なくなるという辺りが、いちばんの理由かもしれないけれど。
 触らぬ神に祟りなし。
 まさしく、そのような言葉があてはまる二人だから。
 しかし、そろそろ本当に、危険かもしれない。
 カイが爆発するという意味で。
 今この時だけでなく、エイパスが帰国してからというもの、カイはカリーナが足りない。
 カイとカリーナのらぶらぶいちゃいちゃ至福の時を、エイパスが狙ったようにここぞとばかりにぶっ潰しにやって来る。
 ここしばらくずーっと、例の計画のために街へ下りている時以外、エイパスに邪魔されてばかりで、カイはカリーナが不足し、そろそろカリーナ欠乏症になりかけている。
 カリーナのわがままをきくことこそがカイの幸せだというのに、そのわがまますらも、エイパスに横からかっさらわれてしまう。
 一昨日なども、カリーナとともに城下へ行こうとしたその時、ふいにエイパスがやって来て「今日はお兄様と城下で逢引(デート)をしようか」などとふざけたことを言い出し、あわや実行という事態にまでなった。
 それに慌てるカイを見て、エイパスはもちろん意地悪くにやりと笑っていた。
 その他にも、ともにいる時はカリーナを膝の上にのせ、その艶やかな黒髪を、カイに見せつけるように指に絡めながらなでたりなど、さんざんカイを煽る。
 一体、この二週間ほどで、カイは何度、某王太子のわら人形を作り、それを夜中に柱に打ち付けたいと思ったことか。
 とりあえず今は、エイパスへの怒りをおさえるために、その場でじだんだを踏む。
 そのカイをやはり、エイパスとルーディは楽しげに眺め、カリーナは一生懸命餌付けされている。
 時折、わざとだろう、誤ったふうを装い餌付けするエイパスの指がカリーナの唇に触れたり、あまつさえ触れたそれがぺろりとなめられたりしている。
 カイの理性の爆発まで、残り数秒。
 果たして、さわやかな初夏の朝に、彼らは一体何をしているのだろうか。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:13/02/17