君は輝ける星(25)
カリーナ姫の野望

 満足したのだろう、ようやくエイパスのカイいじめが終わりを迎えた。
 カリーナとカイはひとまず、明日の計画をつめるために王太子執務室へ向かったエイパスとルーディと別れ、カリーナの私室へ戻ってきた。
 その頃には、太陽がずいぶん真上に近づいていた。
 ついにカイの理性がぶっちぎれようとした時、ルーディがようやく割って入り、その場の吐き気を覚えるような甘ったるーい空気が払拭された。
 さすがに、現時点ではまだ、カイを失うわけにいかないと判断したのだろう。
 それは、カイを思ってでは、もちろんない。
 まだまだ楽しいおもちゃを手放したくないという気持ちがほぼすべてを占めている。
 まあ、実際、暴走してカイがエイパスに手を上げたところで、カイがどうにかなるとは思えないけれど。
 エイパスもそれを承知の上で、カイをいじめて遊んでいるのだろうから。
 カリーナは自室に戻るやいなや、すっかりいじけてしまいじめじめうっとうしいカイを放置して、何やら忙しく動きはじめた。
「姫、何をなさっているのですか?」
 あまりにもにぎやかな音を立て埃を舞わせ動きまわるものだから、カイも渋々現実に意識を戻し、怪訝にカリーナに問う。
 するとカリーナは文机の引き出しをごそごそとあさっていた手をとめ、カイへ顔を向けた。
「見てわからないか? 明日の準備だ」
 カリーナは引き出しの中から小瓶を取り出し、それをうきうきした様子でカイに見せる。
 カイの記憶が正しければ、その小瓶はろくなものではない。
 そして、それはたしかにひと月ほど前にカイが没収したはずなのに、何故当たり前のように引き出しから取り出し、そこにあるのだろう。
 カリーナの足元には、若草色の敷物の上に、小型に改造された武器がそれはそれは種類豊富にびっしり並べられている。
 ぐらりと、カイの目の前が揺れる。
「姫、気のせいでしょうか? 近頃、武器の種類が多様性に富んできたような気がするのですが? なかには、エメラブルーにはないものまであるような気がするのですが……」
「ああ。これはな、ファセランからもらったんだ。奴は、わたしの提供者(スポンサー)だからな」
「……嗚呼、もうっ、またっ。あのくされ王子は!」
 他愛無くけろっと言い切るカリーナに、カイはとうとう頭を抱えその場にうずくまってしまった。
 カリーナは不思議そうに首をかしげ、カイの丸まった背をつんつんつつく。
 すると、次にはカイは勢いよく顔をあげ、おまけに立ち上がり、その場に並べられた種類豊富な武器を敷いている布で一気にくるんと包み込み、そのままカリーナから取り上げる。
「はい、没収。姫はお留守番です」
 そして、いまいましげに顔をゆがめ、きっぱり言い切った。
 もちろん、次の瞬間、カリーナの暴言がカイに浴びせられた。
 けれど、それすらもカイは無視して、ひとまとめにした武器を持ち、そのまますたすた部屋から出て行く。
 その後をすがるように追いかけ、カリーナはやはりカイを責め立てる。
 しかし、今回ばかりは、カイもカリーナに負けることはなかった。
 毅然とした態度を貫き、冷たくあしらう。
 カリーナを呆れるほどに甘やかしたい気持ちももちろんあるが、これに関してだけは別だとカイはカリーナを残し部屋を後にする。
 その不届きな武器をきっちりきっかり処分するために。二度とカリーナの手に渡らないように。


 一方、王太子執務室。
 計画を詰めるためにやってきたはずなのに、何故だかエイパスもルーディも難しい話はしていない。
 むしろ、執務机に座るエイパスもその横に控えるルーディも、ともに深緑が鮮やかな窓の外をほのぼの眺めている。
 あまつさえ、エイパスなどは、濃厚な花の香りを放つ茶をまったりすすっている。
 開け放った窓から吹き込むそよ風が、エイパスの黒髪を、そしてルーディの銀髪をさらり揺らしていく。
 少し息を吸い込めば、ともにあふれんばかりの緑の香りが肺をくすぐる。
 すっかりひなたぼっこでもはじめてしまったような空気をかもし出していると、おもむろにエイパスが口をひらいた。
「なあ、ルーディ。もし仮に、カリーナとわたし、同時に危険にさらされたとしたら、お前ならどちらを助ける?」
「もちろん姫です」
 間髪をいれず、ルーディがさらりと答える。
 すると、エイパスは手に持っていた茶碗を机の上に置き、ようやくルーディへ向き直る。
 それまでとは違ったどこか張り詰めたような空気をはらみ、その真意を探るようにルーディの菫色の目をまっすぐ見つめる。
「王太子であるわたしよりもか?」
「ええ、当然です」
 ルーディは変わらずさらりと言い放ち、けれどエイパスをまっすぐ見つめ返しうなずく。
 そこには、寸分の迷いすらうかがえない。
 まるで詰問するようなエイパスの問いかけに、ルーディは冷徹にさえ見えるほどたんたんと答える。
「それは、カリーナの護衛官だからか?」
 ふと、ルーディの目元にほのかに笑みが浮かぶ。
「違いますよ。わたしは、あのわがままで乱暴できかん気が強い姫が、どうにも妹のように思えてかわいくて仕方がないのですよ」
「もっともらしいことを言うなあ……」
 いつになくおだやかに、そして愛しいものを思い浮かべるように答えるルーディに、エイパスは思わず苦く笑う。
 今この時のルーディには、人をからかうような、そしてふざけたような様子はない。
 真剣に問いかけるエイパスに、真摯に答えているのだろう。ルーディにしては珍しく。
 いや、たしかに、この場でいつものような軽薄な態度をとろうものなら、エイパスにも考えがあったのだけれど。
 この聡い男はそれを正しく読み取り、この場でとるべき態度、そして答えるべき言葉を正確に判断したらしい。
 そういうところが実に面白く、王女の護衛官にしておくには惜しいとエイパスは思う。
 同時に、このままずっとかわらず、大切な妹の側にいて欲しいとも望む。
 自らの矛盾した思いに、エイパスは思わず自嘲の笑みを口元に刻む。
 ふわりと、再び初夏の風が執務室へ舞い込んできた。
 それを契機にしたように、ルーディがいつものようににやりと意地が悪い笑みを浮かべた。
「あれだけ信頼を寄せられて、それにこたえないほどわたしは非情ではありませんよ。それに、(一応)女性を助けないでは男がすたるでしょう? そして、もしそういう場面に出くわしたとしても、あなたなら、ご自身でどうとでもするでしょう?」
 試すように口元に笑みを刻むルーディにエイパスは一瞬目を見開き、次にはおかしそうに笑っていた。
「ルーディにはかなわないな」
「王子ほどではありませんよ」
 ルーディはにっこり笑って肯定を示す。
 ようやく強張っていた体から力を抜くように、エイパスはそのままぽすんと椅子の背に身をあずけた。
「ところで、同じ問いをカイにも?」
「いや、カイの答えなど、聞かなくともわかるだろう」
「たしかに。ひとつしかありませんね」
 ふるると首を振るエイパスに、ルーディも深くうなずく。
 たしかに、それはカイに問うだけ無駄、野暮というものだろう。
 カイにとっては、カリーナ以上に大切なものは、この世に存在しないだろうから。
 カイならば、それこそ、自らの命をなげうってでも、カリーナだけは守り抜くだろう。
 一体、いつ頃からだろう。
 あの護衛官が王女にすっかりやられてしまったのは。
 もしかすると、はじめからかもしれない。
 いつものように王宮を抜け出したカリーナをルーディが迎えに行ってみれば、その横には戸惑いの色を浮かべるカイが寄り添っていた。
 戸惑いを浮かべつつも、その目に熱いものを感じ、ルーディはカリーナに請われるまま、その時にはまだ得体の知れなかったカイを王宮へお持ち帰りした。
 そう、あの時から、カリーナを見つめるカイの目には、特別な色が浮かんでいた。
 カイをはじめて目にした時のことを、ルーディはふと思い出し、妙に納得する。


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update:13/02/25