君は輝ける星(26)
カリーナ姫の野望

 ルーディが思わず二年と少し前のことへ思いをはせていると、開け放った窓の外から何やらにぎやかな声が聞こえてきた。
 静かに椅子に腰掛けていたエイパスの耳にも、ルーディと同様に騒ぎが飛び込んできた。
 二人はふと顔を見合わせうなずき合うと、思い立ったように窓へ歩み寄る。
 そしてそこから、窓の外――眼下をのぞき込む。
 同時に、その喧騒の正体を知ることとなった。
 もともと、騒ぎを起こす声にとても聞き覚えがあり、いや、聞き覚えどころではなく愛しさすら感じていたので、見ずとも正体などわかりきっていたのだけれど。また、だからこそ、わざわざ窓の外へ意識を向けたのだけれど。
「姫ー! 今日という今日は許しませんよ!」
「カイ、そう怒るな。そうかりかりしていると、護衛官長みたいにはげるぞ!」
 見れば、緑の垣根を器用にかきわけて、カリーナとカイがエイパスとルーディがいる窓辺へ駆けてきている。
 両腕を振りまわし怒りをあらわにし追いかけるカイへ振り返り、カリーナはあっかんべーと舌を出す。
 それを見て、エイパスもルーディも、よく舌をかまないものだと妙なところで感心する。
 ダリルが聞いていれば「まだはげていません!」と怒りをあらわに怒鳴るだろうことを大声で叫んでいるにもかかわらず、誰も――カイすらもさらっと無視して、とっても大切であろうそこは否定しない。
「誰がこれほど怒らせているんですか、誰が!」
「……ラルフか?」
「あなたですよ、あなた! 姫しかいないじゃないですか!」
「はて? 記憶にないなー」
 間違いなく全力疾走しているであろうに、相変わらず、カリーナもカイも息切れする様子はまったくない。
 まあ、このような状態は日常茶飯事なので、その辺りは鍛えられ当たり前となっているのだろう。――まったく誉められはしないけれど。
 そして、窓辺のこちらにも、日常茶飯事となっている光景がひとつ。
 緑の葉を髪に服にとくっつけ、辺りに飛び散らせ走るカリーナを、くすくす笑いながらエイパスが愛しそうに眺めている。
「いやあ、カリーナもカイもお馬鹿でかわいいなあ」
 うっとりと、それこそ愛してやまない恋人でも見るように、エイパスは目を細める。
 そこに、カリーナだけでなく、何故かカイの名まで含まれている辺りが他意を感じてならないけれど。
 同様においかけっこを全力で楽しむ二人を眺めながら、ルーディは呆れたような吐息をひとつ落とす。
「あなたに愛される者は大変ですね」
「あれ? わたしはお前も愛しているよ、ルーディ」
「……大迷惑です」
「遠慮せずに」
「していません」
「またまた。つれないねー」
 この上なく嫌そうに顔をゆがめ答えるルーディに、エイパスはにこにこと楽しげに言葉を重ねる。
 どうやら、エイパスは、ルーディとの掛け合いも、それはそれで気に入っているらしい。
 普段ひょうひょうとして人をくったところがあるルーディが、エイパスに対しては何故か不機嫌をあらわにする。
 もしかすると、同属嫌悪といったものかもしれない。
 エイパスもまたルーディと同様に、人が嫌がることをして楽しむことをこよなく愛し、趣味としているから。
 そこには、愛しくて仕方がない妹ですら含まれる。
 カイとともにからかえば、単品よりもより楽しめる。
 しかし、カリーナの場合、あまりからかいが過ぎると爆発して手がつけられなくなるので、引き際を見極めなければならない。
 何事もほどほどがいちばんということだろうか?
 またそれがぞくぞくとしたたまらない緊張感を生むので、ついくせになってしまう。
 気に入ったものほどからかって遊びたくなる。
 だから、エイパスは彼をよく知る一部の者に変態≠ニいわれるのだろうか。
「つれてなるものですか。……王子はなんだかわたしと同じ匂いがして嫌なのですけれどね」
 ルーディがうんざりした様子ではき捨てる。
 すると、エイパスはさらに楽しそうに目を細め、試すようにルーディを見やる。
「あらら、ふられたねー。同属嫌悪というものかな?」
 どうやら、本当に、同属嫌悪だったらしい。
 何しろ、エイパスにはとっても自覚があったようだから。
 ルーディは嫌そうにちらりとエイパスに視線を流す。
 そして、あてつけるように盛大にため息を吐き出した。
 けれど、かまわず、エイパスは楽しげにとどめをさす。
 すぐ横に控えるルーディへ、ずいっと上体を突き出す。
「けれど、覚悟しておいで。……逃がさないよ」
 エイパスはルーディの胸に人差し指をつけ、つんと押す。
 即座に、その手をルーディが叩き落した。
 軽蔑するような冷め切った視線をエイパスへ向ける。
「そういうことは、意中の女性に言ってください。さっぱりときめきません」
「女性は苦手なんだ」
 エイパスはにっこり笑って、明らかに心にもないことをいけしゃあしゃあと言い放つ。
 エイパスをじとりと見て、ルーディは再びこれみよがしに大きくため息をもらした。
「これだから、この王子は……っ」
 そして、憎らしげに体の横で拳を握りしめはき捨てる。
 普段は好きなように人を食うルーディだけれど、どうにも相手がエイパスだとうまくいかない。
 むしろ、ルーディが食われがちというのだから、これほど腹立たしいものはないだろう。
 この王太子にかかれば、ある意味王宮中の者から恐れられるルーディですらかたなしなのだから。
 しかし、それを認めてやるほど、ルーディは素直ではない。
 自らの不利な戦況を誤魔化すように、ごほんとひとつ咳払いをする。
 そして、いつもの余裕たっぷりの表情をつくってみせる。
「ところで、王子、ほどほどにしてあげてください。この分だと、カイが完全にやさぐれてしまいますよ」
「いやー、だってほら、カイの反応が面白くて、つい」
「それはまあ、その通りですが」
 どうやら、エイパスも遊びもそろそろ頃合だと判断したらしく、ルーディの意図をくみ何事もなかったようににっこり笑う。
 すると、ルーディもにやりと笑った。
 エイパスは軽く拳を握り、それをぽんとルーディの胸に打ちつける。
「ルーディ、お前も悪い男だなあ」
「いやいや、王子ほどではありませんよ」
 ルーディはほがらかに笑ってみせた。
 さりげなく、触れたエイパスの拳を払いのける。
 払われた手を反対の手で恨めしげにさすりながら、けれどその目にたっぷりのいたずら心をにじませ、エイパスはにっと口の端を上げる。
「ところで、冗談はさておき、あの二人はどこまでいった?」
「まだ王都からでたことはありません」
 表情を変えることなく、ルーディはさらりと答える。
 どこか不満そうに、エイパスが唇をとがらせる。
「なんだ、カイの奴、だらしがないなあ」
「へたれですからね」
「ああ本当、手のつけようがないへたれだなあ」
 ルーディのけろりとした返答に一瞬目を丸くし、けれど次にはエイパスは楽しそうにくくくと笑っていた。
 どうやら、あののらりくらりと遠回りばかりしている、誰が見ても両思いだと明らかな二人を、からかいつつも微笑ましく、そしてじれったく思っているのだろう。
 もちろんいちばんは、不器用な二人の様子を見て楽しんでいるようだけれど。
 兄としては面白くなくもあるので、同時にいかに二人を、とりわけカイをいじって邪魔してやろうかと、悪い思惑もふと頭をよぎる。
 それを正確に見てとり、ルーディはわずかに眉の端を持ち上げた。
 もちろん、ルーディとしても、あののろまな二人をからかって遊ぶことはやぶさかでないが、同時にもどかしくもある。
 両思いならさっさとくっついてしまえ、うっとうしい、という意味で。
 そして、少なからず憎くは思っていないカリーナの幸せも、不本意ながら願っている。
 兄王子が究極の変態であることも理解しているので、エイパスの不幸もつい同時に願う。
 ルーディとしては、至極複雑な思いなのだろう。
 遊びを優先すべきか、それともカリーナの幸せを優先すべきか、実にゆゆしき問題。激しく葛藤しているのだろう。
 ……ルーディにはあり得ないことだけれど。


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update:13/03/01