君は輝ける星(28)
カリーナ姫の野望

 あくる日のまだ太陽が昇りきらない頃。
 東の空が白みはじめ、早朝の少し冷たい風が頬をなでていく。
 王宮がようやく目覚めの時を迎え、活動をはじめようとしている時分。
 もちろん、そのような時刻に、この国のわがままな王女が起床を迎えるはずがいない。
 起こしにいかなければ、いつまでも惰眠をむさぼるような、寝汚い姫君であるのだから。
 したがって、王女付護衛官は毎朝王女に目覚めの挨拶という名のたたき起こしを行わなければならない。
 寝起きが悪い王女のために、気の毒すぎて侍女にはまかせられない。
 王女の眠りを邪魔しようものなら、一体どのような暴言を浴びせられることか。下手をすれば、実力行使という名の限りなく本気に近い命の危機がある脅しまでかけられるだろう。
 今朝はそれでも、王女を早くに起こさなければならない理由がある。
 よって、今朝もまた、王女をたたき起こすために護衛官が一人、その程度では起きないと重々承知しつつも、寝室の扉をかるくたたく。
「姫、今日の件ですが、いいですか、くれぐれもおとなしく――」
 返事などないと確信しているため、そう言いながら、護衛官は扉を押し開けた。
 そして次にその光景を認め、自らの目を疑い見張る。
 瞬間、早朝の王宮中に響き渡らんばかりの大絶叫がもたらされた。
 まだ寝台の中で愛しい王妃を腕に抱き眠っていた国王も絶叫に驚き、びくりとその体を大きく震わせているだろう。
「ひーめー!! 逃げやがったなー!!」
 護衛官の雄叫びが王宮を支配するその頃、城の門を抜けたところで、その王女が自室がある奥の宮へ向けかわいげなく舌を出していた。
 そして、けけけと腹立たしい笑い声をもらしながら、城下へ向け意気揚々と駆けていく。
 どうやら、護衛官の嫌な予感が見事的中し、いやそれを上回り、王女は見事出し抜いていた。
 東の空から顔を見せた太陽が、あきれがちにまだゆるやかな明かりをエメラブルー王都エメラルディアに注ぐ。
 本日は、腹立たしいほどの青天に恵まれたらしい。


 王女王宮脱走事件が勃発してから二刻とたたない頃、顔を凄まじい怒りに染めた護衛官の姿が城下にあった。
 正しくは、王都近くの街道に。
 左右は緑の木々に囲まれて、遠くまで見通すことができない。
 仮に、その木々の陰から無頼の輩でも飛び出して来ようものなら、容易には逃げることはできないだろう。
 王都検問所からは少し離れているため、そこに控える王都守備官の姿は見えない。
 そう、ここはある意味、不逞を働くにはおあつらえ向きの場所といえないこともない。
 だからといって、もともと平和なエメラブルーであるし、街道も常に騎士たちが巡回しているので、危険はほぼない。あくまで、普段ならば。
 王都から三刻ほどのところに、それなりに拓けた街がある。
 王都の門が閉まる時刻までに王都入りが果たせないと判断した者たちは、その街で宿をとり、翌朝早くに王都入りすることが一般化している。
 そのため、すでに辺りには、ちらほらと、旅人らしい姿も見受けられる。
「姫、捕まえましたよ! 今回ばかりは、危険なので、城でおとなしくしておいてくださいとあれほど言ったでしょう! それが、抜け出してどうするんですか!!」
 その景色の中に溶け込むように、その姿があった。
 カイに首根っこをつかまれるカリーナの姿。
 どうやら、ここにきて、とうとう捕獲されてしまったらしい。
 まあ、たとえ王宮を抜け出したところで、本日カリーナが向かう先などひとつしかなかったのだから、捕獲も時間の問題だったけれど。
 そう、今日は例の日。
 盗賊討伐決行の日。
 事前の打ち合わせから、罠≠ヘこの街道にはっている。
 予定時刻近くになると、この辺りをそれとわからないように封鎖し、一般人への危険も排除する。
 これまでに、例の荷を積んだ荷馬車が、今日のこの時分にこの街道のこの辺りを通過するという噂を城下にばらまいていた。
 今カリーナとカイが立つこの場こそが、その実行場所。
「わたしを閉じ込めておけると思ったら大間違いなんだよ。それよりカイ、遅い」
 カリーナはカイの手を乱暴に振り払うと、いまいましげに一瞥する。
「あなたを起こしにいっていて遅くなったのですよ、まったく」
 怒りがおさまらないとばかりに震わせるカイの肩に、ぽんと手が置かれる。
「……おやおや、痴話喧嘩はそれくらいにして」
「痴話喧嘩じゃない!!」
 カイとともに遅れてやって来たルーディが呆れがちにゆるく首を振ると、カイが力いっぱい否定した。
 同時に、カリーナがどこか面白くなさそうにぷっくり頬をふくらませる。
 そこは、腹立たしくあっても、甘んじてルーディの言葉を受け入れて欲しかったのだろう。
 痴話喧嘩とは、なんとも素敵な響きではないか。
 カイの剣幕にもかまうことなく、ルーディはたんたんと続ける。
「はいはい、ほら、お目当ての荷が届いたようですよ」
 そう言ってルーディが向けた視線の先には、たしかに予定通りにやって来た荷馬車が見える。
 どうぞ襲ってくださいとばかりに、荷馬車の幌には、カーネギー薬店の紋がしっかり刻まれている。
 御者台で馬を操る御者の横には、エリオットの姿が見える。
 御者はどうやら、グレンが務めているらしい。
 他の使用人たちを計画のため危険に巻き込むことを避けた判断だろう。
 その姿を認めると、カリーナはそれまでのすねた様子が嘘のように、ぱっと顔をはなやがせた。……どことなく胡散臭く。
 どうやら、隣街まで荷馬車を迎えに行ったエリオットを、その恋人が待ちきれずに王都外の街道まで迎えに来たという脚本(シナリオ)らしい。
 多少不自然ではあるけれど、あれだけ仲睦まじい恋人を演出していたのだから、まあ理解できないことでもないだろう。
 御者台に座るエリオットが街道に立つカリーナの姿を見つけると、一瞬強張ったような顔をしたが、次には嬉しそうに顔をほころばせていた。
 そこが計画実行の場であると再認識すると同時に、自分の役割を思い出したのだろう。
 エリオットはあくまで、恋しさのあまり自分を迎えに来た愛しい恋人の姿を見つけて、驚きつつも喜ぶ姿を演じなければならない。
 荷馬車がカリーナたちの前で止まると同時に、エリオットは御者台から飛び降りた。
「どうしたの? もしかして、僕を迎えにきてくれたの?」
 顔をほころばせ、エリオットがカリーナへ歩み寄る。
 どこか台詞回しがぎこちないことは、気にしてはいけないだろう。
 これから盗賊を誘い込むというのだから、緊張しない方がおかしい。
「ああ、早く会いたくてな(盗賊どもに)」
 語尾に不穏なものをにじませながら、カリーナは得意げににっこり笑う。
 その変わらずのカリーナの不遜な態度に、エリオットはどこかほっとしたように微笑を浮かべた。
 計画にぬかりはないと言っても、はやり命がかかっているとあれば、不安でたまらないのだろう。
 けれど、そのような様子を見せないカリーナに、同時に信頼も寄せる。
 これほど自信に満ちた様子で振る舞えるなら、間違いないだろうと。
 カリーナの背に控えるカイとルーディもまた、エリオットを安心させるようにおだやかな笑みを浮かべている。


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update:13/03/20