君は輝ける星(29)
カリーナ姫の野望

 ふいに、カリーナ、カイ、ルーディの三人が、何かに気づいたようにぴくりと眉の端を動かした。
 そして、ルーディが口の端を楽しげに持ち上げる。
「どうやら、おいでなさったようですね」
「ルーディ、だから楽しむなって!」
 カイがぺしりとルーディの頭をはたくと同時に、左右を埋める緑の木々の間から、ばらばらと明らかに身なりが悪い男たちが飛び出してきた。
 それはさながら、山賊といった風体。
 二十はいるだろう、がたいだけはしっかりした粗野な男たちが、手に手に得物を持ち、荷馬車と、そしてカリーナたちをざっと取り囲む。
 そして、そのなかの首領らしきひときわ目つきが悪い男が口を開く。
「カーネギー薬店の荷馬車だな。命が惜しければ、それを置いてとっとと立ち去れ」
 刃がところどころ欠けた一般のものよりは少し大きめの剣をつきつけ、大声で怒鳴る。
 あちらこちらに、何かの返り血だろうか、不気味なしみまでしみついている。
 たしかに、これまで強盗にあった被害者のなかには負傷した者もいた。
 幸い、命だけは誰も落としてはいないようだけれど。
 男たちが持つ得物はどれも、いかにも切れ味が悪そうなものばかりなので、いまいましくもそれも納得する。
 得物すらまともに手入れせず、さらにいかにもな形をしてうろつくなど愚かにもほどがある。
 まあ、その愚か者をこれまで捕えられずにいた王都守備官はさらに愚かだけれど。
 視線だけでぐるりと辺りを見まわし、盗賊どもが出揃ったことを確認すると、カリーナは勢いよく衣装の裾をびりっと破り捨てた。
「よし、いっちょやってやるか!」
「姫ー!!」
 同時に、カイの悲鳴に満ちた絶叫がその場にとどろいたことは言うまでもない。
 カリーナに破られた衣装の布切れが初夏の早朝の風にのり、カイの目の前をはらりとゆれ飛んで行く。
 そして、はたりと、その足元に落ちた。
 カイの目の前には、膝の少し上まで破られた衣装をまとうカリーナが得意げに立っている。
 どうやら、カリーナも戦う気まんまんで、そして戦うために長い裾が邪魔だと判断したのだろう。
 だからといって、ためらいなく破いてしまうとは……。
 カイは思わず世を儚み、高く澄み切った空に視線を馳せる。
 あらわになったカイにとっては艶かしいカリーナの足の内側には、しっかりと隠し持っている剣が見てとれる。
 カリーナはそれをするりと抜き放ち、嬉々としてかまえる。
 いよいよカイは果てしない疲労に襲われる。
 いつもいつもむちゃくちゃだけれど、ここまでぶっ飛んでいるのははじめてかもしれない。
 カリーナの暴挙を見た盗賊たちは、はやし立てるようにひゅうと口笛を吹き、にたにたといやらしい目で眺めている。
 その視線から隠すように、カイがすっとカリーナの前に身を滑り込ませる。
 その目は、「駆除。問答無用でこいつらすべて駆除。惨殺してくれる」と不気味な色をたたえている。
 ルーディもさすがに今回は呆れずにいられなかったのか、はあと盛大なため息をもらしている。
 エリオットとグレンはちらちらとカリーナを見つつ、その顔を真っ赤にそめてうろたえている。
 今回ばかりは、さすがにやりすぎだろう。何も服を破く必要はどこにもないのだから。
 まあ、カリーナに言わせると「気分だ!」とでも当たり前のように言い放つのだろうけれど。
 カリーナの暴走によって、その場がどうにも微妙な空気に支配された時だった。
 その空気を気にした様子なくぶち壊すがごとく、のんびりとした声が、取り囲む盗賊の向こうから聞こえてきた。
「やあ、待たせたね」
 その声の方へ視線を向ければ、背に守備官五十人ほどを従えたエイパスが、街道の王都側からのんびり歩み寄ってきている。
 そのなかには、ラルフたち王都守備官第五部隊の姿もある。
 死神ラルフがいれば、この場は圧勝だろう。
 彼が通った後は死体の山が築かれ、血の海が広がっていると、まことしやかにうたわれるほどの剣豪なのだから。
 実際には、戦争などといった無粋なものがないこの世界なので、そのような光景が存在したことなどないけれど。
 ただ、犯罪者相手には一切手加減などせず容赦なく叩き潰すその闘いぶりから、そう言われているだけ。
 過去には、ラルフを前にした悪党どもがその場に土下座して泣いて許しを乞うたという事実がある。
「王子、遅いです」
「兄様ののろま!」
 ふふふと得意げに笑うエイパスに向け、容赦なくルーディとカリーナの暴言が浴びせられる。
 その楽しげににやにや笑う顔が腹立たしく、何か一言いってやらねば気がすまないといったところなのだろう。
「へえ、そのようなことを言ってもいいのかな? 人がせっかく援軍をつれてきてやったのに」
 エイパスはあからさまに不機嫌、すねたと顔にはりつけて、ぷうと頬をふくらませる。
 ルーディだけならまだしも、かわいいカリーナに暴言をはかれたことが、よほど面白くないのだろう。
 ぷいっとそっぽを向いて、そのまま守備官たちをつれ、王都へ引き返しそうな勢いすらある。
「そもそも、約束の時間に間に合わない兄様が悪い!」
 カリーナがすねるエイパスにびしっと人差し指をつきつけ、きっぱり言い放つ。
「だって仕方がないだろう。急にお前たちが予定を変えるのだから」
「言い訳はいいので、さっさと加勢してください」
「……ちっ。わかったよ」
 ぶうぶうすねるエイパスに、容赦なくルーディの一言がつきささる。
 するとさすがにルーディ相手では分が悪いとでも思ったのか、それとも無駄な言い合いが長引くのも面倒と判断したのか、エイパスは舌打ちとともに半ばなげやりに言い放った。
 この期に及んで、どうにも緊張感に欠ける面々であることには変わりないけれど。
 たしかに、予定では、決行はもう少し後になるはずだった。
 けれど、カリーナの「それまで待っていられん!」とうきうき言い放つ言葉と、ルーディの「まあ、たしかに、人通りが多くなる前に片づけてしまった方が面倒が少なくていいかもしれませんね」という言葉によって、このようなようやく陽が昇った早朝となった。
 しかもそれをエイパスが知らされたのが、カイとルーディがカリーナを追いかけて王宮を出る時というのだから如何ともしがたい。
 もちろん、予定変更は前日のうちにエリオットたちには知らされていた。
 そして、その変更を盗賊たちがつかめたことは、ある意味奇跡と言えるかもしれない。
 いや、逆に、その予定変更こそが、盗賊たちに信憑性を与えたのかもしれない。それほど、辺りを警戒しているという誤解を与えたのだろう。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:13/03/20