君は輝ける星(31)
カリーナ姫の野望

 戦闘が再開され、そう時を要さずして、その場はすっかり納められた。もちろん、守備官たちの圧倒的な勝利によって。
 すっかり盗賊たちを打ち負かし、守備官たちが縄をかけていく。
 そして、そのまま王都へ連行する準備をはじめる。
 少々荒れてしまったこの場を整える者もいれば、街道封鎖解除の伝令のため駆けていく者もいる。
 そのようななかでも、先ほどの思わぬ伏兵の件もあるので、まわりへの警戒も怠らず見張りも置いている。
 それを一通り見てうなずくと、カリーナはようやくといった様子で、先ほどまでの戦闘のために呆然となっているエリオットに声をかけた。
「エリオット、大事な荷とやらは大丈夫か?」
「は、はい。今たしかめます」
 エリオットははっとして大きく体を震わせると、慌ててうなずいた。
 そして、弾かれたように、幌をあけ荷馬車の中をのぞきこむ。
 たしかに戦闘中も荷馬車はしっかり守られていたが、もしもということもある。
 ごそごそと荷のひとつをあさっていたかと思うと、すぐにエリオットは肩の力を抜き安堵の声をもらす。
「よかった、無事だ……」
「それは、プルレインか?」
 エリオットの横からその手もとをのぞき込み、カリーナが首をかしげる。
 いきなり耳のすぐ横でしたカリーナの声にびくりと肩を震わせ、エリオットは慌てて振り返る。
 すると、すぐ目の前に興味深そうに目をしばたたかせるカリーナの顔が迫り、エリオットはさらにわたわた慌てる。
 その顔が真っ赤にそまっている。
「え? ああ、はい。よく知っていますね」
 弾む心臓をなだめすかすように胸に手をあて、エリオットは平静を装ってうなずく。
「まあな」
「なるほど、それならばたしかに、用心棒を雇いたくもなりますね」 
 さらりと答えるカリーナの横からさらにルーディが荷をのぞきこみ、納得したように大きくうなずいた。
 ルーディの姿を認めると、あれほどばくばく弾んでいたエリオットの心臓は、ぱたりと落ち着きを取り戻す。
 あのままではカリーナとの至近距離には耐えられなかったけれど、そこに第三者が入ってきて、急に冷静を取り戻したのだろう。
 エリオットはまっすぐにルーディを見て、静かに自嘲のような笑みを浮かべた。
「サルビス通りの施療院から注文を受けていたんです。ようやく手に入ったものですから……」
 最期の時を苦しめずに逝かせてやれる。
 言葉にはならなかったけれど、ルーディを見るエリオットの目がそう語っている。
 ルーディもすべて心得たように、ただ静かにエリオットを見返した。
 ――プルレイン。
 それは、幻の悪魔の薬といわれる、この世でいちばん危険な麻薬。
 しかし、同時に、医者に匙を投げられた患者の最後の救いともなる慈悲の薬。
 森の都セントレオナールの谷の底でしか栽培できない植物で、希少で価値も高い。
 とても高価な薬で、秘薬とも言われている。
 そのために、滅多に流通せず、手に入れることが難しい。
 エリオットが言っていた大切な薬とは、間違いなくこれのことだろう。
 これならば、イリスを持ち出さずとも、十分盗賊どもの気をひけただろう。
 まあ、たとえ知っていても、プルレインを噂に乗せはしなかっただろうけれど。
 どうにも、軽々しく利用する気にはなれなかっただろうから。
 そして、盗賊だけでなく他のもっとたちが悪い輩をひきつけることになったかもしれないから。
 そう思えば、エリオットが最後まで大事な荷とやらをにごしていたこともうなずける。
 さすがのカリーナもエリオットの言葉を聞き思わずしんみりしてしまうと、カイがするりと寄り添い、慰めるようにその頭をぽんぽんとなでた。
 ちらりと視線を上げると、カイが優しい笑みをたたえカリーナを見つめている。
 どこか寒さを覚えていたカリーナの胸が、ほんわり暖かくなる。
 カリーナはそれを誤魔化すように、えへへと笑いをもらした。
 そして、気を取り直して荷馬車から離れようとした時だった。
「おい、カイ、ルーディ。こちらへきて処理を手伝え」
 いつもの様子からは想像できないほど真面目に、守備官たちに的確に指示を出していくラルフの横で、それを見ていたエイパスの声がかかった。
 どうやら、ラルフも状況に応じて、しっかり隊長≠こなすらしい。
 エイパスの声に弾かれたようにカイがカリーナから離れ、慌てて返事をする。
「あ、は、はい。ただいま!」
「えー、面倒ですねー」
 しかし、ルーディは討伐も終わったことだしこれ以上働きたくないとばかりに、だらりと肩を落とす。
 恨めしげに、ちろりとエイパスに視線を流したかと思うと、ぷいっとそっぽを向く。
「ほら、文句を言っていないで、行くぞ、ルーディ」
 ルーディの首根っこをつかみ、カイは容赦なくエイパスのもとへ引っ立てていく。
 カイ自身も、カリーナのもとから離れることも、ましてやエイパスの手伝いをすることも気が乗らない。
 しかしまあ、もとはカリーナが首を突っ込んだ事件でもあるし、エイパスも守備官を連れて協力したので、今回ばかりは渋々ではあるが、エイパスに従わないこともないといったふうでもある。
 カイの手をさらりと自らの首根っこから解き取ると、ルーディはやれやれといった様子で仕方なくエイパスのもとへ歩いていく。
 その横をカイも呆れたように歩いていく。
「……ルーディ、先ほど、王子は姫ではなくわたしを助けたような気がするのだけれど、気のせいか?」
 ふと、前方のエイパスの目を盗むように、カイがささやいた。
 するとルーディはぴくりとわずかに反応を見せ、けれど何事もないふうを装い、カイにだけ聞こえる声で答える。
「さあ、どうでしょうねえ? わたしにはわかりません」
「おい、ルーディ、お前もしかして……!?」
 カイは思わずぎょっとして、ルーディを見つめる。
 けれど、ルーディはちらりとすらカイに視線を向けることなく、さらりと告げた。
「まさか、とんでもない」
「そうか、ではやはり……」
 どうやらからかっていそうにもないルーディの様子に、カイは悔しげに唇をかむ。
 そのようなカイの様子にルーディは微苦笑をもらし、ぽんとその背をたたいた。
「まあ、安心してください、レオン様。あなたのことを知っているのは、エイパス王子とわたしくらいですよ」
「……くっ。最悪だ」
 さらりともたらされたルーディの爆弾発言に、カイは今度こそ肩を落とした。
 握り締めた拳が、何の感情のためにか、ふるふる震えている。
 どうやら、ルーディの言葉を信じるならば、ルーディとエイパス、それぞれにレオン≠フことを知られているらしい。
 まあ、それぞれにある意味たちが悪く優秀な男たちなので、カイの本当≠突き止めるくらい容易くしてのけるのだろうけれど。
 そして、それを知っていてなお、素知らぬふりをしてカイを自由にし、楽しんでいるのだろう。
 もちろん、こっそりカリーナにそれ°ウえることすらなく、カリーナとカイ、二人が悩み苦しみうろたえる姿を見て、さらに楽しく笑い飛ばしているのだろう。
 本当にカリーナのまわりをかためる男たちは、油断ならない。
 そして、やはり最悪。こんなに厄介なことはない。
 ルーディの言いようでは、エイパスもまたカイの正体に気づいていると思って間違いない。
 ならば、あの月の夜にエイパスがカイに言ったことは……。
 カイの心を確認するため?
 何しろ、エイパスはカイの本当≠知っているというのだから。
 では、あれは、カイをけしかけていたのではなく、牽制だったのだろうか。
 カリーナの幸せのために、覇王(カイ)にだけはカリーナを託せない。だから、カリーナから手をひけと……。
 しかし、だからといって簡単に諦められるほど、カイの気持ちは易いものではない。
 エイパスがそう出るというのなら、カイもそれなりの対応をとるだけ。
 カイにとってカリーナは何ものにも代え難い、何を差し置いても唯一手に入れたいものだから。
 それを手に入れるためならば、手段は選ばない。
 ただ、肝心なところでへたれだから、いまだそれに及べていないだけで。
 そしてこれからは……嗚呼、果てしなく自信がない。
 なんだかんだと最後には、カリーナの笑顔を優先して、カイはやられっぱなしになりそうで仕方がない。
 まあ、それはそれで、カイにとっては幸せでないこともないので、やはりこのままずるずるとどっちつかずの状況が続いていくのだろうか?
 そろそろ、カイも本腰を入れなければいけない時に来ていることは間違いないだろうが。
 このままいけば、エイパスに邪魔され続けるに違いないだろう。


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update:13/04/04