君は輝ける星(32)
カリーナ姫の野望

 一人もんもんと考え込むカイのわき腹を肘でつんとつき、ルーディは自身へ意識を向けさせる。
「……ところで、気づいていましたか? 奴らの目的はあなたでしたよ」
 ――覇王。
 声には出さずとも、ちらりと横目で見たルーディの目がそう告げている。
 カイはかるく舌打ちをする。
 それはすなわち、カイもまた気づいていたということだろう。
「まったく、一体どこから情報がもれたのでしょうね? エメラブルーであなたに何かあれば国の一大事。まったく、迷惑な」
 ため息まじりに、言葉通り迷惑きわまりないとルーディは顔をゆがめる。
「まあ、それもあと一、二年の話でしょうけれどね」
 かと思うと、ちらりとカイを見てにやりと笑った。
 カイは怪訝に眉根を寄せる。
「どういうことだ?」
「姫ももう十八、普通ならばどこかの王族か貴族に嫁いでいてもおかしくない年齢です」
 不機嫌なカイを気にすることなく、ルーディは至極当たり前といったようにさらっともたらした。
 今までそこに思い至らなかったとでもいうのか、カイは衝撃を受けたように苦しげに顔をゆがめる。
 そして、ルーディがついにとどめをさした。
「そろそろ覚悟を決めなさい」
「……くそっ!」
 カイははき捨てると、そのままルーディを置いて、ずかずかとエイパスに歩み寄る。
 その後ろ姿を肩をすくめ眺めながら、ルーディもゆっくり歩みを進める。
 その先では、エイパスが「お前たち遅い、さっさと来い!」ととてもご立腹でいる。
 けれどかまわず、ルーディはあくまで自分の歩調を貫き、のんびりとした笑みを浮かべるにとどめる。
 カイとルーディがエイパスのもとへ向かった後、カリーナはてきぱきと盗賊を連行していく守備官たちをぼんやり眺めていた。
 ここまで片づいてしまえば、もうカリーナが手を出す場面はなく、仕方なく荷馬車のもとにとどまっている。
 エリオットもまたグレンとともに、あらためた荷を再び元に戻し、許可さえ下りればすぐにでも王都へ向けて出発できる態勢を整えている。
 ただ一人そこにぽつんと取り残されたようにたたずむカリーナに気づき、エリオットがおずおずと声をかける。
「カリーナさん、あなたは――」
「姫」
 エリオットが最後まで発しないうちに、その言葉によって遮られた。
 はっとして前方を見れば、優しげに微笑み歩み寄るカイの姿がある。
 その目には、すぐ横にいるエリオットの姿もグレンの姿も入っておらず、ただまっすぐに求めるようにカリーナだけを映している。
 それまでどこかぼんやりとしていたカリーナがはじかれたように顔をはなやがせ、歩み寄るカイにぱっと両腕をのばす。
「片づいたのか?」
 カリーナはカイを見上げそう問うと、そのままぽすんとその胸に飛び込んだ。
 カイも当たり前のようにカリーナを受け止め、そっとその両腕に包み込む。
「ええ、エイパス王子がお呼びです。そろそろ帰りましょう」
「ああ、わかった」
 ぽすぽすとカリーナの頭をなでるカイに、カリーナは大きくうなずいた。
 そして、えへへと笑いカイの胸に一度頬をすり寄せると、そのままぱっと放れた。
 その二人の様子にどこか苦しげに瞳をゆらめかせながらも、エリオットは意を決したように声をかける。
「カリーナさん……いえ、カリーナ姫。あなたは……」
 ためらいがちにかけられた声に振り返り、カリーナはどこかばつが悪そうに眉尻をさげた。
 カリーナの目の前には、不安げな表情を顔にはりつけたエリオットが立っている。
 そのすぐ背には見守るようにグレンが控えている。
 二人の様子に気づき、カリーナは微苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
「どうやら、ばれてしまったようだな、この朴念仁のせいで。つまらん」
 カリーナがどんとカイの胸を打つと、その顔から瞬時に色が失われた。
 やってしまったとばかりに、カイが声にならない悲鳴をあげる。
 カイは先ほど、カリーナを姫と呼んでしまっていたことにようやく気づいたのだろう。
 まあ、それでなくとも、守備官たちとともに現れた時、ルーディが王子と呼ぶエイパスをカリーナが兄様と呼んでいた時点で、気づく者は気づいていただろうけれど。
 カリーナがしっかりと自ら王女であると認めると、エリオットは勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした。知らなかったとはいえ、とんだ失礼を……!」
 そのあまりもの勢いにカリーナは一瞬気おされたように目を見開くが、すぐにいたずらを楽しむようににっと笑みを浮かべた。
 頭を下げ体を強張らせるエリオットの肩を、ぽんとたたく。
「何をあらたまっている。わたしたちは友達だろう?」
「……え?」
 エリオットは戸惑いがちに、ゆるりと顔をあげる。
 そして再び、慌てて頭をさげた。
 その様子にやれやれと肩をすくめ、カリーナは半ば強引にエリオットの顔をあげさせる。
 そして、のぞき込むようにまっすぐエリオットを見つめる。
「ん? 違うのか?」
 ためらいがちに、けれどエリオットは嬉しそうにその目を細めると、ふるると首をふる。
 そして、しっかりうなずいた。
「いいえ、違いません」
「ならば、今まで通りでいいんだよ」
 カリーナは満足げにくすりと笑う。
 そう、王女であることを黙っていたのはカリーナであるのだから、エリオットが畏まる必要はない。
 そして、盗賊討伐という同じ志のもと、ともに過ごした二週間の間に、カリーナとエリオットはたしかに友達になっていた。
 少なくともカリーナはそう思っている。
 そして、エリオットもカリーナを友達と認めたのだから、それで十分だろう。
 間抜け護衛官のせいで王女であることがばれてしまったけれど、そうでなければ、カリーナはきっとこれからも、エリオットに王女であることを伝えることはなかっただろう。
 何しろ、カリーナはそれを必要とは感じていないのだから。
 友達であるのに、王女だとか平民だとかは、エメラブルー王女にはまったく関係がない。
 気に入れば友達になる、ただそれだけ。


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update:13/04/11