君は輝ける星(33)
カリーナ姫の野望

 ぽふぽふと再びエリオットの肩をたたき、カリーナはすっと身をはなす。
 そして、カイにくるりと振り返り、からかうようににたりと笑む。
「それじゃあ、カイが泣いて頼んでいることだし、仕方がないから帰るか」
「いや、泣いていませんから」
 うんざり気味にカイが答えると、カリーナはべしっとその胸を打ちつける。
「うるさい、わたしが泣いていると言ったら泣いているんだ」
「そんなむちゃくちゃな」
 カイがはあと盛大にため息をもらすと、その背にたしなめるようにルーディが声をかけた。
 どうやら、ルーディもいつの間にかやって来ていたらしい。
 恐らく、いつまでたっても動こうとしないカリーナとカイに業を煮やしたエイパスが、ルーディを迎えに寄越したのだろう。
「カイ、ここはさからっては損ですよ、せっかく姫が帰る気になっているのですから。この機会を逃せば厄介です」
「……くっ。仕方ない」
 カイが渋々うなずくと、ルーディは満足げににっこり笑う。
 そして、カリーナを促すようにすっと手を差し出す。
 その手をちらりと見て、カリーナは荷馬車の元でまっすぐ視線を向けるエリオットへ向け、大きく腕を振る。
「じゃあな、エリオット。また遊ぼうな!」
「遊ぼうって、姫……カリーナさんにとっては、これも遊びなのですか?」
 にっかり笑うカリーナに、エリオットは思わずそう問いかけていた。
 盗賊討伐を遊びと言ってのけるのだから、言い返さずにはいられないだろう。
 けれど、カリーナは何故そう問われたのか心底わかっていない様子で、不思議そうにこてんと首をかしげた。
「おう、遊びだが?」
「……カリーナさんらしいですね」
「ははは、だろう?」
 エリオットが諦めたようにがっくり肩を落とすと、カリーナは得意げに笑ってみせる。
 そして、今度こそ「じゃあ、またな」と手をふりふりして、エリオットに背を向ける。
 カリーナがまっすぐに向かった先では、カイが何故か目を吊り上げてカリーナを見ていた。
「姫、お遊びは当分の間禁止です! 護衛官長にくどくどとお説教をしてもらいますからね!」
 カリーナがやって来るとともにカイはすぐさまそう言い放ち、ひょいっとその首根っこをとらえる。
 これにて、カリーナ捕獲完了。
 このまますたこらさっさと逃げ出さないようにしっかり捕える。
 けれど、カリーナは捕獲されながらも怯むことなく、カイにくってかかる。
「はあ!? わたしにいやがらせをする気か!? カイのくせに生意気だぞ!」
「生意気でけっこう。今度という今度は許しませんよ。あれほど勝手な行動はするなと、城で待っていろと言ったのに、城を抜け出すだなんて! まったく、あなたという人は、ご自分の――」
「ええいっ、うるさい! お前も護衛官長のようにはげればいいんだ!」
「姫!!」
 ぎゃんぎゃんわめき騒ぎながら、カリーナはカイに捕えられたまま、にこにこ笑顔で待ち受けるエイパスのもとへ連行されていく。
 その様子をやれやれといった様子でその場に残り見送っていたルーディが、ふと気づいたようにエリオットとグレンへ向き直った。
「黙っていて申し訳ありませんでした。決して悪気があったわけではないのです。この件に関しては、早急な解決のため極秘にすすめたかったものですから……」
 いつになく真摯に、ルーディが頭を下げる。
 これまでのルーディのひょうひょうとした様を知っているだけに、エリオットもグレンを面食らったように目を見開く。
 けれどすぐに、これが本来のルーディの姿なのだろうと納得し、ふるりと首を振りそれを振り払う。
 そして、まっすぐにルーディに向き合う。
「大丈夫ですよ、理解はできます。あまり事を大きくしても余計に厄介ですからね」
「ご理解感謝します。ご協力いただきありがとうございました。この件についてのお詫びとお礼は、また改めて致します」
 おだやかに告げるエリオットに、ルーディはふわりと優しげに微笑む。
 そして、エリオットとグレンに一礼すると、ルーディもまたぎゃあぎゃあ騒ぐカリーナとカイを追いかけてその場を去ってく。
 相変わらず向こうでは、とてもにぎやかに低次元の会話が繰り広げられている。
 それを、守備官たちも慣れた様子で、生ぬるく見守っている。
 まあ、この場にいる守備官のほとんどは第五部隊所属なのだから、それは至極当然の反応だろう。
 ――王都守備官第五部隊、またの名をカリーナの(いたずらのための)私兵。そのような不名誉な異名を持つ風変わりな者たち。
「ところで姫、姫にはこんこんとお話したいことがあります」
「うるさい。誰がカイの説教など聞くか。カイのくせに生意気だぞ」
 首根っこをつかまれぶらんぶらん揺れながら、カリーナは両手で両耳をおさえる。
 けれどカイはかまわずに、くどくどと説教を続ける。
「ですから、生意気でけっこうと言っているでしょう。いいですか、姫は――」
「あー、聞こえない。聞こえないったら、聞こえなーい!」
「姫ー!!」
 ついには耐え切れず叫びだしてしまったカリーナに対抗するように、カイもまた街道に響き渡らんばかりの雄叫びを上げた。
 カイの声に驚いたのだろう、同時に、周りの木々にとまっていただろう鳥たちが、一斉にばさばさと羽音を立て青い空へ飛び立った。
 その様子を複雑な笑みを浮かべ見送りながら、エリオットが誰に聞かせるでもなくぽつりつぶやいた。
「まさか、カリーナさんがあの王女だったなんて……」
 エメラブルーでは一般的な女性の名なので、カリーナと聞いても王女とは結びつかなかったのだろう。
 何より、王女が平然と城下を歩きまわるなど誰が思うだろうか。
 エリオットは何かを吹っ切るように、ふるふる首を振る。
「でもそうか。噂とは随分違ったけれど、確かにエイパス王子が溺愛するのもわかるな。あれほどきらきら輝く星のような女性ははじめてだよ」
 エリオットが再び、ぽつりひとりごちる。
 すると、その背が優しくなでられた。
「ぼっちゃま、残念でしたね」
 エリオットはその言葉に反応しびくりと体を震わせ、声の主を凝視する。
 見れば、すぐ横で、グレンが見守るような穏やかな光を宿した目でエリオットを見ていた。
 グレンが言わんとしていることを、不本意にも正確に理解してしまい、エリオットは悔しげにきゅっと唇を噛む。
 そして、うろたえつつも一気に叫ぶ。
「なっ!? じ、じい!? そ、そんなんじゃないよっ!」
「そうですか、それはすみません」
「じい、にやけているよ!」
 まったく取り合わないグレンに、エリオットはただ力まかせに、羞恥を誤魔化すために叫ぶしかなかった。
 エリオットの胸にほんのり生まれはじめた感情は、カリーナが王女とわかった瞬間、実にあっさり散り落ちた。
 それを決定付けたのは、カイに呼びかけられた時のあの幸せそうなカリーナの顔。
 そして、その後、ののしりあいながらもその掛け合いを楽しむカリーナの生き生きとした姿。
 あのようなものを見せつけられては、たとえカリーナが王女でなくとも、エリオットには希望などないだろう。
 そう、まだ生まれはじめたばかりの小さな思いだから、すぐに諦められるだろう。
 そして、カリーナが望むとおり、エリオットはカリーナのよき友人としてこれからの時を過ごそう。
 そう決意し、エリオットは荷馬車の御者台へ乗り込む。
 その早々に吹っ切れた様子のエリオットに、グレンは見守るような視線を向け、ゆっくりと御者台へ歩み寄る。
 今回、エリオットのもとへ落ちてきたひときわ美しく輝く星は、まるで彗星のように華やかで慌しい星だった。
 かの姫君は、まさに輝ける星。


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update:13/04/17