君は輝ける星(34)
カリーナ姫の野望

 黄昏時。
 エメラブルーの王宮にも王都にも、等しく赤い光が降り注がれている。
 そう時を要さずに、茜色の世界は次第に紫色へ変化し、そして最後には満天に星をたたえた闇色の空に支配されるだろう。
 夕刻となり、そろそろ一日の仕事を終えた官吏たちがいそいそと家路へつく姿を横目に、カリーナは私室がある奥の宮へようやく戻ることができた。
 昼前には街道を去り、太陽が真上に差しかかろうという頃には王宮へ戻ってきた。
 しかし、その後がそれはそれはもう、カリーナにとっては悲惨だった。地獄だった。
 昼食抜きで半日は続いただろう護衛官長のお説教からようやく解放され、自室に入るなりぼふりと長椅子に倒れこむ。
 そのまま行儀悪くべちょりと仰向けに寝転がる。
 背にはふかふかの長椅子、そして見上げる先は華やかな彫刻が彫り込まれた白い天井。
 窓掛けを開け放った窓から注ぎ込む陽光だけがこの部屋に明かりをもたらし、夕暮れ色に染めている。
 カリーナに続き部屋に入ってきたカイが、寝転がる姿を認め非難がましく顔をひそめる。
 けれど、どうやら今日はそれだけで、これといって小言が降り注ぐことはない。
 まあ、カイもカリーナの横で護衛官長のこんこんともたらすお説教を聞いていたので、これ以上カリーナを追い込むのもかわいそうだと思ったのだろう。
 いや、これ以上追い込むと、間違いなく暴れる。
 そして、王宮中に迷惑をばらまく。
 まだ、王の胸像を破壊する程度ならいいだろう。
 下手をすれば、今回ばかりは怪我人がでるかもしれない。
 それを恐れ、渋々口をつぐむ。
 ルーディはカリーナたちとともに王宮に戻るとすぐに、待ち構えていたルーファスに引っ張っていかれ、今回の事後処理と事後報告に今もまだかかりきりになっているだろう。
 そう、にっこり笑って、拷問よりもさらに残虐な方法で。精神的に再起不能に追い込むように。捕えた盗賊たち相手に。
 事後処理の中でも、とりわけ尋問を嬉々として行っているに違いない。
 そう考えると、ルーディはルーディで楽しくやっているのだろう。……想像したくもないが。
 捕えた盗賊の中の六人ほどが、連行中、または牢で自ら命を絶ったらしい。
 その六人ともが、ひと段落がついたと思ったすきをつき、後から襲い掛かってきた者だという。
 果たして、これの意味するところは……?
 その点に関しては、ルーディは不機嫌かもしれない。
 何とも後味が悪い終わり方になってしまった。
 その事実はカリーナには伝えられていないが、恐らく薄々は気づいているだろう。
 カリーナもまた、二度目の襲撃を訝っていたようだから。
「姫、お説教お疲れ様です」
 長椅子に力なく寝転がるカリーナを見下ろし、カイはにっこり微笑みかける。
 カリーナがじっとりと、のぞき込むカイを恨めしげに見上げる。
「……嫌味か?」
「とんでもない」
 カイが清々しく微笑んですぐさま否定すると、カリーナはばっと上体を起こし怒鳴る。
「カイのくせに生意気だぞ!」
 そして、今にもぎりぎりと歯軋りが聞こえんばかりに、カイをいまいましげににらみつける。
 お説教お疲れ様など、嫌味以外の何ものでもあるはずがない。
 帰城中ずっとカイの小言が打ち乱れ、そして帰ってきたと思えばすぐさまダリルに連行されやっぱり説教三昧。
 これが、カリーナへの嫌がらせでなければ何だというのだろう。
 そして、それを楽しむふうさえあるカイの何と憎らしいことか。カイのくせに生意気。
「まあ、いい。お前もここに座れ」
 自らの気持ちを落ち着けるようにふうと長い息を吐き出すと、カリーナは座っているすぐ横の長椅子をぽんぽんとたたいて示す。
 それを見て、カイはぶるんぶるんと勢いよく首を振る。
 いささか顔色が悪いような気もする。
「それこそとんでもない。わたしは護衛官ですよ」
「わたしが座れと言っているんだ。いいから座れ。命令だ」
「まったく……」
 抵抗むなしく、カイはすぐに観念し、ふるりと首を振った。
 そして、ためらいがちにおずおずと一歩足をすすめる。
 すると、それを見逃さず、カリーナはにっと笑うとカイの腕をつかみぐいっと引き寄せた。
 はずみでカイの体がぐらりと傾き、そのまま倒れこむ。
「うわあっ」
 短い悲鳴を上げると、カイは慌てて顔をあげ、現状確認に視線をはしらせる。
 そして、次の瞬間、その顔からさあと血の気が引いた。
 よくよく見ると、いや、よくよく見なくとも、まるでカリーナに覆いかぶさるようにしてカイが倒れている。
 そう、長椅子にカリーナを押し倒しているふうにさえ見える。傍から見れば。
「す、すみません」
 カイがカリーナを抱き込むようなかたちで両脇に手をつき、慌てて上体を起こす。
 しかしカリーナは気にせず、むしろ好機とばかりにふわりと艶かしく微笑むと、そのままするりとカイの首に両腕をまわした。
 瞬間、カイは顔を真っ赤に染め上げ、慌てて飛びのこうとする。
 けれど、意外にもカリーナの両腕がしっかりカイの首にまわされていて、それはかなわない。
 ぐいっと引き寄せられ、カイは再びカリーナに覆いかぶさるように倒れこむ。
 しかし、カイの最後の男の意地で、どうにかカリーナに体重をかけることだけは逃れる。
 すぐ目の前に迫ったカリーナの顔を恨めしげに見つめながら、カイは救いを求めるように言葉をつむぐ。
「姫、わたしの首を切り落とす気ですか?」
「安心しろ。その時は、わたしが一緒に逃げてやる」
 カリーナはカイににやりと笑いかけると、そのままくんと顔を引き寄せ耳元でくすくす笑う。
 びくりと、カイの体が大きく震えた。
 その震えは、恐怖からか、それとも愛しい少女を前にした男の衝動からか。
 それは、カイにしかわからない。


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update:13/04/24