君は輝ける星(35)
カリーナ姫の野望

「わたしは決めたからな。お前が望む望まずにかかわらず、お前はわたしのものだ。もう遠慮はしない」
 触れるほど近づけたカイの耳に息を吹き込むように、カリーナは力強くささやく。
 再び、カイの体が大きく震える。
 それに気をよくしたようにカリーナはくすりと笑うと、カイにまわす両腕の力を少しぬき、そのまま手をその頭にすべらせる。
 そして、カイの両頬にがっちり手をそえ、捕えるようにその目を見つめる。
「それに、いざとなれば、お前が護衛官をやめればすむことだ」
 にっこりカリーナが笑ってみせると、カイは眉尻をさげがっくり肩を落とした。
「あのですねー、それほど簡単な話ではないでしょう。たとえわたしが護衛官でなくなったとしても、姫の相手にはなれませんよ。そもそも身分が――」
「お前は、わたしを侮っているのか? このうつけがっ」
 カリーナは触れる手を少しはなし、そして勢いをつけてカイの両頬をぺちりとたたく。
 非難するように、けれど試すようにまっすぐカイに視線を注ぐ。
 カイは戸惑いをあらわに、触れる手を払うこともできず、ただカリーナを見つめるしかできない。
「わたしが気づいていないとでも思っているのか? わたしが認めたからといって、どこの馬の骨だか知れない奴が、あっさりわたしの護衛官になれるはずがない。これがどういうことかわかるな?」
「嗚呼もう、やっぱり。姫は最初からお見通しだったのですね?」
 カリーナが自信たっぷりに言い切ると、カイががっくり肩を落とした。
 ちらりとカリーナを見て、それを肯定するように微苦笑を浮かべる。
 そして、頬にカリーナの手をつけたまま、カイはゆっくりと上体を起こす。
 それにつられるようにして、カリーナものろりと身を起こした。
 長椅子の上で、二人向かい合うようにして座りなおす。
「当たり前だ。身元がしっかりしていなければ、いくらなんでもルーディはよくても兄様が認めん」
「やっぱり、そこが鬼門か……」
 カイがカリーナからさっと視線をそらし、ぼそりつぶやいた。
 喉の奥で音にならない声で、いまいましく呪いの言葉を吐き出す。
 わかっていたことだけれど、あらためてカリーナの口から聞かされ、どうしようもない苛立ちがわいたのだろう。
 たしかに、楽しそうという理由でルーディなら様子見をするだろうが、エイパスははじめから問答無用で排除するだろう。
 カリーナに害虫を寄せつけないために。すべての危険からカリーナを遠ざけるために。
 それにしても、そこまで気づいていながら、肝心なところには思い至れないカリーナの詰めの甘さを、勘の鈍さを、カイは微笑ましくも感じる。そして、今は救いになる。
 まだ、もう少し、時間が許す限り、このぬるま湯のようなカリーナとの穏やかな時を楽しんでいたいから。
 時間はない。それはわかっている。
 けれど、もう少し。あと少しだけ。 
 頭では理解していても、カイの心がそう望む。
 カリーナの無邪気な笑顔は、カイの心を満たしていく。
 カイの疲労感を気にするふうもなく、カリーナはなおも得意げに続けていく。
「よって、お前は兄様にも認められる程度の家柄の出ではある。多少困難でも何とかなる。じいさまに後見でもしてもらえば簡単だ」
 両手でとらえたままのカイの顔をぐいっと引き寄せ、カリーナはこつんとその額に自らの額を打ちつける。
 一瞬、驚いたようにカイが目を見開いたが、すぐにどこか諦めたように微笑を浮かべた。
 カリーナを振り払おうとはせず、大人しくなされるがままになっている。
「ローレンソン卿は、そのように簡単に協力などしてくれませんよ」
 しかし、最後の抵抗とばかりに、カイはどこかすねたようにつぶやく。
 それにもかかわらず、カリーナは額をはなしカイを楽しげに見つめ、畳み掛けていく。
「お前はじいさまも侮っているな。あのじいさまはな、わたし以上に、面白ければ何でもありなじじいなんだ」
 カリーナはカイの両頬から手をはなすと、腰にそれをやり、えっへんと胸を張りきっぱり言い放つ。
 カイは思わずあっけにとられたようにぽかんと口を開く。
 そして、ぱっくんと閉じ、げんなりうなだれた。
「ああもう、あの祖父にしてこの孫あり、ですね」
 カイが半ば投げやりに言い放つと、カリーナは大仰にうなずいてみせる。
 そして、するりと片手をカイの頬に再びそえる。
 妙に艶かしく微笑み、けれどその目は抵抗は許さないとばかりに力強い光をたたえている。
「お前は大人しくわたしのものになればいい。お前の意思などいらん」
 こくりと、カイの喉がなる。
 恐る恐る探るように、ゆっくり口を開く。
「嫌だと言ったら?」
「斬首刑」
 カリーナはにっこり微笑み、即座に言い切った。
 そして、もう一方の手をカイの胸に添え、そのぬくもりと脈打つ鼓動を楽しむ。
 いつもより若干早く脈打っているように感じるのは、カリーナの欲目だろうか。
 いや、そうではない。
 がっくりとした様子を振る舞いつつも、のぞき見るカイの目には情熱――情欲のようなものがちらちら見て取れる。
 そう、その瞳の奥には、上手い具合に隠しているが、熱い炎のようなものが見える。
 カリーナは思わず、ほわりと頬をゆるめてしまった。
 ふうとカイの唇から熱を帯びた吐息がもれる。
 そして、顔をあげ、まっすぐにカリーナを見つめる。
「では、わたしは大人しく首をあらって断頭台にのぼる日を待つことにします」
 熱をはらむ声でそう告げると、カイはカリーナの頬をほわりと包み込む。
 すべてを包み込むように、すべてを受け入れるように、とろけるほど甘く優しい光を放つその瞳に愛しい少女の姿を映す。
 告げる言葉は拒否をあらわしているはずなのに、何故かカリーナは満足げに微笑む。
「かわった奴だな。それほど死に急ぎたいとは」
 カリーナは触れるカイの手にすりっと頬をすりよせ、そのままカイの胸によりかかる。
 そうして、カリーナの背に、抱きしめるようにカイの両腕がまわされる。
 茜色に染まっていたその部屋には、すでに夜が訪れていた。
 窓から注ぐ月の光、星のきらめきだけが、二人を映し出す。
 どちらからともなく求めるように、二人は互いを抱きしめあう。
 そうして、夜空に輝く星よりもきらめく光を放つエメラブルー王女は、護衛官のカイをふりまわし、今日も明日も野望へ向けて突き進む。
 そう、カリーナはカイの心に飛び込んできた、ただひとつの輝ける星。


chapter.4 君は輝ける星 おわり

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update:13/04/30