三日月の騎士と花の姫(3)
カリーナ姫の野望

「野蛮な……」
 突如横からはき捨てるようにもたらされたその言葉に、レイラはびくりと体を震わせた。
 けれど、どうしてもその顔色をうかがう気にすらなれず、気づかなかったふりをしてすっと視線をそらす。
 ひと月前の舞踏会ぶりに婚約者に誘われ、レイラは気がすすまないながらも、仕方なく街へやって来た。
 そして、自らの自慢話と他人を謗る言葉ばかりを並べたてた一方的なその言葉にうんざりしているところだった。
 婚約者は馬車で宝石店へと誘ったが、レイラはそのような狭い空間にともにいることがどうしても嫌で、歩いて街をまわりたいとお願いした。
 もちろん、渋い顔をされたが、それでも半ば強引に受け入れさせた。
 もともと、レイラの方が身分が高いので、相手も強くは出られないのだろう。
 何しろ、これは紛れもない政略結婚なのだから。
 父親はあまり気がすすまないようだったけれど、レイラもそろそろいい年のため、これ以上先延ばしにしていては嫁き遅れてしまう。そのため、かねてより申し込みがあるこの男――デズモンド・ブロウで手を打ったのだろう。
 デズモンドの視線の先へ、レイラもちらりと目を向けた。
 するとそこでは、王都守備官の一隊が、ちょうどごろつきの一団を捕えているところだった。
 どうやら、小競り合いでもあったのだろう。わずかだが、返り血のようなものが制服に散っている。
 捕える男の数人には、たしかに出血の痕も見受けられる。けれど、どれも軽度なもので命にかかわるようなものではない。
 この辺りは上流の者たちが集い、柄が悪い者たちは目にすることがほとんどないのでやけに目立つ。
 そのために、上品に口元を隠した淑女が顔をしかめ、居丈高に振る舞う紳士たちはこの婚約者のように明らかに侮蔑の視線を向けている。
 それは、ごろつきどもにだけでなく、それを捕える守備官たちにすら。
 この界隈の治安を守る守備官にまでそのような視線を向けるとは、何と傲慢なのだろう。
 こうして安穏と出歩けるのは、彼ら守備官のおかげでもあるというのに。
 また、彼らの多くは、高位ではないが貴族の子息が多い。同じ貴族であるのに、随分な扱いの差。
 ごろつきの頭らしい男の腕を強引にねじ上げる一人の守備官に、ふとレイラの目がとまった。
「あ、あの方は……」
 その姿を認めた途端、レイナは隣のデズモンドに聞こえないように、思わずといった様子でぽつりつぶやいていた。
 その多少強引に連行しようとする様を見て、デズモンドは汚らわしそうに「これだから低位の守備官は……」とはき捨てる。
 相手に血を流させるというだけで、卑下するに相当するらしい。たとえそれが、一般人を悪漢から守るためだとしても。
 そして、この穢れた場所からさっさと移動しようとばかりに、デズモンドは強引にレイラの手を引こうと手をのばしてくる。
「行きましょう、レイラ嬢」
「え、ええ」
 レイラははっとして、さりげなくその手を避ける。
 もう少し、無頼の輩どもを捕え、てきぱき部下に指示を出す守備官のその姿を見ていたいと思ったが、このままこの場を離れようとしなければ、デズモンドに強引にでも手をとられることになるだろう。
 それだけは耐えられそうにないので、後ろ髪を引かれる思いで、レイラも渋々デズモンドの後につづく。
 背に守備官たちが立てるざわめきを感じながら立ち去るレイラの耳に、ふとどこからか噂しあう声が入ってきた。
 あの指示を出す守備官の返り血を浴びたその姿を見て、まわりで野次馬を決め込んでいた者たちが、死神ラルフとその名を呼び、いかにかの男が恐ろしいかを、卑しいかをささやいている。
 その二つ名は、レイラも聞いたことがある。
 三日月ラルフ。または、死神ラルフ。
 その豪快さ、破壊力から、剣を扱う者たちから恐れられている存在。
 名はたしか、ラルフ・カーヴァー。
 他とは明らかに違うその柄の悪さから、王宮では厄介者扱いで、本人と彼が率いる第五部隊には誰もかかわろうとはしないと聞く。
 しかし同時に、王女の覚えがめでたいというから矛盾している。
 そのためかはわからないが、王都守備官第五部隊は、一応王都守備官に属しているけれど、近頃はあまり王都の見まわりに出されることはない。
 凶悪犯などを相手にし、乱闘が予想される時に借り出されるのが主な仕事。
 よって、街中でこうして彼らの姿を見ることは珍しい。
 レイラはデズモンドに連れられながら、その名にきゅっと胸をしめつける。
 そういえば、たしかに、数日前に出会った男性の頬にも傷があった。
 あの時は緊張していて、そこまで意識がいっていなかった。
 数日前、父親の忘れ物を届けに行った王宮で迷い、そこに手を差し伸べてきた男性が、まさかあの死神ラルフだったとはと、その名を知れた嬉しさと少しの恐ろしさにレイラは戸惑う。
 あの優しい眼差しの男性がまさか、死神の名を持つ男だったなどとは……。
 レイラを映す瞳は、レイラの手を引く手は、どこまでも優しかった。
 ――噂はあてにならない。
 ふと、レイラはそう感じた。


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update:13/07/21