三日月の騎士と花の姫(4)
カリーナ姫の野望

「邪魔だ、どけ」
「ああ!?」
 街をぶらりそぞろ歩いていて、たまたま見かけて気に入ったのだろう。
 買い物を楽しむ裕福な家の娘らしい少女を強引に連れ去ろうとするど派手な男たちを見つけて、カリーナはその背にどんとひとつ足型をお見舞いした。
 いつものように城下へお忍びで遊びに出てきた途端これなのだから、本当、近頃の治安はなっていない。
 少し前に盗賊討伐をしたばかりだというのに、こういうたちが悪い輩は一向に減る気配がない。
 次から次へと、まるで蛆のようにどんどんわいてくる。
 ふんぞり返るカリーナの横でカイが頭をかかえ、後ろではルーディが楽しそうににやにや笑っている。
 ふいのカリーナの足蹴攻撃に虚をつかれ、思わず男の手が少女の腕からはなれた。
 そのすきをつき、すかさずカリーナが少女を引き寄せる。
「無礼者! この方を誰だと思っている。この方は、キャボット子爵だぞ」
「ああ、土臭い田舎貴族か」
 男の一人が声高にそう怒鳴ると、カリーナははんと鼻で笑った。
 たしかに、三人の男を従えているらしい一人は、いかにもおのぼりさんといった風体。さらには、目を背けても足りないほどの下品な服をまとっている。
 従える男たちもまるでどこかのごろつきにようにすら見え、とてもではないが教養があるとは思えない。
 自らの立場を勘違いしている典型だろう。
 しかし、けろりとはき捨てているものの、カリーナにはその名にまったく覚えがないことは明らかだろう。
 とりあえず、気に食わない奴は貶しておけ、それがカリーナだから。
 そう、か弱い乙女に狼藉を働く下衆など、人間扱いするのもおこがましい。
 排除、とにかく排除。……いや、駆除。それに尽きる。
 それをわかっているのか、カイはますます面倒くさそうに頭を抱え、ルーディはとうとうくくくと声に出して笑いはじめてしまった。
 さすがに、あからさまに馬鹿にした態度をとるカリーナに耐え切れなくなったのだろう、半ば逆上した男の一人がいきなり剣を抜き振り上げた。
「こ、この無礼者が!」
 しかし、それは次の瞬間には、するりと身を滑らせたルーディによって、腕を握られあっさりとめられた。
 がしゃんといかにも安物の音を立て、剣が素焼き煉瓦敷きの地面に落ちる。
 ほがらかに微笑みながら、ルーディは腕を握る手に力を込めていく。
「い、痛い! いてててて……!」
 そして、無様にもわめく男の腕をそのままねじり、一気に地面にたたきつけた。
 砂煙を上げ、男の体は地面の上をはねる。
 少女を抱き寄せるカリーナの前に、カイが守るようにすっと身を移す。
 そして、ルーディと二人、鋭い視線を田舎貴族キャボットへ向ける。
「無礼なのはそちらでしょう。お控えなさい。こちらの方は、お忍び中ではありますが、第一王女でいらっしゃいますよ」
「はん。このようなところに王女がいるものか! 王女の名をかたるとは不届き千万。成敗してくれるわ!」
 しかし、その言葉でさらに逆上したらしく、キャボットの言葉にあわせ、残り二人の手下も剣を抜く。
 ルーディに引き倒されたばかりの男は、ようやくよろよろと起き上がってきているところだった。
 けれどすでに、戦力としては役に立たないだろう。
 右手首が不気味な色に変色をはじめている。
 さすがに骨は折っていないだろうが、捻挫はしているだろう。いや、筋くらいは痛めつけているだろう、ルーディのことだから。
 それでは、剣は握れない。
「わたしを知らなくて当然だろう。お前如き下衆には目通りを許していないからな」
 当然、その程度で引くカリーナではない。
 なおもキャボットを馬鹿にするように、きっぱりすっきり言い切った。
 そして、けらけら笑い出す。
 火に油を注いで楽しむのがカリーナだけに、これは至極当然の結果かもしれない。
 キャボットとその手下三人はかっと顔を真っ赤にさせ、一斉にカリーナへ飛びかかろうとする。
 するとその時、なんとも間の抜けた声がそこへ飛び込んできた。
「あっれー? お姫さん?」
 いつの間にか、周囲は人だかりになっていたらしい。
 人をかきわけながら、大男が一人けだるそうに現れた。
 一応、王都守備官の制服は着ているけれど、だらしなく着くずしている。
 その後から、ひょいひょいと人をかわし、王都守備官第五部隊副隊長であるローランドも顔をのぞかせる。
 それに続き、ばらばらと数人の守備官も現れた。
 ローランドをのぞき、彼らもまた、そうとは思えないだらしなさがある。
 第五部隊は、守備官の問題児、厄介者と呼ばれるだけはある。一歩間違えば、彼らもまたごろつきと間違えられても文句は言えない。
「なんだ、ラルフか」
 現れた男を見てとり、カリーナは興味なさげにけろりとつぶやいた。
 すると、その言葉を聞き逃していなかったのだろう、大男――ラルフを見て、キャボットたちは目を見開く。
 その頬の傷、そしてその名を聞いて、キャボットたちは顔から色を失い震え上がる。
「ひいっ、し、死神ラルフ!!」
 そして、誰ともなしに悲鳴に似た叫びをあげた。
 どうやら、彼らはラルフを――ラルフの噂を知っているらしい。
 まあ、知らない方が稀であるだろうけれど。
 たしかに、頬に三日月の傷といえば、死神ラルフの他ない。
 カリーナに守られるようにしている少女も、その悲鳴でようやくラルフを見て目を見開きつつも納得している。


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update:13/08/02