三日月の騎士と花の姫(5)
カリーナ姫の野望

 ラルフはキャボットたちの怯えぶりを見てにやりと笑うと、何事もなかったようにカリーナに向き直った。
「またカイたちをつれまわして困らせているのか」
 ラルフは、ぽふぽふとカリーナの頭をなでる。
 その手をいまいましげに叩き落し、カリーナはむんと胸を張る。
「カイがどうしてもというので、ともに連れてきてやっているだけだ」
「はは、苦労するねえ、カイも」
 その言葉とは裏腹に、ラルフは愉快そうににっと笑う。
 その横では、ローランドもくすりと笑い声をもらす。
 ともにいる第五部隊の守備官たちも、あははと楽しげに笑っている。
 実にカリーナらしい自分勝手で不遜なお言葉だと。
 ひとしきり笑い満足したのか、その目を鋭く細め、ラルフはちらりとキャボットたちへ視線を流す。
「で、このくずどもは何?」
「何でもない。虫けら以下のものなど気にするな」
「へーい」
 さらりとカリーナがはき捨てると、ラルフは右手をだらしなく上げ、やる気なく答えた。
 あの死神ラルフとくだけた会話をかわすカリーナに気おされつつ、少女は二人の様子を見守っている。
 キャボットたちもだけれど、少女もまた、この場から逃げ出す機会を逃してしまい半ば呆然としている。
 けれど、周囲など関係ないとばかりに、カリーナとラルフのぞんざいな会話がつづく。
「ラルフ、首にだらしなくかけているそれをよこせ」
 カリーナは右手をずいっとラルフに突き出す。
「はい?」
「いいから、さっさとよこせ」
 有無を言わせぬカリーナの言動に、ラルフは訝しげに首をかしげながらも、言われるまま襟巻き(ネッカチーフ)を首からするりととり、カリーナに差し出す。
 カリーナがそれを奪い取るようにつかみ引き寄せる。
 それは、王都守備官が制服の一部として襟元に巻くことを義務づけられている。
 まあ、もともと大きく胸元を開けて制服を着くずしているので、襟巻きもまた申し訳程度にひっかけているという、何ともゆるい巻き方をしているけれど。
 常は、息苦しいと言い、ただ首にかけているだけ。
 また、部隊を率いる隊長がそれだから、第五部隊の他の者たちも皆似たり寄ったりの扱いをしている。
 ラルフとしては、襟元のうっとうしいものがなくなり清々しているだろう。
 襟巻きをひっつかむとカリーナが、カイとルーディに向き直る。
 カイは相変わらずどこか疲れたようにげんなりとしていて、ルーディはびくびくとラルフたちの動向をうかがうキャボットたちの様子を楽しそうに観察している。
「行くぞ、カイ、ルーディ」
「はいはい」
 カリーナの呼びかけに、ルーディが面倒くさそうに答えた。
 カイもはっとして、カリーナを見つめうなずく。
 二人を確認すると、カリーナは守るようにすぐ横においていた少女にくるりと振り返った。
 戸惑う少女の耳元にすっと顔を近づけ、そっと耳打つ。
「おいで」
 少女は目を見開きカリーナを見つめ、促されるようにゆっくりうなずいた。
 カリーナは満足そうに笑みをこぼすと、その手をすっととり握る。
 また、少女の顔が驚きにそまる。
 けれど、その手を振り払う様子も嫌がる様子も、また恐れる様子もない。
 カリーナに手を引かれるまま、少女は足を踏み出す。
 それにあわせるようにして、人垣が二つに割れ、カリーナたちのために道を作り出す。
 さもそれが当然と言わんばかりに得意げに笑み、カリーナはそこをずんずん進んでいく。
 その後をカイが慌てて追いかける。
 ルーディもまたカリーナの後に続こうとして、ふと気づいたように振り返った。
 そこには、いまだ恐怖にかたまったままのキャボットたち四人の男がいる。
「……そうでした。キャボット子爵といいましたか? その薄汚い首と胴をくっつけておきたければ、余計なことはしないように」
 ルーディがにっこり笑うと、キャボットたちはびくりと大きく身を震わせた。
 その微笑は、その言葉は、キャボットたちの目には、死神と言われる男よりもある意味恐ろしく見えた。
 ルーディの言葉を耳にし、思い出したようにカリーナは足をとめ振り返る。
「あ、そうそう、ラルフ、そいつらを王都からつまみだせ。目障りだ」
 そして、すっぱりきっぱり冷たく言い放つ。
 ラルフは目を見開き、すぐに得心したようににやりと笑った。
「へーい、任せておけ」
 だらしなく右手をあげ、ラルフはカリーナに了承の意を伝える。
「頼んだぞ」
 カリーナは意地悪く口元に笑みをのせそう言い置いて、少女を連れてすたすた去っていく。
 去り際にカイが諦めたような苦笑をもらし、またルーディがその目に遠慮なくやっておしまいなさいと恐ろしい指示をのせて、野次馬の目など気にせず優雅に去っていく。
 いかにも三人らしい丸投げっぷりに、ラルフは思わず笑みをこぼした。
 そして、三人がついに通りの向こうに去ったことを見て取り、あらためてキャボットたちへ視線を向ける。
「だとよ、子爵さん。覚悟してくれよ」
 その視線を受け、キャボットたちはぶるると身を震わせる。
 がくがくと、その足が、体が震えている。
 キャボットたちからは、顔色どころか生気すら失われているように見える。
 この程度で、まったく情けない。
 早速、ラルフの指示を待たずに、ある意味優秀な第五部隊の面々が、嬉々としてキャボットたちを拘束していく。
 すっかり戦意を失った相手には必要ないだろうに、何故かぐるぐるの簀巻きにしている。
 その様子を見守る野次馬たちからも、異論はまったくでない。むしろ、当然とばかりの視線を注ぎ、皆それぞれ満足したとばかりに散っていく。
 ――その後、カリーナの命令通り、キャボットは王都の外へぽいっと放り捨てられた。
 心なしか、生気を失ったように見える。趣味の悪い衣装も一部汚れ、磨り減っている。
 仕方がないので、放り捨てる直前にぐるぐる簀巻きの縄は解かれていたけれど。
 そうして、その後数年、キャボットは王都に姿を見せることがなかったという。
 一体、第五部隊の彼らは、どこまでカリーナの意図を正確に汲んだのだろうか。
 城郭門の下に立つ守備官たちは皆それぞれ、いい仕事をしたとばかりに胡散臭いほどさわやかに微笑み合っていた。


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update:13/08/12