三日月の騎士と花の姫(6)
カリーナ姫の野望

 ラルフを見て茶色の瞳をまん丸にして驚き落ち着きをなくし、同時に尋常でなく気にする素振りを見せた少女を引っ張り、カリーナは王都のほぼ中央に位置する噴水がある広場へやって来た。
 この場所は、カリーナにとっては慣れた場所。
 城下へ来ると、少しでも気を抜くと、気づけばやって来ているという、ある意味いわくのある場所でもあるかもしれない。
 何しろここは、カリーナにとっては、そしてカイにとっても、大切な場所だから。
 そのためか、今回もまた、意識せずに噴水広場に足が向いていた。
 エメラブルー建国の祖を頂く噴水を臨む木の椅子に、かるく息を上げる少女を労わるように座らせる。
 少女が腰掛けたことを確認すると、カリーナはようやく握ったままの手を放した。
「さてと」
 カリーナはどこか億劫そうにもらすと、少女の横にどかりと腰を下ろす。
 そして、少女へと上体だけを向け、ふむとひとつうなずいた。
「怪我をしているな。――ルーディ」
「はいはい」
 カリーナは、横に控えるルーディに右手をすっと差し出す。
 心得たように、けれどどこか面倒臭そうに相槌を打つと、ルーディは持たされていた先ほどラルフから強奪した襟巻きをカリーナの手に乗せる。
 それを奪い取るようにつかむと、カリーナは左手で少女の右手をすっと取り上げた。
 白くしっとりとした、手荒れなどまったく知らない華奢な少女の手に、襟巻きをくるり巻きつける。
 先ほどキャボットたちに抗った時に負っただろうかすり傷が、なめらかな少女の手の甲に見て取れた。
 それに気づき、カリーナはラルフから襟巻きを奪い取っていたのだろう。
 もちろん、カイの持ち物をカリーナ以外の女性に与えるなどもっての外。
 ならば、ルーディのものでもよいのでは?となるところだろうけれど、今回ばかりはそれも都合が悪い。
 そう、ラルフの持ち物でなければ、カリーナにとっては愉快な状況へもっていけない。
 そのために、時機よく現れたラルフを、ここぞとばかりに鴨にしたのだろう。
 カリーナは知っているから。
 先日王宮で目撃してしまったのだから。
 これはもう、カリーナにどうぞ遊んでくださいと言っているようなものだろう。
 思わず、にんまり笑みがもれる。
「あ、ありがとうございます」
 カリーナが手に襟巻きを巻き終えると、少女はぽっと頬を染め、うつむきがちにささやくように、けれどしっかり礼を述べた。
 カリーナは大仰にうなずいてみせる。
「まったく、女に手を出すなど、蛆虫以下だな」
 そして、いまいましげにはき捨てた。
 ついあの醜態を思い出してしまい、いまいましいとでも言いたげに顔をゆがめている。
 憤るカリーナに困ったように眉尻をさげ、少女はおずおず声をかける。
「あの、存じ上げなかったとはいえ、ご無礼致しました。ご容赦願います。姫さま」
 突如もたらされたその聞きなれない堅苦しい言いように、カリーナは一瞬虚をつかれたようにぽかんと間抜けに口をあけた。
 けれどすぐに気を取り直し、くしゃりと頬をゆるめる。
「堅苦しい。わたしはお忍び中なんだ。気にするな」
「は、はい」
 得意げににんまり笑むカリーナに、少女も戸惑いながらも笑みを浮かべる。
 それを確認すると、カリーナは満足そうにうなずき、すっと立ち上がる。
 そして、カリーナの態度についていけずぽけらと見上げる少女へ、すっと右手を差し出した。
「ほら、行くぞ。送ってやる。お前の家はどこだ?」
「え、あ、そ、その……」
「なんだ? 言えないのか? あいつらはラルフたちが片づけただろうが、怪我をした娘を一人で帰すなどという危険で愚かなことはできないからな」
 下手な男よりも男前に、カリーナはきりっと顔を引き締める。
 男には容赦ないが、善良な女性には何故か優しく接するという、カリーナなりのこだわりがあるのだろう。
 いや、こだわりなどではなく、弱きを助けるという意識が、王族教育の結果、知らず知らずに染み付いているためなのだろうか。
 その割には、弱き――下僕(カイ)を限界までいたぶるという行為も同時に行っているけれど、その点においては、カリーナの中ではまったく矛盾などなく、理路整然としているのだろう。
 当たり前にもたらすカリーナの言葉に、少女はますますうろたえ、恐縮する。
「も、申し訳ありません。実はお忍びで街にでておりましたもので……」
「なんだ、お前もか? 仲間だな」
 カリーナは少女の言葉にぱちくりと目をしばたたかせ、次ににっと楽しげに笑む。
 同時に、なかなか重ねようとしない少女の手を、半ば強引にそのままぐいっとつかむ。
 その横で、どこか疲れたようにカイがぼそりつぶやいた。
「年中お忍びばかりのあなたと一緒にしては失礼ですよ」
「カイ、殺す」
 もちろん、瞬間、カイの膝の裏に、カリーナの見事な蹴りがひとつお見舞いされていた。
 勢いに負け、カイはかくんと体勢を崩す。
 地味に痛く、地味に恥ずかしいのだろう。カイの目じりにじわり涙がにじむ。
 その様子を、ルーディはただ楽しげに見守っている。
 このままではさらにカイにカリーナの攻撃が炸裂すると判断したのだろう、少女が慌てて声を上げた。
 それは、カイのためではなく、ようやくその事実に気づき焦っていたためかもしれないけれど。
「あ、あの、わたくしは、レイラ・エインズワースと申します」
 そう、少女はまだ、恩人であり王族であるカリーナに、無礼にも自身の名を名乗っていなかった。
 それでは、さすがに慌てもするだろう。カリーナはまったく気に留めていなかったようだけれど。
「ああ、あの頑固じじいの娘か?」
 名を聞くと同時に、けろりとぽろりこぼしたカリーナの言葉に、少女――レイラは微苦笑を浮かべる。
 どうやら、レイラにも思い当たるところがあるらしい。


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update:13/08/29