三日月の騎士と花の姫(7)
カリーナ姫の野望

 エインズワース家のレイラといえば、かつて王太子妃の有力候補として名があがっていた。
 けれど、のらりくらりと逃げ婚約を先延ばしにし、外遊という名の諸国放浪の旅を楽しむ王太子に見切りをつけ、他の有力貴族の子息とつい先頃婚約したという話がある。
 もともと、名が上がっていたとはいえ、エインズワース伯もレイラ自身も、彼女の控えめな性格から王太子妃には乗り気ではなかったようではあるけれど。
「そうか、では、わたしたちが送っていくとまずいな。雷が落ちる」
 レイラの反応から、カリーナは納得したように大きくうなずく。
 すると、すかさずカイが口をはさむ。
「それはあなただけですよ。普通のご令嬢ならば、心配し、血相を変えて探されますよ」
「いや、姫もある意味心配し、血相を変えて探されますよ。……野放しにしていては、人の一人や二人殺しかねないと」
「ああ、それはたしかに」
「お前たち、どうやら命が惜しくないようだな?」
 カイに続きルーディまでも、主を主とも思わぬ発言をし、二人妙に実感を込めて語り合う。
 もちろん、そうすると、にっこり笑ったカリーナの蹴りがカイに炸裂し、左手でルーディの首をぎゅむりと締めにかかる。
 カイはまたしても、それでも選良(エリート)中の選良である護衛官かと疑わしいほどの見事な運動神経でもって蹴りをくらい、ルーディはさらりとカリーナの左手を解きとる。
「まあ、それはおいておいて。ならば、もし咎められることがあれば、王女(わたし)に拉致されたとでも言っておけ。それですべて片づく」
 一仕事終えたとばかりに左手をぶんぶん振り、カリーナは至極真面目にレイラに告げる。
 その目がどこまでも澄んだ翠玉のように輝いているからたちが悪い。
「あのね、姫、それでは片づきませんよ。では、どこで姫と接点があったのかと追及されますよ」
 腰の辺りをおさえながらよろりと体勢を立て直し、カイはやれやれと肩をすくめる。
 カリーナの暴挙は今にはじまったことではないけれど、そこにカイとそして不本意ながらルーディ以外の者を巻き込むことはよしとしない。さすがにレイラのような常識ある令嬢には気の毒だろう。
 それを抜きにしても、たしかに、名を馳せる規格外の王女と深窓の令嬢に接点などあるはずがない。いや、あってたまるか。
 誰もがすぐにそこに思い至るだろう。
 王宮勤めのエインズワース伯爵ならばなおのこと。
 間違いなく、一度や二度――いやそれ以上、王女から迷惑を被り、騒動に巻き込まれているはずだから。
 けれど、カイの至極まっとうなつっこみにもカリーナはひるむことなく、むしろ得意げに胸を張る。
「それも大丈夫だろう? 一週間ほど前に王宮に来ていたのだから、そこでわたしに会ったことにしておけばいい」
「え? どうしてそれをご存知なのですか?」
 レイラは目を見開き、カリーナをまじまじと見る。
 たしかに、いくらかつて王太子妃候補であったとはいえ、たかが一伯爵令嬢の動向などを、王女がいちいち把握しているなどおかしいだろう。
 裏に何かがあると勘ぐっても仕方がない。
 レイラの場合は、勘ぐっているのではなく、純粋に驚いているようだけれど。
 驚くレイラにカリーナは気をよくしたように、にんまり笑ってふんぞり返る。
「王宮のことで、わたしが知らないことなどない」
「そうではなくて、警邏の者が話しているところを、たまたま耳にされただけですよ」
「こら、カイ、ばらすな!」
 どこかしらけたようにさらりとつぶやくカイの額を、カリーナはぺちりとたたく。
 まったく、主を陥れようとするなどもっての外。実にけしからん。
 頬をふくらませぷりぷり怒るカリーナに、カイはぺちりとされた額にかるく触れながら、今度は慌てだした。
 カリーナからの暴力には堪えた様子はまったく見せないのに、ご機嫌を損ねるとあからさまにうろたえる。
 そのような不思議な主従のやり取りに、レイラは思わずかるく吹き出してしまった。
「そうですか」
 くすくす笑いながらうなずく。
 ようやく強張りが解け柔らかい微笑を見せるレイラに満足したようににっかり笑い、カリーナは再びすっと手を差し出す。
「それじゃあ、行こうか。あまり遅くなるとまずいだろう?」
「はい、ありがとうございます」
 今度はためらいなく、レイラがその手に手を重ねた。
 二人互いに自らすすむように、手と手をきゅっと握り合う。
 まるで以前から仲がいい友人のように、顔を見合わせ笑い合う。
 陽光を受け噴水から散るしぶきがきらきら光り、カリーナの笑顔がそれに溶け込む。
 そうして、二人はつないだ手をぶんぶん振りながら、噴水広場を後にして行く。
 その一歩後ろを、カイがやれやれと肩をすくめ、ルーディは相変わらず胡散臭い笑みをはりつけついて行く。
 カリーナに同じ年頃の同性の友人ができ、二人はこっそり喜んでいるようにも見える。
 顔を寄せ笑い合う二人の少女を、微笑ましげに見つめる。


 噴水広場を後にし大通りをしばらく北上して、いくらか角を曲がりさらに進むと、貴族の屋敷が並ぶ区画のはずれにやって来た。
 もうすぐそこには王都のはずれに広がる森が見えるという辺りに、その屋敷がある。
 立派な正門は整備された道沿いにもちろんあるけれど、カリーナたちが今立っているところはそこではなく、まさしくすぐ横に森が迫る場所。
 茂みの中に隠されたようにある岩の陰を、カリーナは興味深げにまじまじと眺めている。
「なるほど、ここから抜け出してきたのか」
 かるく握った手を顎にあて、カリーナはふむとひとつうなずく。
 カリーナの視線の先には、一見それとはわからないように巧みに隠された何かの入り口らしきものがある。
 眉尻を下げ困ったように微笑み、レイラが軽く息を吐き出した。
「はい。こちらは緊急用の通路なんです」
 レイラが事も無げにさらりと告げると、カリーナは目から鱗とばかりに、ぽんとひとつ手を打った。
「ほう、その手があったか!」
「姫、真似しようなどとは、決して思ってはいけませんよ」
 すかさずカイが呆れ気味にたしなめると、カリーナは不服そうに舌打ちをする。
 すべてを言葉にするまでもなく、カリーナが考えそうなことなど、カイにお見通しらしい。
 王宮の隠し通路を、脱走用に使われてはたまらない。
 今までそこに思い至らなかったという時点で、すでに奇跡でもあるけれど。
 いや、思い至ってはいたが、さすがに実行に移すことはためらわれていたのかもしれない。
 けれど、今目の前にその最たる証拠があるため、わずかばかりにある理性がぐらぐら揺れているのだろう。
 また、さすがにこれにはルーディも納得するところがあるのだろう、カイに同意を示している。
 そのため、さらにカリーナはいまいましげにぎりぎり奥歯を鳴らしている。
 まさしく息が合った二人に、レイラはおかしそうに目を細める。
 今しがた自らがどのような爆弾発言をしたかということには気づいていないらしい。


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update:13/08/29