三日月の騎士と花の姫(8)
カリーナ姫の野望

 とりあえず、すねてしまったカリーナをさらりと無視して、カイは気になることをレイラに尋ねる。
 相手にしてもしなくても、こうなってしまったカリーナは放っておくに限ることをよく知っている。
「けれど、このような機密、我々に教えてもよろしいのですか?」
「ええ、かまいませんわ。忠誠を捧げる王家の方に隠す必要はありませんもの」
 こてんと首をかしげ、けれどさもそれが当然とばかりにレイラはすぐさま答えた。
 その様子を見て、すねていたはずのカリーナが面白そうに口元を上げた。
「ほーう」
 思わずもれたらしいその言葉に、感心したような色が含まれている。
 考える間もなくさらりともれた模範解答のような返答を楽しんでいる。
 王家につくすことは貴族として当然。
 果たして、そう考える貴族が、この国にどれほどいることか。
 今の世において、優等生のような貴族がまだ存在したなど、実に興味深いことだと言わんばかりに、カリーナの目が意地悪い光を放つ。
 一体、どこまでが本音なのだろうと、その真意を探るようにレイラを見る。
「それに、扉は他にもありますし、中は迷路になっております」
 カリーナの試すような視線に気づいているのかいないのか、次にはレイラはさらっとそう告げた。
 瞬間、カリーナは目を見開き、すぐにおかしそうに声をあげて笑う。
「あはは、たしかに!」
 レイラもにっこり笑って、カリーナに同意する。
 たとえこの緊急避難通路の出口をひとつ教えたところで、何も問題ないと言いたいのだろう。
 他にも道はあるので、エインズワース家としても支障はない。
 この程度のことを教えただけで王族の心証をよくできるのならば安いものだと言いたいのだろう。
 やはり、くさっても貴族。一筋縄ではいかない。
 素直なようで素直でない、ひねくれたところも含む言葉に、カリーナはようやくその目から力を抜いた。
 こういうところは、カリーナは嫌いではない。
 むしろ、表面上だけ媚びへつらい腹の中では何を考えているかわからない輩よりも、少々挑戦的な者の方が好ましい。
 前者もわかりやすいといえばわかりやすいが、後者はまた違った意味でわかりやすいため。
 利害関係にある間は、味方ではないが、敵でもない。敵でなければ問題ない。
 一通り笑い終え満足すると、カリーナはまっすぐレイラに視線を向けた。
「レイラ、今度王宮に来た時に、また会おう」
「はい、ありがとうございます」
 一瞬驚いたようにカリーナを見て、レイラは嬉しそうに顔をほころばせる。
 そして、しっかりうなずく。
「その時、姫がちゃんと城にいればいいですけれどね」
「外野は黙っていろ」
 またしてもカイの余計な一言がもたらされ、すぐさまカリーナが切って捨てる。
 見事にカイのわき腹にカリーナの肘鉄が命中していた。
 たとえ誰もが思っていて事実だとしても、いちいち口にしなければカリーナの華麗な制裁が下されることはないというのに、どうしても言わずにはいられないらしい。
 たしかに、普段カイが被っている迷惑からすれば、一言言わずにはいられないのだろうけれど。
 ……いや、カイの場合は、そうではなくて、ただカリーナにかまいたいだけ?
 カリーナにかまってもらいたいばかりに、わざと怒らせるようなことをしている?
 カリーナがカイ以外の者と楽しそうに会話をしていることが面白くない?
 そしてカリーナもまた、カイの暴言をぷりぷり怒るふりをして、その目の奥には嬉しそうな光をたたえている?
 まあ、これがカリーナとカイの触れ合い、じゃれ合いと言えばそうなのだけれど。
「では、気をつけてな」
 岩陰にぽっかりあいた空洞の前に立つレイラに、とりあえずカイに制裁を加え満足したカリーナが声をかける。
 二人の相変わらずの様子に微苦笑を浮かべ、レイラは軽く頭を下げた。
「はい、姫さまもどうぞお気をつけてくださいませ。では、ありがとうございました」
「ああ」
 カリーナが鷹揚にうなずきにっこり笑うと、レイラは会釈をして、そのまま穴の中へ身を滑り込ませる。
 そして、その穴はゆっくりと小さくなって行き、そこに空洞――隠し扉などなかったようにただの岩だけが残った。
 その見事な仕事ぶりに、カリーナは感心したようにぱちぱち目をしばたたかせる。
 けれど、次には楽しげにくすりと笑い、さっと身を翻した。
「では、わたしたちもそろそろ帰るか」
 ぞんざいに言い放ち、森に背を向けそのまますたすた歩き出す。
「はい」
 その後を、カイとルーディが追いかける。
 城下のはずれに広がる緑の森を背に、カリーナたちは再び貴族の屋敷通り、そして大通りへと向かい歩いていく。
 気づけば、そろそろ空が赤く染まりはじめていた。
 たしかに、王宮へ帰る頃合だろう。
 ぼちぼち戻らなければ、また護衛官長の怒りに満ちたお説教をくらうはめになる。
 大通りへ足を踏み入れる頃、ルーディが思い出したように楽しげに口を開いた。
 通りに敷き詰められた素焼き煉瓦が、傾きだした太陽の光を浴びさらに鮮明に赤みを増している。
「それにしても、レイラ嬢はなかなかおもしろい方ですね。それに、聡明でもある」
「ええ、たしかに」
 間髪をいれずカイが同意すると同時に、大通りにどんという不気味な音が響いた。
「いっ……!!」
 そして、うめくようなカイの声が上がる。
 カイは何故か、片足をあげ、ぴょんぴょんはねている。
 まるで塵芥でも見るように汚らわしげに目を細めカイをにらみつけ、カリーナがぼそりつぶやく。
「……死ね」
 そのままぷいっと顔をそむけ、カリーナは一人ずんずん大通りを北へ向かい歩いていく。
 思わず呆然とその後ろ姿を眺めていたけれど、すぐにはっと気づき、カイは悲愴感をにじませ慌てて叫んだ。
「ひ、姫ー!!」
 片足だけで不細工にぴょんぴょんはねながら、必死にカリーナの後を追っていく。
 その二人の様子を呆れたように眺めながら、ルーディものんびりついていく。
「ち、違います、姫! あくまで一般論であって、わたしにとっては姫がいちばん聡明です! わたしにとっては、姫がいちばんなんです!!」
 相変わらず、ルーディの前方では、ひたすらカリーナの機嫌をとろうと、弁解しようとカイがうろたえ慌てている。
 けれどそれはまったくカリーナの琴線に触れることはない。
 むしろ、語れば語るだけカリーナの機嫌を損ねているようにも見える。
 カイの必死の弁明も、墓穴を掘っているにすぎない。
 わたしにとっては≠ニいうことは、ではカイ以外の者からすればどういうことだろう?と、狼狽したカイにはそこまで冷静に判断できないのだろう。
 普段ならカリーナを喜ばせるそのわたしにとっては≠ニいう言葉も、今のカリーナには逆効果だろう。
 何しろ、レイラを誉めたルーディにカイがすかさず同意した後なのだから。
 カリーナ以外の女性をカイが誉めるなど、これほど面白くないことはないだろう。
 カリーナはつんつんしながらカイを無視し、さらに歩く速度を速める。
 ますますカイは捨てられた子犬のように悲痛に叫びながら、カリーナの後を必死に追っていく。
「姫ー、待ってくださいー。おいていかないでくださいー!」
 嘆くカイを背中に感じ、カリーナはちょっぴりあきれたように、けれど嬉しそうに顔をくずした。
 つんつんすねたふりをしながら、必死に追いかけ機嫌をとろうとするカイを、カリーナは実はこっそり楽しんでいたらしい。
 そう、カリーナただ一人をひたすら追いかけてくるカイが、カリーナに嫌われたら生きていけないと体全部で訴えるカイが、カリーナはこの上なく愛しいと感じる。
 カイはカリーナしか見ていない。
 これほど喜ばしい事実はないだろう。
 カリーナのその思惑に気づいているルーディは、やはり呆れがちにはあとひとつ大きなため息をもらす。
 ただ一人カイだけが、必死にもがきあがいている。


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update:13/09/09