三日月の騎士と花の姫(11)
カリーナ姫の野望

 通称、青の庭。
 低木の木々に囲まれた芝が広がるその小さな広場を、王宮に出入りする者たちはそう呼んでいる。
 一代前の王太子が執務をさぼって昼寝をするためだけに作らせた広場ということは、今では公然の秘密となっている。
 この場を選んだいちばんの理由は、ぽかぽか陽気の中の昼寝に最高!
 ただそれに尽きるらしい。
 しかし、さすがに即位してからはそうもいかず、現在ではもっぱら王女専用の稽古場兼さぼり場となっている。
 基本的な用途が変わらない辺りは、さすが王家の血と言えるかもしれない。
 今日もまた、その広場には剣を打ち合うような金属音が甲高く響いている。
 護衛官の制服の上着を脱ぎ白い襯衣(シャツ)が眩しい少女が一人。
 それはどうやら、彼女の護衛官から奪い取ったものらしく、丈がまったく合っておらずぶかぶかでどこか不恰好。
 けれど、それにかまわず嬉しそうに身にまとっている。
 裾という裾がすべてくるくる折られていてもまだ長いらしい。
 時折うっとうしそうにくいっとまくりあげている。
 少女に対するは、制服を奪い取られた護衛官。
 もちろん支給されている制服は一組だけではないので、彼もまた制服を着ている。
 少女と同じように白い襯衣一枚。釦を上からふたつ目まではずし、だらしなく胸元がはだけている。
 二人から少しはなれたところで、こちらもまた護衛官の制服に身を包んだ銀の髪の青年がその様子を眺めている。
 さすがに夏場ともなれば、少し動いただけでぶわり汗が噴出す。
 少女の襯衣も護衛官の襯衣も、汗を吸い込み、そろそろぴたりと肌にまとわりつきかけている。
 そのあられもない少女の姿に気づき、護衛官は思わずうろたえる。
 その瞬間、手もとが狂ったのだろう、わずかに少女の剣を握る手に護衛官の剣先が触れる。
 もちろん、訓練用の刃を潰した剣なので、大きな傷にはならない。
 けれど、護衛官の腕がよかったことが逆に悪影響となり、わずかに剣先が触れたそこに血がにじむ。
 慌てて剣を放り捨て、護衛官は少女に駆け寄る。
「ひ、姫、すみません! 大丈夫ですか!?」
 顔を真っ青にした護衛官――カイが、奪うように少女――カリーナの右手をとる。
「大事ない」
 言葉通りに、カリーナは鷹揚に言い放つ。
 それで少しほっとしたようにカイは小さく息をはく。けれど、それでも納得できないのがまたカイ。
 カイは思い切ってカリーナの手をはなし、芝の上においておいた上着の隠しを探る。
 すぐに目当てのものを取り出し、カリーナの手を再びとりあげる。
 その一連の行動をカリーナは不思議そうに眺めていた。
 カイに再びとられた自らの手にすっと視線を落とす。
 するとそこに、わずかに血がにじむ手の甲に、ふわりと白い布が巻かれる。
 それは、手巾のように見え、しかもエメラブルー王家の紋章が刺繍されている。
 カリーナは思わず、それを食い入るように見つめる。
 そして、ばっと顔をあげカイを凝視する。
「カイ、この手巾は……」
 カリーナのつぶやきに、カイは恥ずかしそうににこっと笑う。
 それを肯定の意ととり、カリーナはほわり頬をゆるめた。
 そして二人、互いの気持ちを確かめ合うように見つめ合う。
 今カリーナの手に巻かれた白い手巾は、二人がはじめて出会った時、まさしくカリーナがカイの手に巻いたもの。
 カイがいまだに持っていたことにも驚いたけれど、それよりすぐに取り出してこられるくらい当然のように持ち歩いていたことに、カリーナはさらに驚いた。
 それはまるで、カリーナだけでなく、カイにとっても特別と言われているよう。
 その事実は、この上なくカリーナを嬉しくさせる。
 思わずそのままカイの胸に飛びつきたくなり、カリーナはもじもじ体を揺らす。
 カイもまたそのままカリーナを抱きしめたいと、手がうずうずしている。
 そのような二人を、もう一人の護衛官ルーディは呆れたように変わらず眺めているだけ。
 今さら二人に何を言っても無駄だと顔がきっぱり言っている。
 そう、二人にかかわるなど面倒と。
 そうしてついに耐えられなくなったのか、カリーナとカイが互いに引き寄せられるように腕をのばそうとした時だった。
「どうやら、まだわかっていないようだね。護衛官如きがでしゃばりすぎなのだよ。分をわきまえろと何度言えば理解する?」
 いまいましげにはき捨てながら、低木を掻き分け、一人の男がやって来た。
 半ば無理矢理進んだためだろう、衣服につく木の葉をうっとうしげにはらいのける。
 すっかり互いの姿しか目に入れていなかった二人ははっとして、慌てて体を引き離す。
 そして、せっかくの時間を邪魔されたとばかりに、憎らしげにやって来た男へすっと視線を流す。
「それに、貴様がそうして甘やかすから、王女がいつまでたっても伴侶を決めず、わがまま放題なのだ」
 しかし、男――アドルファスは、逆鱗に触れたことになど気づかず、ずかずかとカイに歩み寄りながら、さらにそう言い募る。
 ついにアドルファスはカイの前までやって来て、見下すような視線をぶつける。
 ふっと、カイの口元がどこかおかしそうにゆがんだ。
「わがままとは、きいてくれる相手がいてはじめて言えるものですからね」
 カイは余裕たっぷりににっこり微笑み、きっぱり言い切る。
 その様子を、カリーナは思わずぽかんと見つめている。
 カイにしてはある種乱暴な言いように驚いているらしい。
 ルーディはにたにたと楽しげに、やはり様子を眺めているだけ。
 つまりは、「わたしは王女がわがままを言えるほどに心を許され、信頼されているのですよ。その王女に名も顔も認識されずまったく相手にされていないあなた(アドルファス)とは違って」と、暗に言っているのだろう。
 これまでの仕返しとばかりに、カイの最上級の嫌味を、あえてカリーナがいる前で告げる。
 ある意味、常にカリーナを気にかけるアドルファスに対しては、これ以上ない意趣返しだろう。
 カイのはじめての抵抗を正しく理解し、アドルファスはいまいましげに顔をゆがめ、さっと背を向ける。
 それ以上言葉がでてこなかったのか、もしくは、それ以上言っても無駄と判断したのかはわからないが、現状は不利と悟ったのだろう。
 そう、これまでと違い、カイと一対一の二人だけでなく、この場には他にカリーナとルーディがいる。
 下手をすれば、その二人から追撃を食らう可能性もある。
 特にルーディあたりは厄介極まりない。
 アドルファスは嫌味のひとつでも言ってやろうとカイを探し、さりげなさを装い近づいたところで、とんでもない光景を目にしてしまい、思わずと言ったように飛び出したのだろう。
 今回のこれは、そのための不利な状況でもあるのだろう。
 三対一。しかもたちが悪い者がうち一人。
 深入りすれば、逆に自らの身が危ないとアドルファスは判断したのだろう。
 しかし、ただでは引き下がらないのもまたアドルファスだった。
「その立場を利用して、まったくうまく王女に取り入ったものだよ」
 そうはき捨てるように言い残し、さっさとまた低木の茂みに突っ込んでいく。
 絡みつく葉をうっとうしげに、ばしばし叩きつけている。
 そうして、茂みを抜け、怒りもあらわに歩き去っていく。
 その様子を、三人はただあっけにとられたように見送っていた。
「な、なんだったんだ? 今のは……」
「さあ?」
 怪訝に眉根を寄せるカリーナに、カイはただ苦笑するしかなかった。
 恐らく、この場で、あの状況を正しく理解できていなかったのは、カリーナだけだろう。
 ルーディは変わらず、楽しそうににんまり笑んでいる。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:13/10/20