三日月の騎士と花の姫(12)
カリーナ姫の野望

「あら、姫様?」
 なかなか呆気が拭えないカリーナに、今度は突如澄んだかわいらしい声がかかった。
 ふと視線をずらすと、低木の茂み近くの小道に、レイラが目をしばたたかせ立っていた。
 ラルフと別れた後、王宮の庭園を散歩して帰ろうとしたところ、通りかかったらしい。
 何とも今日は、偶然が重なる。
 いや、アドルファスの場合は、偶然ではなく故意だったけれど。
 何しろ、カイを狙ってやって来たのだから。
「あ、レイラ。来ていたのか」
 ぱっと顔を輝かせ、カリーナはちょいちょいとレイラを手招きする。
 レイラは困ったように逡巡し、そして目のはしに茂みが途切れる場所を見つけ、そこからカリーナたちがいる芝の広場へ足を踏み入れる。
「はい。ごきげんよう、姫様」
 カリーナの前までやって来ると、レイラはにっこり笑って礼をとる。
 すると次の瞬間、カリーナががっしりとレイラの両手を握った。
「それで、どうしたんだ? なんだか難しい顔をしていたようだが」
 探るようにカリーナがレイナの顔をのぞきこむ。
 たしかに、茂みの向こうに立っていたレイラの顔色はあまりよくなかった。
 カリーナが手招いたのは、そのためでもある。
 レイラは眉尻を下げ、ためらいがちに口を開く。
「ええ、それが……。先ほどすれ違った殿方ですが、なんだか……」
「ああ、バーネッド家のアドルファスですね」
 ルーディが一歩歩み寄り、当然とばかりにさらりと言い切る。
 どうやら、ここにやって来るまでに、怒りに震えるアドルファスとレイラはすれ違っていたらしい。
 カリーナはレイラの手を握ったまま、怪訝にルーディに視線を移す。
「ルーディ、お前、さっきの奴を知っているのか?」
「王宮関係者で、わたしが知らない者はおりません」
「嗚呼、そうだったな」
 にっこり黒く微笑むルーディに、カリーナは思わず、視線を青い青い空へはせる。
 ああ、聞くだけ馬鹿だったとでも言いたげに。
 たしかに、あのルーディのこと、王宮関係者で知らない者などいないだろう。
 相手の弱みにつけこみいかにして遊ぶかということだけを、楽しみにしているような男なのだから。
「それで、レイラ。そのアド……なんとかという奴がどうかしたのか?」
 心配そうにカリーナがレイラに尋ねる。
 結局のところ、一度だけでは名前を覚えられなかったことは、あえて触れてはいけない。
 もちろんカリーナが心配しているのは、レイラに元気がないところ。
 アドなんとかという男など、カリーナにとってはどうでもいい。
 むしろもう忘れた。
 思いのほか心配を寄せるカリーナに、レイラは逆に余計なことを言ってしまったかと恐縮してしまう。
 慌てて、言葉をつなぐ。
「あ、はい。なんだか恐ろしい顔をして、ぶつぶつつぶやいていたので。その……少し不気味で」
 その時の様子を思い出したのか、レイラはぶるりと小さく体を震わせる。
「ふーん。やっぱり、頭がイタイ奴だったのか」
 レイラの言葉にすでに興味を失ったのか、カリーナは気のない返事をする。
 すると、カイが呆れがちにため息をもらす。
「それで片づけるんですか」
「他にどう片づけろと?」
「いえ、もうそれでけっこうです」
「ふん。ならば、はじめから余計なことは言うな。カイのくせに生意気だぞ」
「はいはい」
 カリーナはレイラから手をはなし、べちりとひとつカイの両頬をたたく。
 明らかな苦し紛れのその行動に、カイはただぬるく笑う。
 まったくもう、姫は仕方がないのですからと。
 その二人のやり取りを、レイラは微笑ましげに眺める。
 結局、どのような状況にあっても、カリーナとカイは気づけばいちゃついている。傍から見れば。
「ところで、レイラ。王宮にいるということは、またラルフに会いに来たのか?」
 カイの両頬をびよーんと真横に引っ張りながら、カリーナは視線だけをレイラへ向ける。
 瞬間、レイラの顔がぼんと音を立て真っ赤に染まった。
「な……っ! ど、どうしてそれを!?」
「お前……わかりやすすぎだぞ」
 必要以上にうろたえるレイラに、カリーナは呆れたように目を細めため息をもらす。
 少々にぶかったり天然だったりはかわいいけれど、さすがにここまでくると基本女性には優しい?カリーナも素直にかわいいとは思えないらしい。
 明らかに呆れるカリーナに気づき、レイラは慌ててとりつくろう。
 真っ赤に染まる頬を両手で隠すように包み込む。
 ちらりと、ためらいがちにカリーナを上目遣いに見る。
「いやですわ。わたくしの気持ち、もしかして、ばればれですか?」
「ばればれもいいところだ」
 にっと笑い、カリーナはしっかりうなずき肯定する。
 瞬間、がっくりレイラの肩が落ちた。
 もう赤く染まる顔を隠す気力もごっそりそがれたらしい。
「はあ……。姫様にはかないませんわね」
 レイラが困ったように微笑むと、二人は同時にぷっと吹き出した。
 そして、互いに顔を見合わせ、くすくす笑い合う。
 そうしてひとしきり笑い合い少し疲れを覚えた頃、レイラはカリーナの前を辞し、小道を向こうに歩いていった。
 その様子をカリーナたちがどこか楽しげに見送っていると、突如木陰から飛び出してきた数人の男たちに、瞬く間にレイラが取り囲まれた。
 そして、抵抗する間もなくレイラは拘束され、そのまま抱え上げられた。
 思いがけないそれに、カリーナたちは一瞬出遅れてしまった。
 芝の広場を駆け出そうとした時にはすでに、レイラの姿はさらった男たちとともに木々の中に消えてしまった後だった。
「どういうことだ!?」
「わかりません」
 非難がましくカリーナが問うと、ルーディがふるりと首を振った。
 カリーナはちっと舌打ちをひとつすると、その場を駆け出す。
「カイ、行くぞ!」
「はい!」
 カイも心得たようにうなずき、その後へ続く。
「ルーディ、ラルフに知らせろ!」
「ええ!」
 カリーナの指示を受け、ルーディもまたカイに並ぶようにして駆け出す。
 出遅れたとはいえ、このままでいるはずがない。
 木々の中に消えたことはしっかり目にしたのだから、ならばこのまま追えばいいだけ。
 幸い、カリーナには優秀な護衛官が二人ついているのだから、その能力をもってすれば半刻もたたない内にレイラを取り戻す自信はある。
 小道へ飛び出すと、カリーナたちと別れ、ルーディが逆の方向へ駆け出した。
 それをちらりと横目で確認し、カリーナは先ほどレイラが消えた木々の方へ駆けていく。
「いくら腑抜けな守備官どもといっても、そうやすやすと王城に忍び込めるはずがない」
 険しい声でカリーナが言い放つと、カイも得心したようにうなずく。
「内部に手引きした者がいると?」
「ああ、そういうことだ」
 カリーナはきっぱり肯定し、いまいましげに顔をゆがめる。
 カイもまた憎らしげに舌打ちをした。
 手引きしたとなれば計画的だけれど、しかし白昼堂々、しかも目撃者がある中で事を起こすなど杜撰もいいところ。杜撰だけでなく、愚かしいにもほどがある。
 果たして、何が狙いで、カリーナの目の前でレイラをさらったのか。
 疾走するカリーナの脳裏に、ふと先ほどの光景がよみがえる。
『王女、あなたに危害を加えるつもりはありません。大人しくしておいてください』
 レイラをさらう時にわずかに聞こえたその言葉より、どうやらレイラは王女≠ニ間違われてさらわれたらしい。
 直前までカリーナたちとともにいたのだから、間違われても仕方がないだろう。
 何しろ、当の王女は現在、護衛官のなりをしているのだから。
「よくも舐めた真似をしてくれたな……!」
 ますますカリーナの怒りが膨れ上がる。
 さんさんと降り注ぐ陽光の下、カリーナはカイを連れて木々の中へ飛び込んだ。
 その様子を反対側の木の陰からうかがう男が一人。
 迷惑そうに不愉快に顔をゆがめ、何かを振り払うようにはんと鼻から息を吐き出すと、さっとその場を後にする。


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update:13/10/20