三日月の騎士と花の姫(13)
カリーナ姫の野望

 金属を打ち合う音をぼんやり聞きながら、ラルフはもたれかかっていた木の幹からのっそり背をはなす。
 思わず触れていた隠しを、そのままきゅっと握る。
 そこには、先ほどレイラから返された襟巻きを無造作に押し込んである。
 仰ぐように空へ視線を向けると、いたぶるように陽光が降り注いでいる。
 そろそろ自主休憩を終え訓練に戻らなければ、彼の副官が真っ黒い笑顔を浮かべて首根っこをとっつかまえに来るだろう。
 あれは痛い。地味に痛い。
 その地味な拷問を避けるために、さぼりはそろそろ終了しなければならない。
 そもそも、王都守備官第五部隊に訓練などという言葉は存在しないことを、かの副官は知っているだろうに。
 時折、嫌がらせのように、副官は真面目に訓練に取り組ませる時がある。
 もちろん、そういう時は隊員全員が顔をひきつらせている。
 今日もそんな気まぐれの日だった。
 ラルフが向かう先では、一足先に隊員たちが訓練を再開させている。
 気がすすまないとばかりにラルフがのそりのそり歩き出すと、その背に鋭く声がかかった。
「ラルフ・カーヴァーくんだね」
 気配には気づいていたが、まさか自分に声がかかるとは思っておらず、ラルフは怪訝に振り返る。
 するとそこには、妙に身形がしっかりした、壮年の男が立っていた。
 明らかにそこそこ位がある貴族だろう。
 そのような者がラルフに声をかけるなど、不審がれと言っているようなもの。
 ラルフにはまったく覚えがない男なのだから。
「あんたは……?」
 不審を隠すことなく、ラルフは顔をひそめる。
 しかし、男は気にせず、鋭い声そのままの厳しい顔でラルフをにらむように見続ける。
「私の名は、ケネス・エインズワース。――わかるかね? 近頃君が近づいている、レイラ・エインズワースの父親だ」
「……ああ」
 あらぬ誤解を受け、あらぬ言いがかりをつけられたとばかりに、ラルフは面倒くさそうにつぶやく。
 いや、一概に誤解とも言いがかりとも言えないか?
 自ら能動的に近づいたわけではないが、確かに近頃接点はあった。
 そして、表面上はそうではなくとも、内面的には否定はできない。
 面白い娘、そう思い、また憎くは思っていないのだから。
 むしろ、これまでにない令嬢に多少興味を持ち、そして惹かれはじめていることにラルフ自身も気づきつつある。
 そう、楽しい。
 レイラとの会話は、カリーナとのものとはまた違って楽しい。
 そして、それだけ接点があれば、この魑魅魍魎が跋扈する王宮、そしてどこに目や耳があるとも知れぬ貴族社会、面白おかしく密告する者がいても不思議ではないだろう。
 もしくは、ケネス自身の手による情報か。
 どちらにしても、少し近づきすぎたのかもしれない。
 ケネスは、ラルフを牽制しに来たのだろう。
 そう納得すると、何故かちくりと胸が痛んだ。
「これ以上、娘にかかわらないでもらおうか。娘は来月結婚するのだからね」
 そして、それはラルフの予想以上の威力をもって的中した。
 牽制は牽制でも、まさかすでにレイラに結婚が決まっていたなど、誰が予想できただろう。しかも、来月などというすぐ近い未来に。
 かつて王太子妃候補に名があがっていたことはラルフも知っているが、つまりはそういうことだったのだろう。
 他にいい相手を見つけたので、王太子妃は辞退したと。
 少し考えれば、至極簡単なことだった。
 今度は、えぐられるような痛みがラルフの胸に走る。
 そう、ラルフは気に入っていた。
 女性といえば皆ラルフを見ると怖がるのに、何故かレイラは怖がることがなかったから。王女は別として。
 そのような稀有な令嬢に、興味を抱かないなどあるはずがなかった。
 今さら気づいても、いや、もっと以前に気づいていたとしても、結局はむなしいだけだったのだろうけれど。
 結婚する。そう聞いてはじめて気づくなど、ラルフは一体どれだけ鈍いのか。
 ラルフがその口元に自嘲の笑みを刻んだ時だった。
「だ、旦那様……! お、お嬢様が、お嬢様が……!!」
 荒い息をはずませながら、青年がまろぶように駆けてくる。
 その姿を認めると、とたんにケネスの顔から色が失せ、険しいものになる。
「レイラがどうかしたのか!?」
 息を整えさせる間すらおしいとばかりに、やって来た青年にケネスはたたみかける。
 はあと一度大きく息を吐き出すと、整わぬ息のまま、青年は一気に叫んだ。
「ゆ、誘拐されました!」
「何だと!?」
 かっと目を見開き、ケネスは青年の胸倉をつかみあげる。
 どこか他人事のように主従のやり取りを眺めていたラルフもまた驚愕に瞠目している。
 ラルフもケネス同様思わず青年につかみかかりそうになったが、それはどうにか押しとどめた。
 爪が食い込まんばかりに、ぎりっと両手を握り締める。
「レイラはたしか、デズモンドくんと会っていたのでは――」
「会っていませんよ。いや、会う予定ではいましたけれどね」
 遅れて、どこか不服そうに青年――デズモンドが、ケネスにつかみかかられる青年がやって来た方から歩いてくる。
 どうやらその様子から、青年に無理矢理連れてこられたようにもうかがえる。
「まったく、どうして僕まで……。僕は関係ないだろう。そもそも、たかが護衛のくせに、この僕に指図するなど不敬にもほどがある」
 ふてくされたように口をもごもご動かし、ぶつぶつ不平をもらしている辺りから、間違いないだろう。
 恐らく、レイラから離れて護衛をしていた青年に見咎められ、デズモンドもともに連れてこられたのだろう。
 レイラはカリーナと別れた後、デズモンドと会う予定でいた。
 しかし、合流する前に、レイラはさらわれてしまった。


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update:13/12/31