三日月の騎士と花の姫(14)
カリーナ姫の野望

「デズモンドくん!」
 やって来たデズモンドを認めると、ケネスは青年を放り出し駆け寄る。
 そして、つかみかからん勢いでデズモンドに迫る。
「デズモンドくん、レイラは、レイラは……!? 誘拐されたとはどういうことかね!? 君も一緒にいたのだろう?」
 すっかり顔色を失いうろたえるケネスへ馬鹿にするように視線を流し、デズモンドは迷惑そうにさっと一歩後退する。
 それから、いまいましげにはき捨てる。
「冗談じゃない。危うく僕まで巻き込まれるところだったよ」
「な……っ!?」
 あまりものデズモンドの言いように、ケネスは言葉をつまらせる。
 その言いようではまるで、目の前でレイラがさらわれるところを、巻き込まれては迷惑だとばかりに放置していたようではないか。
 事実、助けようなどとはみじんも思わなかったのだろう。
 合流直前の出来事でよかったと言っているも同じ。
「たまたま木の陰になっていて助かったよ」
 などと付け加えているから間違いない。
 では、レイラがさらわれるその瞬間、自らの身の安全のために、のうのうと身を潜ませ見物していたということだろう。自身の婚約者にもかかわらず。
 ケネスは顔色だけでなく体から力も抜け、ふらりとあとずさる。
 怒りを通り越し、もう言葉もないのだろう。
 失望、絶望、そのような様子が体すべてからにじみ出ている。
 さらにぐらりと揺れるケネスの体を、がっしりとした腕が抱きとめた。
「……それで、あんたはお嬢さんを助けようとすらしなかったわけだな」
 ケネスの頭のすぐ上から怒気をはらんだまがまがしい声が搾り出すように漏れる。
 同時に、軽く押されるように、護衛の青年の腕にケネスが移される。
 青年は慌ててケネスを受け取り支える。
 青年もまた、デズモンドのあまりの言いように怒りにふるふる震えている。
「当たり前だ。どうして僕がそのような危険なことをしなければいけないんだ」
 瞬間、ケネスと青年の横を、黒い巨体が駆け抜けた。
「てめえ、ふざけるんじゃねえ! この下衆が!」
 どんという鈍い大きな音がしたかと思うと、怒声がその場の空気を震わせた。
 はっとしてそちらへ視線を向けると、ラルフがデズモンドの胸倉をつかみあげているところだった。
 ケネスと青年は、その状況に目をむく。
 あの死神の異名を持つ男が、誰の目にも明らかに激怒している。
「な……っ!? たかが守備官が、この僕になんて口をきくんだ!!」
 しかし、デズモンドも多少びくびくしながらも、侮蔑の色を濃くにじませ声を荒げる。
 死神≠フ怒りを読めていない。
「……ちくしょう!」
 ラルフはいまいましげに舌打ちすると、胸倉をつかむ腕をそのまま地面に叩きつけるように乱暴にはなした。
 勢いよく、デズモンドが地面に倒れこむ。
 デズモンドは無様に土でその悪趣味な衣服を汚し、呆然とラルフを見上げている。
 どうやら、自分の置かれた状況をうまく理解できていないらしい。
 そして、殺意をにじませ威圧的に見下ろすラルフに気づき、その顔をいびつにゆがめる。
 どのような呪詛を吐き出してやろうかと、デズモンドがわずかに口を開きかけた時だった。
「ラルフ」
 木と木の間からさっと現れ、その青年にしては珍しく軽く息を弾ませながらラルフに声をかけた。
 いつもはきっちり結われた長い銀の髪がわずかに乱れている。
 太陽の光を浴び輝く髪のまぶしさに思わず目を細めるが、ラルフはすぐにその姿を確認ししっかり目を開く。
「ルーディか!?」
 あり得ないところにあり得ない青年を認め、ラルフは怪訝に声を上げる。
 どうして、王女の護衛官が一人、しかもわずかながら息を乱しこの場にいるのだろうか。
 ルーディの姿を目に入れ、ケネスもまた驚いたように目をはっている。
 ただ護衛の青年とデズモンドは、現れた青年が何者かわかっておらず、怪訝そうにルーディに視線を向けている。
 しかし、ルーディはそれらの視線は気にすることなく、まっすぐとラルフだけをその目にとらえる。
「ついてきなさい」
 くいっと顎をしゃくり、ルーディはさっと背を向け、やって来た方へと再び歩き出す。
 普段から理解に苦しむが、今日はさらに理解不能なルーディの行動に、ラルフはそれどろこではないとばかりに顔をゆがめる。
 しかし次の瞬間はっと何かに気づき、慌ててルーディの後を追い駆ける。
 そう、凡人には不可解に思えても、ルーディの行動には必ず意味がある。
 そして、わざわざ護衛をしている王女からはなれてルーディがこの場に現れたという今の状況から、彼が何を言いたいのかしたいのかは明らかだろう。
 ルーディは知っている。
 そして、ルーディはラルフを連れにやって来た。
 そう判断すれば、ルーディの後を追うことにラルフは何の迷いもない。
 むしろ、現状では、いちばん頼もしい男だろう。
 無作法にもやって来てすぐにまたどこかへ行った青年、そしてその後を慌てて追いかけるラルフの背を、デズモンドはまるで蛆虫でも見るような目で見送る。
「はあ、なんて野蛮なんだ」
 その表情通りの醜い言葉を吐き出す。
 そうしてようやく、倒れこんでいた地面からのっそり起き上がろうとする。
 同時に、デズモンドに陰がかかった。
 はっとして見上げると、ケネスが汚らわしそうにデズモンドを見下ろしていた。
 その目は、ただ一人状況を読めていない愚かな男、明らかにそう告げている。
 デズモンドはその迫力に思わず口をむぐりとつぐむ。
 これ以上見ていては目が腐ると言わんばかりの視線を残し、ケネスもルーディとラルフが消えたその木々の間へ身をすべらせていく。
 その後を、護衛の青年も慌ててついていく。
 その場に残されたのはただ一人、救いようがない愚かな男だけ。
 陽光だけが嘲笑うように、じりじりデズモンドの生白い肌をなぶる。


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update:13/12/31