三日月の騎士と花の姫(15)
カリーナ姫の野望

 王城内の東の端に広がる林を抜けたところに、現在ではすっかりうち捨てられたかのように、かつては何かの建物だっただろう崩れた煉瓦が転がり、途中から風化したように折れた柱が申し訳程度に建っている場所がある。
 かつて世界中を巻き込んだ大きな戦の時代の名残だと言われている。
 すっかり取り払い片づけてもいいけれど、普段誰も近づかないこともありそのままそこに捨て置かれている。
 すぐ向こうには、戦後に再建された立派な塀が続いている。
 恐らく、場所柄、物見塔や兵の詰め所だったのだろうとも言われている。
 その風化がはじまっている瓦礫がごろごろ横たわる前に、雑草が生い茂るわずかばかりの広場に、後ろでに腕を縛られそのままごろりと転がされる少女の姿がある。
 そして、いまいましげに少女を見下ろす男が一人。
「まったく、間違ってこのような女をさらって来るなどとは。役立たずどもが!」
 その男は、少女からすっと視線をそらすと次の瞬間、その横に跪き頭を垂れる男を思い切り蹴飛ばしていた。
 勢いのまま、男は草の上をすべり転がる。
「も、申し訳ありません……!」
 急いで体勢を立て直そうとした男をもう一度蹴り飛ばすと、今度は別に控える男の胸倉をつかみ上げ、瓦礫の上に投げ飛ばした。
 瓦礫が崩れる音のすぐ後に、うめき声が上がる。
 先ほどからの乱暴な振る舞いを目の前で見せつけられ、少女は顔色を失い短い悲鳴を上げる。恐怖に体ががくがく震える。
 ちらりと少女に視線を向け、いらだたしげに男は舌打ちする。
「さて、どうしたものかな。このまま帰すわけにもいかないから……やはり、この場で死んでもらうか?」
 男は不気味な笑みを口元に刻む。
 少女はその言葉を受け、ついにたまらずぽろぽろと涙を流しはじめた。
 一歩、男の足が少女へ踏み出される。
 少女は男から逃れようと必死にもがくけれど、恐怖に体がまったくいうことを聞かないらしい。
 ただただその場で恐れおののき震えるしかできないでいる。
 その少女の姿を見て、男はにやりと愉しげに笑む。
 そして、腰からすらりと剣を抜き取った。
 木々の合間をぬい差し込む陽光を受け、刃がぎらりと鈍く光る。
 その剣を、男がそのまま振り上げた時だった。
 すぐそこに広がる林から、下草を乱暴に踏むような音が聞こえてきた。
 それに一瞬びくりと体を震わせるが、すぐに何かに気づいたように男はまた不気味に笑む。
「案外早くやって来たようだな」
 男の言葉に弾かれるように、地面に転がっていた男たちがさっと立ち上がり、他に控えていた男たちもそれぞれ緊張に身を固くする。
 そして、音が聞こえる林へと鋭い視線を向ける。
「てめえら、何をしている!!」
 怒声とともに、黒髪の大男が広場に飛び込んできた。
 次に、男の足元で震える少女の姿を認め、目をはる。
 少女によく似合った淡い緑色の衣装が、土ぼこりに塗れている。ところどころほつれやぶれている。
 少女がいかに乱暴な扱いを受けているかがよくわかる。
 地面に転がされながらもやって来た男の姿を認め、少女は驚きに目を見開く。
 まさかこの場にその男が現れるなど、予想すらできていなかったのだろう。
 そう、少女とは何の関係もないのだから、わざわざ危険を冒してまでこの場に現れるなどあってはならない。
 それなのに、男はこの場にやって来た。
 少女の顔が複雑にゆがみ、その目からさらに大粒の雫がぽろり零れ落ちる。
 嬉しいけれど、苦しい。その目がそう語っている。
 飛び込んだ男のずいぶん向こう、林の中に、木漏れ日を受け銀に輝く髪をなびかせ、ゆったりした様子で広場を眺める青年がいる。
 どうやら、銀髪の青年はともにその場へ行く気はないらしい。
 傍観を決め込み、さらっとかかわることを拒否している。
 そう、鍛錬場を飛び出した後、黒髪の男――ラルフは、銀髪の青年――ルーディに案内され、この場へやって来た。
 しかし、先に追っていたはずのカリーナとカイの姿は、何故かここにない。
 少女――レイラをさらった男たちが林へ入るまでを見ていたので、その後彼らが向かう先は容易に予想できていたのだろう。
 林を抜けた先には廃墟――この場があるのみ。
「とめませんので、殺さない程度に好きに暴れなさい」
 木の一本に寛ぐようにもたれかかり腕を組み、ルーディは楽しげにラルフにそう声をかける。
 しかし、ラルフの意識はすっかりレイラ、そしてレイラに無体を働く男に奪われている。
 そこにはただ、この人道に反する行いに対する怒りがあるのみ。
 理由はわからないが、このような暴挙に出た男たちに激怒している。
 もはや理性すら吹き飛ばしそうな勢い。
 こうなってしまったラルフはある程度暴れ発散させないととめられないことを、ルーディは知っている。
 よって、かかわることを拒否したのだろう。
 たしかに、あの三日月ラルフが間違いなくこれから暴れるというところに、下手にいない方がいい。
 一歩間違えば大怪我をする。
 足手まといと判断すれば、むしろ味方であろうと蹴散らしかねない。敵であればもとより容赦などない。
 死神が一人いれば、このような状況など容易に片がつく。
 しかも、現在は、怒れる死神と化している。
 死神の心情が容易にわかるだけに、ルーディは殺さないように見張るだけにとどめているのだろう。
 そう、好きに暴れるといい。
 死神の恐怖を味わわされるだけのことを、今この場にいる男たちはしたのだから。
 男は転がるレイラの腕をつかみ、自らの盾にするように乱暴に立ち上がらせる。
 瞬間、死神の目がかっと見開かれた。
「てめら、まとめてぶっ殺してやる!!」
 怒りに満ちた咆哮を上げるその姿は、まるで鬼神のよう。
 まさしく、死神そのもの。
 もはや、ルーディの言葉すら耳に入っていないだろう。駆除、決定。
 ラルフはそのままのど元を噛み千切りそうな勢いで、鋭い視線で男をにらみつける。
 ずんと、一歩足を踏み出した。


* BACK * NEXT *
* TOP * HOME *
update:13/12/31