三日月の騎士と花の姫(16)
カリーナ姫の野望

 怒りに満ちたラルフの様子を見て、男は鼻を鳴らし馬鹿にするように目を細める。
「そうすごまなくとも、このような女など必要ないからね、返してやるよ」
 そう言うと、男はレイラの背を突き飛ばし、そのままラルフへ投げつけた。
 まっすぐに向かってくるレイラを、ラルフは危なげなくその胸でしっかり抱きとめる。
「ラルフさん……!」
 ラルフの胸、両腕にしっかり抱かれていることを体中で感じ、レイラは思わずその胸にすがるように抱きついた。
 ただラルフに触れているだけで、そのぬくもりを感じるだけで、じわり安堵感がレイラの胸に広がる。
 この人がいれば大丈夫。そのような絶対的な信頼感がレイラの心を満たしていく。
「お嬢さん、無事でよかった」
 ラルフもまた、その存在を確かめるようにレイラを強く抱きしめる。
 互いに互いを求め合うように抱きしめあう。
「はんっ。実に馬鹿馬鹿しい。とんだ茶番だな」
 それをぶち壊すように、汚らわしげにはき捨てる男の声にはっとして、ラルフは慌ててレイラを離した。
 けれどレイラは、ラルフから離れたくないと、腕の中からは出たものの、そのままその背に寄り添うようにそこをきゅっと握る。
 ラルフもまた、レイラを背にかばうように男に対峙する。
「まったく、この無能どものおかげで、計画が台無しだ」
 いまいましげに言い放ち、男はこの場から去ろうとさっと背を向けた。
 すると、もともと戦意がなかった男に従う者たちも、慌ててその後を追おうとする。
 なかには、誰もが知る死神と対峙することなくこの場を去れると、胸を撫で下ろしている者までいる。
 そうして、男は不服そうに、従う者たちはうろたえながら足を踏み出した。
 その時だった。
 それを阻むように、壮年の紳士が木々の間から姿を現した。
「レイラ、無事か!?」
 慌てた様子の紳士――ケネスの左腕をつかみ、ルーディがそのまま暴走してしまわないように引き止めている。
 やって来たケネスに気づき、これ以上面倒なことにならないようにしたのだろう。
「お父様……」
 きゅうとラルフの背にすがりながら顔だけをケネスへ向け、レイラは安堵の吐息をもらす。
 ラルフ、そしてケネスの姿を見て、ようやく安心したのだろう。
 いく手を阻まれるかたちになってしまった男は仕方なく足をとめ、舌打ちをする。
 幾分落ち着いたことを確認し、ルーディがケネスの腕を放した。
 すると、ケネスは足をもつれさせるようにして、レイラへ駆け寄る。
 同時に、ルーディはそのすきに逃げられないようにと、油断なく男の退路をにっこり笑って遮る。
 ケネスが目の前までやって来ると、レイラははっと気づいたように、慌ててようやくラルフの背から離れた。
 レイラのその振る舞いをケネスはどこか複雑そうに見て、そしてラルフに向き直る。
「ラルフくん、先ほどはすまなかった。娘を救ってくれて感謝する」
「いえ……」
 まっすぐに見つめるケネスからすっと視線をそらし、ラルフは曖昧にそうつぶやいた。
 救ったも何も、ラルフはルーディに連れられここにやって来ただけ。
 戦うことすらなく、レイラはあっさり解放された。
 どうやらこの様子から、レイラは人違いでさらわれ、そのために不要だったのだろうと判断がつく。
 そう、ラルフも知るこの男の性質から、無用な血は流さないだろう。
 しかし、ここで口止めに走らない辺りは詰めが甘いのか愚かなのか、それとも他に考えがあってか。
 けれど、今はそれは関係ない。
 ちらりと視線をケネスの向こうへやると、ルーディが楽しげに男たちの足止めをしている。
 たった一人で七人もの男を相手にしているのだから、さすがルーディと言えよう。相変わらず侮れない男。
 ゆったりと、けれど一分のすきなく構えているため、男たちは一歩も動くことができずにいる。
 そこへ、エインズワース家の護衛に先導され、王宮守備官たちが現れた。
 ここへ来るまでの間に、ルーディの指示を受け、守備官たちを呼びにいっていたのだろう。
 守備官たちはルーディ、そしてルーディが押しとどめる男たちの姿を認めると、得心したように静かにそのまわりを囲みはじめる。
 エインズワース家の護衛はそこからはなれ、ケネスの近くにさっと控えた。
「お父様……」
 ラルフと向かい合うケネスに、レイラがためらいがちに声をかけた。
 ケネスははっとして、レイラに視線を移す。
 レイラは、不安そうに、けれど確固たる意思を秘めた眼差しをケネスへ向けている。
 ケネスが何か言おうと口を開きかけると、先手を打ち、それを遮るようにレイラがきっぱり言い放った。
「お父様、わたくし、あの方、デズモンド様とは結婚をしたくありません」
「何故、今この時に……」
 至極まっとうなケネスの戸惑いがちなその問いに答えることなく、レイラは続ける。
「わたくしは、わたくしは……ラルフさんをお慕いしているのです!」
 まるで意を決したようにレイラが叫んだ。
 いつにないレイラの勢いに、ケネスは複雑そうに顔をゆがめる。
 そのすぐ横では、ラルフが何が起こったのかわからないといったように、目をまん丸に見開いている。
 たしかに、この流れでその発言では仕方がないだろう。
 暴漢から救われいちばんに父親に発する言葉が、結婚をしたくない?
 しかし、ラルフはその言葉で思考をとめているのではない。
 レイラは今、何と言った?
 絶対にラルフが聞くことなどできないと思っていた言葉を、レイラは言わなかっただろうか?
 ぐるぐるぐるぐる、ラルフの頭の中をあり得ないと思っていた言葉が、意味を解さないまままわる。
「レイラ……」
「お父様……」
 けれど、混乱するラルフを置いて、父娘の会話はさらに続く。
 訴えるようにまっすぐ見つめるレイラに根負けしたように、ケネスが小さく息を吐く。
「ああ、わかっている。ブロウの息子との結婚は白紙に戻そう。あの男は駄目だ」
「お父様!!」
 案外容易く要望を受け入れられ一瞬呆気にとられるも、レイラはすぐにぱっと顔を輝かせた。
 けれど、次の瞬間、その笑顔も曇ることになった。
「しかし、それとラルフくんとのことは別だ」
「そ、そんな、どうして……!?」
 ケネスが厳しい眼差しできっぱり告げると、レイラは思わずその胸につかみかかりそうになる。
 すんでのところでどうにか押しとどまり、ぎゅうと拳を握る。
 ぐるぐるまわる思考をぴたりととめ、ラルフは二人に視線を向けた。
 何故、どうして、今そのような話になっているのかラルフにはわからないけれど、しかし聞き流してはいけないことはよくわかる。
 聞き流しなどすれば、ラルフは一生後悔する。それだけはわかる。
 しかし、口を挟むことははばかられ、ラルフはただ二人の会話に耳を傾ける。


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update:14/03/29