三日月の騎士と花の姫(17)
カリーナ姫の野望

「身分が違いすぎるのだよ」
 ケネスはそれが世の理とばかりに、さも当然のようにレイラに告げる。
 その顔にわずかながら苦しげな様子が見て取れただけ、救いなのかもしれない。
 そう、ケネスは決してラルフ自身を否定しているのではない、そう言っているようにも見えるから。
 たしかに、貴族社会においては、身分の違いは大きなものとなってくる。
 伯爵令嬢とたかだか隊長級の守備官では、世間は決して納得しない。
 それだけでなく、かたや王太子妃候補に名が上がった令嬢、かたや好ましくない噂がつきまとい、あまつさえ死神≠ニあだ名される男を、果たして誰が認めるだろう。
 たとえレイラがどれだけ望もうとも。
「そのようなことは関係ないわ。わたくしは、ラルフさんをお慕いしているのです。――ラルフさん、ラルフさんはわたくしのことはお嫌いですか?」
 冷たくケネスに言い放つと、レイラはさっとラルフに向き合った。すがるようにラルフを見つめる。
 突然話をふられ、ラルフはぎょっと目を見開く。
「え? い、いや、その……」
「わたくし、迷惑ですか?」
「迷惑なんかじゃないですよ」
「で、では……!」
 急なことにうまく対応できずしどろもどろなラルフに、レイラはさらに迫っていく。
 いつになく積極的なレイラに、ケネスは苦笑まじりにたしなめる。
「レイラ、わがままを言うものではない。お前にはまた別の……」
「嫌! 嫌ですわ。ラルフさんでなければ嫌です!」
 制止しようとのばされたケネスの手を叩き払い、レイラは怒鳴るように叫ぶ。
 レイラにするどくにらみつけられ、ケネスは多少動揺したように、おずおずとのばした手引き戻す。
 目の前で憤るように告げられた情熱的な言葉に、ラルフはただぽかんと口を間抜けに開いている。
 その顔は無様に真っ赤に染まっている。
 ここまで熱く強く愛の言葉を告げられて、動揺しない者など、喜ばない男などどこにいよう。
 ラルフはぺちりと自らの額を打ち、そのままずるずると手をすべり下ろす。
 そう、嬉しい、喜ばしい、けれど、ケネスが言うとおり、レイラの言葉に馬鹿正直に答えてはならない。
 レイラを思えば、なおさら答えられない。
 その程度の分別くらい、ラルフにだってある。
「お嬢さん、お気持ちはありがたいが、無茶を言っちゃあいけませんよ。俺は一応仕官はしているものの、王宮でもつまはじき者、厄介者なんだ。お嬢さんには、もっとふさわしい相手がいますよ」
「ラルフさん……!」
 言い聞かせるようにラルフが告げると、レイラの非難めいた悲鳴が上がる。
 その目は信じられないとラルフの姿をとらえる。
 まさか、そのような一般的な理由で相手にもされないとは思っていなかったのだろう。
 短く少ないながらも、これまでのラルフとのかかわり合いから、ラルフがそういう常識的なことを持ち出すなど思わなかったのだろう。
 拒絶されるにしても、レイラ自身が理由ならば納得もする。しかし、そうではない。
 たしかに、ラルフもレイラに惹かれていた。そして、レイラの気持ちにもぼんやりとではあるが気づいていた。
 互いの気持ちが同じ方向へ向かっていることに気づいていた。
 だからといって、どうしろというのだ?
 どうしようもないのだから、ラルフは気づかないふりをするしかないではないか。
 好き勝手振る舞っていても、その辺りの常識と矜持くらいはラルフにもある。
 最低従わねばならない常識からそれてしまえば、世の中を渡っていけないことくらい、ラルフにだってわかっている。
 そのぎりぎりのところで、ラルフはレイラの言葉に従えない。レイラを受け入れてはいけない。
 そう、すべてはレイラのために。レイラを思えばこそ。
 困惑気味のラルフから引き離すように、ケネスがレイラの肩に手を添える。
「お前の気持ちはよくわかった。しかし、ラルフくんではつりあわないのだよ。やはり、相手には、お前を守れるだけの(身分)がないと困る。――君では足りないのだよ、わかるね?」
 ケネスはレイラに言い聞かせるように語りかけたかと思うと、その横で複雑そうに顔をゆがめるラルフへ視線を移した。
 そして、無慈悲にもきっぱり現実をつきつける。
 しかし、ラルフはうろたえることも憤慨することもなく、悟ったように微笑をうかべ、静かにうなずいた。
 不本意ながら、ケネスが言っていることはラルフもまた求めるものだから。
 そう、ラルフにはレイラを守るだけの権力がない。ラルフではレイラを守れるだけの地位も身分もない。
 ならば、レイラのために、レイラを突き放すことがいちばんだろう。
 それが、レイラを守ることになる。
「ラ、ラルフさん、そんな……!」
 ラルフの返事に、レイラは今にも泣き叫びそうに悲鳴を上げる。
 これだけねばっても、結局ラルフの気持ちを変えることができなかった自分が、思いを上手く伝えられない自分が、不甲斐ないのだろう。
 たしかに気持ちは同じはずなのに、それなのに、身分というつまらないものが、それの邪魔をする。
 なんと残酷な世の中なのだろう。
 身分など、そのようなものは必要ない。むしろ、害にしかならない。
 レイラはついに失意のあまり、その場へずるずるくずおれていく。
 とっさに抱きとめようとラルフの腕がのびそうになったが、すんでのところでぐっとこらえる。
 ここで手を出してしまっては、これまで懸命に耐えた意味がない。
 かわりに、ケネスがレイラを抱きとめた。
「ほう、片づいたようだな」
 まるでその時を狙ったかのように、のんびりとした、それでいて楽しげな声が、その場に響き渡った。
 そうして、木漏れ日が差すそこから、黒髪の護衛官を従え、意思の強い緑の瞳をきらめかせ、王女カリーナが流れるように姿を現した。
 風に吹かれ、艶ややかな黒髪がさらりと揺れる。
 廃墟を背に全体で陽光を受けるその広場は、瞬時に緊張をはらんだ静寂に包まれた。
「ん? どうした?」
 その異様な雰囲気に、カリーナは怪訝に眉根を寄せる。
 次に、予想外にすっかり生気を奪われたようになっている男たち、そして何故だか悲愴感漂うレイラたちの様子を交互に見て、カリーナは不思議そうにくいっと首をかしげた。
 一体全体、何がどうなって、犯人とその被害者の図とはまったく関係ない雰囲気にこの場は包まれているのだろうか。
 さっぱり読めない。
 横に控えるカイに解説を求めてちらりと目配せするも、ただ曖昧な微苦笑が返るだけだった。
 しかし、考え込んでもそう長くは続かないカリーナのこと、次にはにたりとからかいがちに口の端をあげた。
 目が意地悪くきらきら輝いている。


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update:14/03/29