三日月の騎士と花の姫(18)
カリーナ姫の野望

「ラルフ、そうしていると、いたいけな少女をかどわかす誘拐犯みたいだな」
 顔をひきつらせるラルフをびしっと指差し、カリーナは豪快に笑う。
 いきなり現れたかと思うと、笑えない発言を平然とするカリーナに、レイラとケネスもまた顔をひきつらせている。
 果たして、カリーナは状況をわかっているのかわかっていないのか。いや、カリーナの場合、わかっていて、あえて無視しているのだろう。
「お姫さん? どうして、あんたがここに……」
 カリーナの馬鹿笑いを気にしない辺りはいつものことだけれど、ラルフのそう問う声にはいつものような覇気はない。
 カリーナはぴたりと笑いをやめ、不思議そうに目をしばたたかせる。
 そして、何かに気づいたようににやりと笑う。
「あれだけ騒いでいれば、嫌でも耳に入るわ」
 というか、そもそも、お前にルーディを差し向けたのはわたしだぞ?
 そう付け加え、カリーナは胸を張る。
 あまりもの言いように、がっくりとラルフの肩が落ちる。
「ああ、そうだったな。お姫さんの地獄耳は伊達じゃない」
 しかし、付け加えられた言葉にはあえて触れないのが、ラルフの賢いところだろう。
 触れたが最後、この場が余計にややこしくなる。
 たしかに、ルーディがラルフをつれに来た時点で気づくべきことだっただろう。
 カリーナの命なしに、ルーディがその側を離れることはな――ああ、けっこう頻繁にあるかもしれない。
 まあ、いろいろひっかかるところはあるけれど、つまりはそういうことだったのだろう。
 状況を読んでいて、とぼけた振りをして、より自分が楽しめる方向へもっていく。それが、カリーナという王女だから。
 ラルフはしてやられたとばかりに、自嘲気味に笑いをこぼす。
「そう誉めるな」
「いや、姫。誉めていませんから」
「下僕は黙っていろ」
 得意げに笑い出そうとするカリーナを、すかさずカイが邪魔をする。
 もちろん、すぐさまカリーナの肘鉄がカイのみぞおちに命中したけれど。
 「うぐっ」と小さくうめき声をあげる護衛官は、あえて気にしてはいけない。
 とりあえずカイに制裁を加え満足し、カリーナは気を取り直すようにひとつうなずいた。
 ようやく思い出したとばかりに、ちらりと、守備官たちに囲まれる男たちへ視線を向ける。
 それにつられるように、またその場にわずかばかり緊張が走る。
「ところで、アド……何だっけ?」
 かと思いきや、すぐさまカリーナの気が抜ける発言のため、その緊張は霧散した。
 カリーナがカイを見上げ、こてんと首をかしげる。
「アドルファス・バーネッドですよ。本当に姫は興味がないことは覚えませんね」
「うるさい。カイのくせに生意気だぞ」
 カリーナは面白くなさそうにカイをにらみつけ、ぷいっと顔をそむける。
 そう、今回のこの騒動を起こした首謀者は、アドルファス・バーネッド、近頃何かとカイに絡むあの男だった。
 カイの口から名が出されると、アドルファスはいまいましげに顔をゆがめる。
 同時に、ルーディが視線で指示を出し、守備官たちはこの時を待っていたとばかりに距離をつめ、そのままアドルファスたちをあっさり拘束した。
 すっかりアドルファスたちを取り押さえたことを確認すると、カリーナは誤魔化すようにごほんとひとつ咳払いをする。
「あー。それで、そのアドルファス・バーネッド。何故このようなことをした」
 すぐ背にカイを従え、カリーナは一歩一歩、守備官たちに拘束されるアドルファスへ歩み寄る。
 下手な抵抗は許さないとばかりに、アドルファスのすぐ横に立ち、ルーディは笑顔で威圧をかけている。
 アドルファスはわずかばかり迷うような素振りを見せたが、すぐに諦めたように大きくため息を吐き出した。
 そして、挑むようにカリーナに視線を向ける。
「王女を手に入れれば、王女の夫という立場を利用して王に取り入り、重臣たちの上に立つことができる」
「そのようなつまらぬことのために、姫を……!!」
 アドルファスがはき捨てるようにそう言った瞬間、カイが怒りに震えるように叫んだ。
 そのままアドルファスにつかみかからん勢いのカイを片手で制し、カリーナはなだめるように微笑む。
 いつにないその大人びた、それでいて労わるような眼差しに、カイは悔しげに身を引く。
 カリーナのその目は、すべてわかっている。カイがカリーナに抱く気持ちはすべてわかっている。だから、少し落ち着け。そう言い聞かせているようだった。
 その瞳には、まるですべてを包み込む慈悲深い女神のような光をはらんでいる。
 カイは気勢をそがれたように、ふるりと一度首を横に振る。
「そもそも、カイ・ルイス、貴様がすべて悪いんだ。貴様さえいなければ……。ことごとく邪魔な奴め」
 拘束されてもなお衰えぬ眼光そのまま、アドルファスはカリーナに寄り添うカイをにらみつける。
「まったく、どこから計画が狂ったのだか……。あの時に、きっちり貴様を()れてさえいれば……。本当に、こいつらは無能ばかりだ」
 ぼそりとはき捨てるように、アドルファスがつぶやいた。
「あの時……?」
「三週間前の盗賊騒ぎの時だよ」
「ああ……」
 つぶやきを拾い上げたルーディが訝しげに問うと、アドルファスは実にさっくりこたえた。
 間違ってレイラをさらった時点ですっかり諦めていたのだろうか、観念していたのだろうか、もしくは自棄を起こしているのだろうか、意外に素直にこたえる。
 まあ、しかし、現場をおさえられてなお悪あがきする方が無様だろう。
 計画が潰れた時点で潔く散る、それがアドルファスの貴族としての矜持なのかもしれない。
 そう言いつつ、半分は、カイへの憎しみ――嫉妬で動いていたようだけれど。
 ルーディだけでなく、それを聞いていたカイにも思い当たる節があり、アドルファスの返答にすんなり納得した。ようやく合点がいった。
 例の盗賊騒ぎといえば、腑に落ちない点がたしかにあった。
 そう、捕まえたのは、たしかに盗賊だった。
 そこに、暗殺を生業とする手錬はいなかった。
 自供を拒み、自ら命を絶った者たちも、あくまで∴テ殺者ではなかった。あくまで$lに雇われている気配はなかった。
 恐らく、盗賊退治をはじめたと情報を仕入れ、アドルファスはそれを利用してカイの命を狙わせたのだろう。
 そして、自ら命を絶った者の中に暗殺者を紛れ込ませていたのか、それとも裏でたくみに盗賊をあやつりカイを狙わせたのか。
 現時点でわかっていることは、アドルファスがそこに絡んでいるということだけ。
 どちらにしろ、その辺りのことは、これから取り調べればわかることだろう。
 そう、にっこり微笑んだルーディとルーファス兄弟にかかれば、たわいない。
 それでも落ちない頑固者ならば、そこに宰相と王太子の取調べという栄誉を与えられるだろう。
 彼らが出てきて落ちなかった者は、過去一人もいない。
 また、アドルファスのこれまでの様子から、そして先ほどの発言から、動機としてもっとも可能性が高いものは、王女とその護衛官の仲のよさに危機感を覚えて、といったところだろうか。
 王女を妻にと望む男にとって、現在もっとも障害となるだろう者は、その護衛官だろうから。
 つまりは、護衛官カイが狙われたことになる。
 一時はカイの正体を知る者の仕業かとも思えたが、どうやらそうではなかったらしい。
 覇王レオンシュザーではなく、護衛官カイが狙いだった。
 カイを自らの障害とみなし、手っ取り早く亡き者にしようとしたのだろう。
 どうやら、杞憂で終わったらしい。
 カイが命を狙われたことには変わりないが、それが覇王と護衛官では意味が大きく異なってくる。
 護衛官であれば、エメラブルーという国に累が及ぶこともない。
 そこまで整理し、カイは小さく安堵の息を吐く。
 今回カイが狙われたことでいちばん気をもんだものは、それだから。
 カリーナが暮らすこのエメラブルーの平和が侵される、それだから。
 エメラブルーの平和――カリーナの笑顔さえ守られるのならば、他はどうでもいい。
 では何故、狙われたのはカイだけで、同じカリーナの護衛官であるルーディも標的にしなかったのかといえば、それはオブライエンという家柄と本人の迷惑きわまりない困った性格のため、といったところだろう。
 まさしく、アドルファスはその程度の小物だったということだろう。


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update:14/03/29