三日月の騎士と花の姫(19)
カリーナ姫の野望

 現時点ではここまで引き出せれば十分、あとはゆっくりたっぷりオブライエン兄弟による尋問にまかせようとばかりに、ルーディの指示によって守備官たちがアドルファスたちを引っ立てる。
 多少乱暴なそれにアドルファスは眉根を寄せ、一度かるく抵抗をしてみせた。
 すると、さらに乱暴に体を押され倒れそうになる。
 そのため早々に抵抗は諦めたのか、守備官に促されるまま林へと足を踏み出した。
 その背へ向け、カイが冷たく言い放つ。
「これ以上、姫に何かしようとするなら、姫を傷つけようとするなら、許さない」
「たかだか護衛官風情に何ができる。立場をわきまえるんだな」
 ぴくりと肩を揺らすと、アドルファスは顔だけをカイへやり、蔑んだ目を向ける。この期に及んでなお、その口から出る言葉は変わらず不遜。
 しかし、カイは怯むことなく、むしろそれを待っていたとばかりに、余裕に満ちた微笑を浮かべる。
「ええ、十分わかっているつもりですよ」
 そう告げると同時に、この場にいる全員の視線がカイへ向けられる中、カリーナを当たり前のようにその胸へ抱き寄せた。
 カリーナもまた、それがさも当然とばかりに受け入れる。
 王女を抱き寄せる、それは、この世でただ一人、その男にだけ許されているかのよう。
 ごく自然なその行動に、アドルファスは悔しげに目をそらす。
「うつけが。このわたしが、お前のようなくだらん男を相手にすると思ったのか? うぬぼれるな」
 そして、カリーナがそうとどめをさした。
 するりと、カイの首に自らの両腕をからめる。
 カリーナとカイの関係をあらためて見せつけられ、肩を落としたアドルファスが引きずられるようにして守備官に連れられていく。
「……ルーディ、よくも人を餌にしてくれたな」
 カイは林に消えていくアドルファスから歩み寄るルーディへ視線を移し、にらみつける。
「さあ、何のことでしょう?」
 もちろん、ひょうひょうとかわして、ルーディは取り合おうとはしない。
 ただにっこりと、腹が立つほどの清々しい笑顔を浮かべる。
 頭上で行われるカイとルーディの静かなる闘いなどいつものこととばかりに、カリーナはその内容にすら気をとめていない。
 とりあえずアドルファスの件は片づいたので、すでに興味は失せているためだろう。
 抱き寄せるカイの腕にぽてんと頭を預け、カリーナは楽しげにラルフに声をかける。
「そうそう、ラルフ」
 その声に弾かれるように視線を向けたラルフへ、カリーナは胸元からするりと書簡のようなものを取り出し、そのままぽいっと放り投げた。
 わずかばかりの風にあおられ、書簡がラルフの手もとへひらりと舞っていく。
 難なくそれを受け取り、ラルフは怪訝に首をかしげる。
「読んでみろ」
 気にする様子なく告げるカリーナのその言葉に従い、ラルフは手に舞い落ちてきた書簡を少し不器用に開いて、中の便箋を取り出し目を落とした。
 瞬間、ぎょっと目を見開き、その手から便箋を取り落としそうになる。
 慌ててつかみとったために、ぎゅっと握ったしわが入る。
 手にしっかり便箋を握りこみ、ラルフは動揺を隠さずカリーナを見つめる。
「お、お姫さん、これは一体……!?」
 ラルフのあまりもの慌てように、レイラとケネスは訝しげに顔を見合わせる。
「ラルフさん……?」
 恐る恐るレイラが問いかけると、ラルフはあまりもの動揺のためか、その手に持つ便箋をためらうことなくレイラへ差し出した。
 レイラは差し出された便箋に視線を向け、困ったように首をかしげる。
 けれど、思い切ったようにわずかに震えるラルフの手から便箋を受け取り、そこへ視線を落とした。
 瞬間、レイラもラルフ同様、驚きに目を見開く。
「ラ、ラルフさん、これは……!」
 ラルフの反応を確認するように、レイラがばっと視線を向ける。
 ラルフは壊れた首振り人形のように、ただかくかく首を動かすだけだった。
 そのある意味予想どおりのとても愉快な反応に、カリーナは得意げに胸を張る。
「ああ、うちのじいさんがお前の後見人になるそうだ」
 カリーナのその言葉を聞き、ケネスは慌ててレイラから便箋を奪い取る。
「ほ、本当だ。これは、まさしくローレンソン卿の署名……!」
 半ば叫ぶように、ケネスはそう吐き出した。
 ケネスが持つ便箋にはたしかに、ラルフの後見につく旨とともに、ローレンソン公爵の署名が記されていた。
 王家の流れをくむ公爵家の当主にして、王妃ライラの実父。
 カリーナにとっては、母方の祖父にあたる。
 嫡子に爵位を譲り楽隠居を決め込む野望を抱いてはいるが未だ叶わず、その影響力は衰えることを知らない老紳士、それがサディアス・ローレンソン。
 カリーナやルーディ同様、面白ければ何でもありなはた迷惑なじじいとしても名が知れている。
 なかなか次の反応を示さないラルフにじれたように、カリーナがぷっくり頬をふくらませる。
「なんだ、じいさんでは不満か?」
 カリーナを抱きしめるカイは、どこか哀れむように生ぬるい視線をラルフへ向けている。
 どうやら、書簡については、カイもすでに知っていたのだろう。
 まあ、ラルフとレイラがともにいる場をはじめて目にした時、首を突っ込む宣言をしたその場にカイもいたのだから、知っていて当たり前だろうけれど。
「い、いや、そうじゃなくて。ど、どうして、ローレンソン卿が俺なんかを……?」
 ラルフは相変わらずぎこちない動きで、揺れる眼差しにカリーナの姿をとらえる。
 にまにま笑っているその顔を憎らしく思う余裕すら、今のラルフにはない。
 それくらい、今回のこれは、大変なことなのだから
 王族の次に身分高い貴族の後見など、あり得ない。身に余る配慮どころの話ではない。
「ああ、お前たち二人を見かけてな、面白そうだからわたしも混ぜてもらおうと思ったんだ。それをじいさんに言ったら、じいさんものりのりでなあ」
 カリーナは事も無げに言い放ち、けらけら笑う。
 そのカリーナを抱えたまま、カイが申し訳なさそうにとりあえずぺこりと頭を下げる。
「すみません、おせっかいな姫で」
「カイ、お前死にたいのか?」
 腕の中からにらみつけるカリーナの頭を、カイがぽふぽふなでる。
 するとカリーナは一気にへにゃりと頬をゆるめ、「仕方がない、今回は許してやるか」と不遜に言い放ち、そのまままたぽてんとカイに身をあずける。
 包むカイのぬくもりに、ほくほくと頬をほんのり染める。
 この場にいるのは二人だけではないというのに、いつまでたってもカリーナを解放しようとしないのは、いつまでもカイの腕の中にいつづけるのは、果たして二人ともが意識をしていないためだろうか。それとも、当たり前になりすぎていて、王女と護衛官の本来あるべき姿ではないということを失念してしまっているためだろうか。
 また、誰もそれを指摘しないのは、カリーナがもたらしたサディアスの書簡という爆弾による動揺のためだろうか。
 ただ一人、ルーディだけが、そのような状況を楽しげに眺めている。


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update:14/03/29