三日月の騎士と花の姫(20)
カリーナ姫の野望

「ラルフ、覚悟を決めろ。もう逃げられないぞ」
 ぽふりぽふりカイの腕を叩き、カリーナはにやり微笑む。
「お姫さん……。そうだな、俺は怖気づいて、逃げているんだよな」
 ラルフはゆらめく目にカリーナを映しながら、自らに言い聞かせるようにぽつりもらした。
 いつになく力ないラルフの様子に、レイラが心配げに見つめる。
「ラルフさん……?」
 そのつぶやきに導かれるように、ラルフの目がカリーナからレイラへ移る。
 揺れをとめ、生気を取り戻し、不安げに見上げるレイラの姿をその目にしっかりととらえる。
「レイラ嬢のようなお嬢様が俺に思いをくれて、怖気づいているんだ。幸せになることに」
「ラルフさん……!」
 自嘲するようにラルフが告げた瞬間、レイラはラルフに飛びついていた。
 その胸に顔を寄せ、背に両腕をまわし、ぎゅっと力を込める。
「お、お嬢さん!?」
 ラルフは顔を真っ赤にそめ、ぎょっと目を見開く。
 けれど、レイラの腕を引き剥がそうとはしない。
 むしろ、ラルフもまたレイラを抱きしめそうになる腕をどうしたものかと、所在なげにさまよわせている。
 ラルフの最後のためらいに気づき、レイラはその胸の中からにっこり微笑みかける。
「もうはなしませんわよ。わたくしのために、しっかり覚悟してくださいませ」
「あははは、ラルフ、お前の負けだ。観念しろ」
 レイラを後押しするようにカリーナが楽しげに告げると、ラルフは観念したようにがっくり肩を落とした。
「はー、もう、なんてお姫様方だ」
 ラルフはがしがしと頭をかいたかと思うと、そのままゆるりとレイラの体へ両腕をまわしていく。
 強くなりすぎず、しかししっかりと、その腕の中にレイラを包み込む。
 レイラもまた、ラルフの胸で幸せそうにほわり微笑んだ。
 カイの腕に包まれたカリーナは、満足そうにその様子を眺めている。
 ルーディがカイの肩にぽんと手を置き、そこに顔をつけて、くくくと声を押し殺し必死に笑いを耐えている。
 両腕にはカリーナ、肩にはルーディをくっつけて、カイは疲れたように肩をすくめる。
 ラルフとレイラの向こうに見える呆然とした様子のケネスに、カイは妙に同情を禁じえない。
 この困ったお姫様に振りまわされる気持ちを、カイはよーく知っているだけに。
「だけど、どうしてこんな、俺のために……」
 ラルフがためらいがちに問うと、カリーナはにやっと笑う。
「だって、お前は友達だからな」
「一緒に悪さばかりする、はた迷惑なね」
「はははは。カイ、殺すっ」
 がんと、足元で何かを踏みつけるような音がして、カイの右足に鋭い痛みがはしった。
 カイは思わずカリーナを抱き寄せる腕を放しそうになったが、どうにか耐える。
 足の痛みよりもカリーナのぬくもり、そしてやわらかさを感じている方が、カイにとっては重要だから。
 そのような煩悩に忠実なカイに、ルーディは呆れたようなため息をひとつ細く吐き出した。
 しかし、カイの欲望に忠実な忍耐もむなしく、カリーナはあっさりとその腕の中から抜け出る。
 急になくなった腕の中にぬくもりに、カイは悲しげに瞳をゆらめかせる。
 カリーナはしょんぼりするカイにはかまわず、一歩前に出ると、腰に両腕をやりふんぞり返った。
「おい、エインズワース。これでお前も文句はないだろう」
 有無を言わせぬと不遜に言い放つカリーナに、ケネスははっと意識を向ける。
 わずかに考え込んだかと思うと、すぐに呆れたような諦めたよな、複雑そうな微笑を口の端にのせた。
「はあ、もう。王女はまたとんでもないことを……」
 ぼうぼやいたかと思うと、ケネスはふるりと首を一度振り、そのまま頭を深くさげた。
「ありがとうございます、カリーナ王女。これで、まわりの者たちをおさえられます」
 カリーナの祖父サディアスの後ろ盾があれば、一部の常識知らずの厄介な者以外はおさえられる。
 十分にレイラにつりあうどころか、むしろ相応しい相手となるだろう。
 彼に認められるというだけで、貴族社会で認められたことに等しい。
 それほどに、サディアスは影響力を持っている。
 不安げにケネスの様子を見ていたレイラもその言葉を受け、慌てて頭を下げた。
「姫様、ありがとうございます。このご恩、一生忘れません」
 感極まったように涙交じりで告げるレイラの肩を抱き寄せ、ラルフも騎士の礼を取る。
 なんだか強引に事を進められたような気もするけれど、それでも今回ばかりはカリーナのその強引さに助けられところもあるのだろう。
 ラルフはこれで二度、カリーナに救われたことになる。
 こっそり、だけど公然と知られるラルフのカリーナへの忠誠は、さらに深まるだろう。
 ラルフがこっそり忠誠を誓う王女は、とんでもないことばかりしてくれるお姫様らしい。
 一度懐に入れてしまえば、どこまでも(そうとは思えないが)大切にする。それが、この国エメラブルーの王女。
 知らず知らず、誰もが惹かれてしまう王女。
「うわっ、なんか体中がかゆくなってきたっ。行くぞ、カイ。あー、かゆくて仕方がない」
 慣れない畏まった反応に、カリーナは両腕で自身をかき抱き、悪寒が走ったとばかりにぶるると身を震わせる。
 カリーナはぶつぶつ不平をもらしながら、カイの腕を引き、そのまま林の中へとどすどす歩いていく。
「ま、待ってくださいよ、姫!!」
 カリーナの勢いにおされよろめきながら、カイはずるずる引っ張られていく。
 その後をルーディが楽しげについていく。
 その背へ向けて、ラルフが慌てて叫ぶ。
「お姫さん、ありがとな!」
 ずんずん歩いていたカリーナの耳がぴくりと反応し、さっと振り返り得意げににっと笑った。
 そしてまた、林の向こうへ体を向け、今度は悲鳴を上げるカイをげしげし足蹴にしながら去っていく。
 その相変わらずの主従を、ラルフとレイラは身を寄せ合い、まぶしそうに見送る。
 その横では、ケネスも困ったように肩をすくめつつも、見守るように二人とおまけの一人を眺めている。
 夏の午後の日差しが、木々の緑をきらりとはじく。


chapter.5 三日月の騎士と花の姫 おわり

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update:14/03/29